4. 私の仕える理由 前編
女王陛下を側で警護するようになって分かったことがある。
それは、今まで陛下を一般近衛兵よりも近くで警護する人間は、諸々の理由でヒューズ大将とハボック中将だけだったこと。
そして、女王陛下は本当に自身の立場を分かっているのかと言う疑問がわくこと。
そして――――――
「陛下……またですか」
エドワードがロイのごく側で警護を始めて数週間後。
いつも三人でローテーションで警護に着いていて、今日はエドワードの担当の日。
いつものようにロイは木陰でドレスが汚れるのも構わずに寝転がっていた。
……まあ、汚すと後々怖いので、下に敷物を敷いてはいるのだろうが。
そんなロイの用意のよさに呆れながら、エドワードは周りを伺いつつ、ロイに目を向ける。
「執務は終わられたのですか?」
「……終わらなければあの部屋から出ることが出来ないくらい知っているだろう?」
呆れたような、すねたような声を出してロイは横にしていた体を起こす。
ロイが起き上がるのを手伝おうとしたが、自分が『女王陛下』に触れていいものか悩んだエドワードは結局何もせず、その場にひざをついた。
「ですが終わられたからと言って姿を消されては困ります」
「おや……エルリックは私を警護していたんだろう?」
見逃してしまったのかい?
そんなことを言われても、エドワードには反論できる材料がある。
まあ、自分のせいも少なからずありはするけれど。
「私がいたのは陛下の執務室の扉を隔てた廊下です。――陛下は窓から抜け出されてしまったではありませんか」
そう、エドワードの仕える『女王陛下』は簡単に二階の窓から外へと出てしまう。
しかも誰にも見つからずに。
おかげでその被害に遭うのはエドワードだ。
こんなことがばれてしまえば、ロイの侍女頭に何をされるか分からない。
もっとも、その後でロイもしかられてしまうのだけれど。
そう。
エドワードが尊敬し、敬っている『女王陛下』は実はとんでもないことを平気でやる人だったのだ。
それを知った時、エドワードは魂が抜かれたかのように一時その場に立ち尽くしたままだった。
もっとも、その後すぐにロイがいなくなったことを知って駆けつけてきたリザに叱咤され、探しに行かされたのは言うまでもない。
それでもロイの女王としての能力は確かなもので、エドワードの敬意を変える理由は何もなかった。
「まあ、いいじゃないか。ここは大丈夫だよ」
「……なぜです。私にですらここが分かったのに」
呆れ半分、疑問半分、そんな声で聞くと、くすくす笑いながらロイは言った。
「こんなところが分かった人間なんて、そうはいない。……ヒューズも知らないんじゃないかな」
「…………はい?」
その言葉にあっけに取られながらエドワードがロイを見ると、さらに笑って「君しかここは知らないよ」と言った。
「…………」
声を出すのを忘れていると、ロイは伸びをして「それじゃあ、行こうか」と、未だショックを受けているエドワードに微笑んだ。
……一瞬、見とれそうになったけれど、エドワードは何とか気を取り直してここへ来る前にリザに頼まれたことを伝えた。
「そう言えば、リザさんから陛下にお伝えしたいことがあるのですが」
「なんだい?」
「『お客様がいらしてるのでお早くお戻り下さい』と」
「分かった」
一字一句間違えないように伝えると、ロイはふんわりと笑って城に向かって歩き出した。
エドワードはその後ろをついていく。
『お客』が誰なのか気になったが、リザが伝えてくれと言ったために聞くわけにもいかない。
どちらかと言えばその『お客』がロイ個人に近い人間だと考えたからだ。
「遅れて申し訳ない」
エドワードが扉を開けて、ロイが入ってすぐに言った言葉に、そりゃそうだろうと思った。
リザにエドワードが呼び止められてからかなりの時間経っている。
それまで待たされた『お客』はたまったものではないだろう。
しかし――
「いいえ」
そう返事をした声に、顔を上げてその本人を見そうになった。
その声は男だったから………。
だが、なんとか顔を上げるようなことはせずに済んで、そのままエドワードが扉を閉めようとすると、
「エルリック、君も入りなさい。紹介したい人がいる」
そう、ロイに呼び止められてしまった。
「はっ」
驚きながらも何とかそう答えて、初めて入るロイの応接室となっている部屋に入れば、『お客』の男が目に入ってくる。
