7. 衣擦れ
数日前からばさばさという音が廊下や教室から……校内のそこかしこから聞こえてくる。
この音が聞こえてくると、そろそろその時期か――――と思う教師陣が増えてくる。
それから――――最高学年の中にもそう思う者がぽつぽつと。
「うるさい……廊下は走るな」
「仕方ないですよ金蝉。あと少しの間我慢してください」
「――――――」
「もう学祭まで時間がありませんしね」
時間がないといいながら、天蓬の口調はいつもと変わらずのんびりしている。
しかしその手は金蝉に仕事をさせるべく書類をどんどん机の上に積み上げていく。
それに眉をしかめつつ、金蝉は天蓬を見上げた。
「おい、何故こんなに書類があるんだ」
今までもサボっていたわけではなく、できる限りのスピードで手を動かしていたが、一向に減る様子を見せないそれに金蝉は不機嫌さを隠しもしない。
「仕方がありませんよ、どこからともなく書類が送られてくるんですから」
一番多いのは申請書類ですかね~などと言いつつぺらぺら手元の書類をめくる天蓬。
その様子に遊んでるのか楽しんでいるのかなどと思いつつ、手を動かすことだけは止めなかった金蝉。
天蓬も、金蝉が仕事を放り出すとは髪の毛先ほども思っていないから、こんな風に言うことが出来るのだ。
それでも天蓬は口には出さないが金蝉と同じように書類が多いと思っていた。
(誰かサボっているんでしょうかねえ……)
元々、責任感が強いわけではない天蓬。
それでも金蝉に全てを押し付けるわけにもいかず……と言うより、その金蝉とのんびり過ごしたいのだからそんなことが出来るはずもない。
そして責任感が強い金蝉は、自分に与えられた仕事を放り出すようなことはしない。
真面目に取り組んでいるはずなのに、一向に減らない書類。
誰かがサボっているとしか思えなかった。
そう思うと、確認したくなるのが天蓬。
金蝉の目が書類に落ちているのを確認すると、そっとその場から離れた。
扉を隔てた――今は閉まってはいないが――部屋へと足を踏み入れると、同じ生徒会の役員たちが数人、あーでもないこーでもないとやり取りをしていた。
「他の人たちはどうしたんです?」
しかし数人の役員の姿が見えず、天蓬は残っている役員に聞く。
「校内を走り回ってますよ」
そのうちの一人が、顔を上げずに答えた。
「学祭前で問題が色々起こってるしなー」
また別の役員が疲れたように言う。
その言葉の後ろで、廊下からはばたばたともばさばさとも聞こえる音。
「…………」
天蓬はこの状況にため息をつくしかない。
「仕方がないでしょう? 学祭前でみんな忙しいのよ」
――――――――――――
一瞬、普段ここでは聞くはずのない声に、部屋にいた全員が動きを止めた。
「――――――何の用だ」
しかし、別方向から聞こえてきた声が全員をはっとさせる。
「何の用って言われても…………判子貰いに来ただけ」
ぴらぴらと、右手に一枚の紙を持った生徒会室ではあまり会いたくない少女――――金蝉のクラスメイト。
「判子って……」
呟くような天蓬の言葉を無視して少女は続ける。
「別にこの時期に監査に入っちゃいけない決まりなんてないでしょう?」
そうさらりと言われてしまうけれど、確かにそんな決まりはない。
しかし、この忙しい時期に……と目の前の監査委員会委員長である喜雨に言いたい。
「だからと言って――――」
疲れた表情をしながら喜雨から書類を受け取り、内容を確認しながら金蝉は言う。
「それはルール違反をするほうに言って欲しいわね」
そんなことしなければ、私たちだって監査に入らなくて良いのよ。
「それもそうですね……」
天蓬が言うのに同意するように、他の生徒会役員も頷く。
「ルールをちゃんと守る人たちばかりだったら、元々監査委員なんて必要ないのよ」
「…………」
ひとつだけ、深いため息をついた金蝉は生徒会長の判子を書類に押す。
それを黙って喜雨に渡すと、喜雨は笑って生徒会室を出て行った。
「ありがとうね」
一言言ってから。
…………
「――――――いつも思うんですけど、喜雨って静かですよね……」
この時期でも。
「忙しい時でも」
天蓬のその言葉に、その場にいた全員が納得したような表情をする。
しかし、金蝉だけは別の反応を見せる。
「全員がああやって静かであればいいんだがな」
「まあ、それは無理そうですけどね」
天蓬の言葉にさらに皆頷いて…………結局、喜雨が来たことは一旦忘れて、残りの大量の仕事を片付けていった。
– END –