2. 誤魔化せない思い
「陛下、どうかなさいましたか?」
侍女のその言葉にぼーっと外を眺めていたロイは意識を周りに戻した。
「いいや……ただ、外から騒がしい声が聞こえると思ってね」
そう言ってクスリと笑うと、侍女が入れてくれた紅茶を口に運ぶ。
今、ロイ――アメストリス王国現女王がいるのは彼女のプライベートルームだ。
ここへは彼女の許しを得た限られた者しか入ることは許されてはいない。
現に今傍に控え、女王の世話をしている侍女も城に仕える侍女たちの中でも特にロイが信頼を置いている者だ。
他の侍女は入ることを許されてはいないため、ここへロイがいる間は全て彼女一人で世話をしている。
許されたものしか入ることが出来ないと言うのは彼女の警護をする近衛軍兵士も扱いは同じで。
同じ部屋にはいないものの、扉を一枚隔てた廊下には彼女が信頼を置く人間が控えている。
もちろんそれだけが彼女の身の安全を保障しているわけではないが……。
ロイの言葉に侍女――リザ・ホークアイは主人が何に意識を向けていたのかが分かった。
そのため、ここへ来る前にある兵士から聞き知ったことを伝えた。
「練兵場でヒューズ大将とエドワード・エルリックが手合わせをしていたと先ほど聞いております」
その言葉に、ロイは肩をすくめて言う。
「ああ、そうだろうね……さっきヒューズが顔を出して練兵場に面白いものを見に行くと言っていたから」
「面白いもの、ですか?」
リザはロイの言葉にそばに控えたまま首を傾げる。
練兵場へはリザ自身もたまに行くことはあったが、面白いものなどなかったはず……。
そんなリザに、ヒューズ曰く慣れていなければ気絶すると言う笑みを浮かべてロイは言う。
「面白いだろう? エドワード・エルリック……あんな風に私の顔をまともに見た兵士は初めてだ」
これ以上面白いものなど今のこの城にあるものか。
そう、にこやかに言ったロイに対し、リザは先ほどから表情を変えず、しかし明らかに先ほどより不機嫌な雰囲気で言った。
「お言葉ですが、陛下。私はエドワード・エルリックのあの行為は不敬罪とし、裁くべきであったと思うのですが」
少々とげのある言葉でハッキリといったリザに、ロイは苦笑をしながら言った。
「そう目くじらを立てることでもないだろうに」
大したことでもないだろう?
その主人の言葉に今度ははっきりと不機嫌さを顔に出して言う。
「大したことでも、些細なことでもありません。陛下はご自信の立場をはっきりお分かりになってはいらっしゃらないのですか?」
「そう言うわけではないよ……ただ、新人が緊張のしすぎで礼を忘れただけだろう?」
「それが不敬だというのです。陛下に対しどのようなものでもそれを忘れることは許されません」
「……厳しいね」
あまりにもきっぱりと言い切ったリザに、ロイはただ苦笑するしかない。
確かにそのことはエドワードがロイの前を辞した後、散々周りから言われた。
大臣に始まり幼馴染のヒューズ、その他の兵士にまで。
全員を解散させた後、プライベートスペースへ戻った後はリザを始めとする侍女からわざわざ顔を出した乳母にまで……。
ロイ自身が気にしていないのと、それを理解したヒューズがいるからエドワードは何事もなかったように近衛軍にいるが……はっきり言ってヒューズが理解を示してくれなければ、エドワードが今どうなっていたかは分からない。
それほどまでにロイは周りに尊敬され、大切にされているといっていいのだろうが……
「その私が言っているのだから、もういいだろうに……」
そこは聞いてくれないんだよな…………。
ロイはそうぼやく。
「無理をおっしゃらないで下さい。陛下はこの国になくてはならない方なのですから」
そして、私が仕える唯一の方です。
そうきっぱりと言ったリザに、少し困ったような、それでも嬉しそうな表情で返し、再び紅茶に口をつける。
それは入れ方一つとってもロイの好むもので、周りから大切にされているのを感じながらも、少し過保護ではないかと思ってしまう。
……自分が女王であるために仕方がないことだとしても。
この状況になったのはいつだったかと……ロイはふと考えた。
それは、間違いなくロイが次代アメストリス女王であると、先王であるロイの父が宣言したときからである。
それまではロイの異母妹が次代女王であると思われていたし、ロイ自身そう思っていた。
それはロイ自身先王の長女ではあったが、彼女のの母親が側室の中でも身分が低かったのに対し、異母妹の母は正室だった。
その点だけでもロイに女王となる確率は低いし、代々ロイのような立場の者が王となることはなかった。
しかし、それを先代は覆したのだ。
それを知らされたとき、周りの驚きは今までにないほどであった。
もちろん反対するものが殆どであったが、そんな中、以前からロイに仕えていたものたちは皆ロイを守るためにそれまで許されていたことですら、ロイがすることには何でも気を配るようになった。
それは仕方がないことだとロイ自身思った。
王位継承争いに上げられたことのなかった王女が突如次代女王とされたのだから。
異母妹派のものに命を狙われ始めたのはもちろんのこと、何とかロイに取り入ってもらおうとするものも後を絶たず、ロイの身辺はそれまでに考えたことがないほど騒がしくなった。
そしてそれらから何とか守らなければと、ヒューズやリザたちは気を張っていた。
それが今も抜けずにロイは困っていた。
今でも完全に安全であるとはいえないと思う。
しかし、それでも限度はあるだろう。
このままでは、リザたちが倒れてしまうのではないかとロイは心配していた。
それほど、ロイに仕えるものたちは何よりもロイを一番に考え、自分のことなど二の次なのだ。
しかしそんな中過ごしていて、ロイは久しぶりに自分を真っ直ぐに守るべきものとして、しかしリザたちほど過度ではない思いで見た者と会った。
それは久しぶりに見た目の色で、自分に見とれているのは分かっていたが、それすら邪気のないもので嬉しかった。
以前から見とれられるのは大嫌いだったにもかかわらず。
そのため不敬罪とされている行為をしたにもかかわらず、エドワードには何も咎めることなどしなかったのだ。
それが、リザたちに伝わっていないのだけれど、ロイはそのことを言うつもりはない。
それを言えば、リザたちの自身に対する思いを否定してしまいそうだったから…………。
それを何よりロイは恐れていた。
それまで守ってきてくれた者たちを傷付け、見放されてしまったらと思うと…………怖かった。
ヒューズやリザたちがいたからこそここまで来れたことを誰よりも理解していたから。
(難しいな…………傷つけずにすむようにするのは…………)
そんな想いと共に、ロイは茶菓子を飲み込んだ。
一方。
リザが思っていたのはロイとはまったく違うことで。
ロイ自身が、頭の隅にも考えなかったこと。
確かにエドワード・エルリックは今までの者たちと比べても安全でしょう。
それどころか、陛下の御身を何が何でも守るでしょう……。
ですが、それでもなぜか嫌な予感がするのです。
何か、とんでもないことがエドワード・エルリックのために起こるのではないかと…………。
そんな気がするのです。
――――――と。
– CONTINUE –