手を伸ばしても掴めないものを、あなたならどうしますか

「何、それ」
 艦の一室。休憩室として割り当てられたその部屋に、そんな声が響いた。
 とは言ってもそれほど大きな声ではない。それに部屋自体は艦の中でも食堂に次ぐ広さを持っているから、“響く”ことはめったに無い。
 ただ単に、そこにたまたま休憩時間の重なった四人――セレーナ・マクスウェル、エリザベス・ライトナー、リラ・カナーバ、マリア・エルスマンが集まっていて、それ以外には誰もいないために声が通りやすかった、というだけだ。
 そして声を上げたセレーナは、その原因となったマリアの開いている雑誌を覗き込む。
 それはとてもありふれた女性誌。年齢的にマリアには少し早いかもしれないとセレーナは思ったが、持っていても不思議ではない、そんなもの。
 聞けば、「母さんが、この前の補給の時に送ってくれた」とのこと。それに対してセレーナは「ああ……」と口にするだけにとどめた。小母さまなら、考えられる、と。
 
『手を伸ばしても掴めないものを、あなたならどうしますか?』
 
 その記事はそんなタイトルがつけられ、読者の投稿が載せられていた。
「これ、心理テスト?」
「うーん……違うみたい。でも、この質問の答えによってその人の傾向が大体わかるでしょう?」
「まあ、」
 
 傾向というか、性格というか。
 
 苦笑しつつも同意したセレーナに、マリアは身を乗り出す。
「それで、セレーナは?」
「――――目的はそれ?」
「当然じゃない」
「そんなことを言われてもね……」
 肯定したマリアに、セレーナはため息をつく。
 
『手を伸ばしても掴めないものを、あなたならどうしますか?』
 
「手を伸ばしても、掴めないもの――――――私は、そもそもそういったものは欲しいと思わないわ」
「――――」
「セレーナらしいね」
 むっと言葉の出ないマリアの横で、リラが笑みを浮かべながら口を挟む。それに反論が出来ないマリアの矛先は、そのリラに。
「じゃあ、リラはどうなの」
「その前に、自分のことを言わないのはフェアじゃないんじゃない?」
「私? 私は機会をうかがって、隙を見て掻っ攫うわ」
「…………」
 既に用意していたのだろう、間をおかずに答えられたそれは誰もが納得するもので。
「…………私は、きっとあきらめる」
「――――そんなことしなくても、何とかすればリラは手に入れれると思うけどな」
「“手を伸ばしても掴めないもの”、でしょう? “無理”なんでしょう?」
「まあ、そうなんだろうけど」
 一瞬、何かを思い出したかのように顔をしかめたが、すぐに困った表情で続けたリラにマリアは納得するしかない。
 妙な空気になった中で、自然三人の視線は残るエリザベスへと向かう……が。
「エリザベスは、ずっと見守っていそう」
「うん」
「私もそう思う」
「…………否定は、しないわ」
 全員が思い浮かべている“もの”は同じだ。ただここで口にすることは出来ないことも、全員が理解していた。

◇◆◇

「じゃあ、あいつはどうかな?」
「あいつ?」
「そ、エリザベスと同い年の、あいつ」
「ああ……」
 マリアの言葉にはじめは首を傾げるも、「エリザベスと同い年」、つまりマリアより年上の人物で、マリアが「あいつ」と言える人物をすぐに思いついたセレーナとリラは顔を見合わせつつ……
「彼もエリザベスと同じじゃない?」
「私もそう思う」
「あー、やっぱり?」
「当然でしょう」
 肩をすくめたマリアに、セレーナは苦笑する。
 
 
「じゃあ……イザークは?」
 もののついでとばかりにリラは年上で、現在白服の幼馴染の名前を挙げる。緑のリラがイザークの名を呼び捨てにするところを何も知らない者に聞かれれば眉をしかめられるだろうが、聞いているのは幼馴染の三人だけだ。
「イザークは、あきらめないんじゃない?」
「それって私と同じってこと?」
 セレーナの言葉にマリアが首を傾げつつ問う。その表情は納得がいっていないようだ。
「マリアとは、似て非なるもの、かな。マリアは機会をうかがうタイプだけど、イザークは努力して“手が届く”様にするんじゃないかな」
「あー、言えてる」
「マリアも横から掻っ攫うんじゃなくて、イザークみたいにすればいいのに」
「…………出来たらするけど」
 どれだけ時間がかかるか。それまで待てない、と言い切るマリアには苦笑するしかない。
「イザークは気が長いよね、そういうところに関しては」
「普段は私たちの中で一番気が短いのにね」
 