「えっ?」
ロイが側にいることも、リザがその場にいたことも忘れ、エドワードはその男を見た。
近衛軍に入って、感情を抑えることが出来るようになったエドワードだったが、この状況にはそれも出来なかったようだ。
「紹介しよう、エルリック。彼はスカーだ。スカー、彼は私の警護をしてくれている近衛軍のエドワード・エルリック。まだ私の警護を始めて日は浅いから失礼があるかもしれないが、よろしく頼むよ」
さりげなくフォローされたことにも気付かずに、エドワードは驚いたままだった。
だから目の前にスカーが来て、手を差し出しても流されるまま握手を交わしていた。
なぜかというと、この城に来てから今までまったくと言っていいほど見たことがないからだ――――――褐色の肌に赤い瞳のイシュヴァール人。
純粋なアメストリス人でない彼らを見ることはセントラルでは殆どないから――――――。
「おや、エルリックはイシュヴァール人に会った事はなかったのか?」
なぜかエドワードも席について、目の前には紅茶が用意されている。
もちろん用意したのはリザだ。
何か入れられているのではと普段なら思うような相手だが、それすら考え付かないほど驚きのままエドワードは横にロイがいる席に座った。
「いえ、私の出身は東部なので、会った事がないわけではありません」
ただ、城で会った事がなかったので……。
取り繕うことも出来ずにそのまま言ってしまう。
しかし、それを気にする人間はいなかったようで、ロイからスカーと呼ばれた男は苦笑で返した。
「まあ、普段は東部を中心に我々イシュヴァール人は暮らしているからな」
その言葉に、ロイも苦笑した。
「そうだな……スカーもここへ来たのは久しぶりだからな」
「ええ」
その会話に、スカーが長くロイと知り合いなのが分かった。
またそれは今この部屋の雰囲気からも察することができる。
エドワードは、自分ひとりがこの状況の自然さを知らなかった。
「スカーはね、時々ここへ来てくれてはイシュヴァールの人たちの様子を教えてくれるんだよ」
エドワードが居心地が悪いと思っていると感じたのか、ロイはそう教えてくれた。
しかしエドワードはそれに疑問を持った。
エドワードは東部リゼンブール出身で、イシュヴァール人の居住地域に近く、子供の頃から何人かのイシュヴァール人の子供たちと遊んでいた。
そのことから、別にわざわざスカー自身がここへ来ずとも様子を知る方法はいくらでもあるんじゃないか……そう思ったわけだが――――――。
「未だに……イシュヴァール人を差別する人間はいるものでね。そんな人間が東部を管轄することがないようにしているのだよ。イシュヴァール人に聞けば確実だろう?」
それを聞いたエドワードは、ロイやスカー、リザが思ってもいなかった反応をした。
「え?イシュヴァール人って差別されていたんですか?」
――――――――――――
エドワードの言葉に、長い沈黙が流れた。
そのことにエドワードはしまったと思ったが、言ってしまったものは仕方がない。
身を小さくして、他の人間の反応を待った。
それに一番初めに反応したのはなんとスカーで、くくくっと笑いをかみ殺す反応が返ってきた。
「???????」
それを不思議に思いながらスカーの言葉をエドワードは待った。
すると
「まさかそんなことを言われるとは思っていなかった」
「……そう、ですか?」
「ああ……学校で、歴史は習わなかったのか?確かイシュヴァール人迫害のことも教えられていたと思ったが……」
「あー……」
そう聞かれて、エドワードは気まずきなってしまった。
なにせエドワードは――
「歴史の時間は……寝てたか別のことをしてましたから…………」
歴史書もそう読まなかったし……。
それを聞くと、今度こそスカーは声に出して笑い、ロイも口に手を当てながら笑った。
リザだけは渋い顔をしていたが。
「ああ、そうだったのか……」
「エルリック……今からでもいいから歴史書を読みなさい。このことに関しては知っておいたほうがいい」
さらりとロイに言われ、エドワードは小さく「はい」と答えるしか出来なかった。
その素直なエドワードに、スカーは笑った。
考える点もなくはなかったが、エドワードに対しては悪い印象を持たなかったようだ。
– CONTINUE –