3. 鬱血

「あれ?」
「どうしたの?」
 急に声を上げた蘭零に、喜雨は首を傾げた。
 けれど蘭零は喜雨の疑問には答えず……喜雨の腕を取って、まじまじと見る。
「な、何!?」
 蘭零のその行動に、喜雨は慌てた。
 じーっと見つめる蘭零に、どうすることも出来ずに喜雨は途惑ったまま……


「ねえ、これどうしたの?」

「は?」


 すっとんきょんな声を出した後、喜雨は蘭零の示す場所を見る。

「あ、あれ?」

 見ると、そこには広い範囲で赤くなった腕。
「どうしたの、これ」
 それは手の形をしていた……。

 …………

「何したの、喜雨ちゃん」
 ぽつりと呟いた蘭零に、喜雨は固まったまま――――――


「――――――――――――あ」


「何? 何なの!!??」
「こ、怖いよ蘭零ちゃん……」
 ものすごいとしか表現できない表情で蘭零に叫ばれ、喜雨は後ずさる。
 けれどここでちゃんと説明しなければずっとこのままなのも分かっているから、何とか蘭零に説明出来るだけの距離を置く。
 そんな喜雨を蘭零はじっと見つめたまま。
「これは昨日蔵馬に――――」
「はあ?」
 急に喜雨の恋人の名前が出てきて、蘭零は目を丸くする。
「…………」
「ちょ、ちょっと待って。何だと思ったかはなんとなく分かるけど、違うから!!」
 急にくるりと喜雨に背を向けてどこかに行こうとする蘭零を慌てて引き止めて、喜雨は早口でまくし立てる。

「昨日ちょっとどじ踏んで、危なかったところを助けてくれたの!!」

「……どじ?」
 胡乱な目で蘭零は喜雨を見る。
 それに少し俯き加減で喜雨は、恥ずかしそうに続けた。
「ちょっと車にひかれそうになって…………」
「はあ!!??」
「ちょ、声大きい!」
 慌てて蘭零の口をふさぐけれど、間に合わずに周りに響いてしまう。
 周囲にいる何人かが二人を振り返る。
 さすがにそれには蘭零も首をすくめてしまう。
 少しだけ静かにしていると、何事もなかったかのように自分たちのやることに集中していく周囲。
 それにほっとして、蘭零は喜雨の言葉を待つ。
 喜雨は声のトーンを落として続けた。
「ちょっとぼーっとしててね……信号が赤なのを見逃してて」
「そのまま渡ろうとしたと……」
「そう。慌てて蔵馬が腕を掴んで引き戻してくれたけどね」
「で、その時についたの?」
「……そうみたい」
 自信がなさそうに言う喜雨。
 それはそうだろう。
 蘭零に言われるまで腕に跡があるなんて気付いてなかったのだから。
「…………無事だったから良かったようなものの」
 はあっとため息をつく蘭零に、喜雨は肩をすくめた。
「気をつけてよ」
「分かってるよ」
 自分も気をつけておこう。
 そんなことを思いつつ喜雨に向けた言葉を、当の本人はまた言われたと、そんなことを内心で考えながらそう答えた。

– END –

Posted by 五嶋藤子