 
「次、兄さん」
「ディアッカは、」
「努力するタイプには見えない」
「見えないけど、どうしても欲しいものは努力すると思うな」
 リラの答えをセレーナが訂正する。
 それには今まで黙っていたエリザベスが「私もセレーナの意見と同じよ」と言い、マリアがうんうんと頷く。
「…………」
「ま、“どうしても手に入れたいもの”に限るとは思うけどね」
 ディアッカのことに関して、リラがそれ以上口を開くことは無かった。
 
 
「――――――」
「次は兄さまね」
「ラスティは見えないところで動いているイメージがあるから、周りが気付いたときには手に入れてるんじゃない?」
「それも、手に入れたものが逃げないように拘束して、ね」
 リラの意見にエリザベスが付け加える。その視線はマリアのほうを向いていた。
 そして当のマリアは無言だ。その表情を目にしたセレーナは、苦笑しつつ……
「でも、兄さまはそれを許してくれる“もの”だけ、欲しがるんじゃないかしら」
 
 
「次はニコル」
「ニコルのほうこそ、周りが気付かない間に手に入れてる気がするけど」
「策をめぐらして?」
「そう」
 エリザベスの首を傾げつつの問いにマリアは大きく頷く。
 苦笑しているのはリラ、困った表情を浮かべているのはセレーナだ。
「ニコルの場合は、まず外堀を埋める方法をとると思うわ。あとはその“欲しいもの”の意見を聞くだけ、に持っていくでしょうね」
「――――簡単に想像出来る」
「ホントね」
 エリザベスの言葉にリラとマリアはそんな風に同意した。
 
 
「それじゃあ――――」
 と、マリアが続けようとした時、どこからか音楽が聞こえてきた。

◇◆◇

 静かに流れるその曲が何であるか、すぐにわかった四人は口をつぐむ。
 その曲はスピーカーからかすかに聞こえてきていた。誰かが居住区や休憩室内にのみ流しているのだろう。……それは、先の大戦より前に発売された音だった。
「それじゃあ、彼女は?」
 音を切り、セレーナが問う。
 その口は“誰”であるかを言わなかった。けれど、そんなことをしなくてもこの中では十分に通じるものだ。
「…………彼女は、そんなもの無いと思っているんじゃない?」
「手を伸ばしても掴めないもの、が、無い?」
「そう」
 はじめに答えを出したのはマリアだ。確認したのはセレーナ。
 エリザベスは無言で視線を空に向け、そんなエリザベスを気にしながらもリラは口を開く。
「そんな風に、思えるのかな?」
「思えるんじゃない? “あれだけ”のことをやってきたんだもん。そう思っていなきゃ、しないでしょう」
 それから付け加え。そのためには無意識に手段を選ばない。本人は気付いていないけれど、そういう行動をとるよね。
「だからこそ、決められたことをないがしろに――――裏切れるのよ」
 
 そこには、自身の願いしかない。ほかの事などどうでもいいと思っている。
 
「もしくは、自身の欲しいものを手に入れるために、“私たちのような立場の者”にとって重要なものを犠牲にする、か――――」
「――――そうかもしれないね」
「……それ、甘いと思うよ」
 セレーナの言葉にリラは頷いたが、マリアは頷かない。
 マリアとて、セレーナの意見に同意したいと思うし、そうするほうがエリザベスのためでもあると、そう思っている。けれどそう出来ないほど、彼女の行動を“聞いて”いた。
 それが、大切な幼馴染を傷付けてしまうことになっても。
 それにエリザベスもそんな気遣いは必要ないと思うだろう。自身のために、表面上だけでも意見を変えさせることなど――――
 
「結局、私たちにとって大切なものが、彼女にとってはそうでなかったということよ」
 
 最終的に、エリザベスのこの言葉が四人の中で“彼女”を言い表すものであると落ち着くことになった。

– END –

お題配布元:追憶の苑

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子