5. 私の仕える理由 後編

 その後、ロイがスカーから報告を受けながらのお茶会が始まった。
 エドワードは居心地が悪かったが、ロイが同席するよう言ったので仕方なく付き合っていた。
 それを見ていたスカーは何かしら思うことがあったのか、報告兼お茶会及びエドワードの仕事が終わると、ロイの部屋から退出したエドワードを呼び止めた。
 それを疑問に思いながら、エドワードはスカーについて庭に出る。
 
「あの……何か御用ですか?」
 庭の隅でスカーが立ち止まると、少し警戒しながらエドワードはスカーに聞いた。
「敬語は要らない」
「……ですが」
「俺は女王陛下の部下というわけではない……ただの民間人だからな。敬語は必要ない」
「はあ……」
 別に聞きたいのは言葉使いのことではなく……と思ってはいるが、ここに連れて来られた目的が分からずエドワードは途惑っていた。
 それが分かったのか、苦笑しながらスカーは口を開いた。
「知っておいた方がいいと思ってな」
「オレが……ですか?」
「ああ……」
「……なんでしょう?」
 そう言われて、エドワードはイシュヴァール人の歴史を、まったく知らなかったことに対するものだと思った。
 何せ、アメストリス国民ならば知っておかなければいけないような歴史だ。
 しかも近衛軍の兵士で、女王陛下の警護に当たってるものが、「知らない」で済ませられるものではない……と思った。
 あの時、スカーは笑ってはいたけれど、それでも今になって怒りが湧いてきたのかもしれない。
 そんな不安が少し通じたのかどうか。
 そのことは関係なかったのかどうか。
 それは分からないが、スカーはエドワードが思ってもみないことを言った。
 
 
「イシュヴァール人のことを知らなかったということは……陛下のことも知らないのか?」
 
 
「……は?」
 
 
 聞かれたことの意味を正確に理解できなかったような声を上げたエドワードに、スカーはため息をついた。
 ロイの前では言わなかったことを、今になって言っておくべきだったのではと思ってしまう。
 
 きちんと陛下の現状を理解しているものを警護に当たらせるべきではないのか、と。
 
 そして、今からスカーが言おうとしていることは、他にロイの警護に当たっている人間も恐らくエドワードに伝えていないこと。
 そんなことを民間人のスカー自身が言っていいものなのか、悩むところではあるが、言ったとしてもイシュヴァール人を差別していないエドワードならば言ったとしても現状は変わらないだろうと、言うことにした。
 
「陛下の御生母が、前王の正妃でないのは知っているな?」
「……ええ、ヒューズ大将たちから聞きました」
 先代のおきさきの中でも一番身分が低かったと言うことも。
 少し声のトーンを落として聞いてきたスカーに、エドワードも同じくらいのトーンで答える。
 それを聞くと、スカーはそれは知っていたんだな、と言う表情をし、では、と次の言葉を言った。
 
 
「陛下のご生母が、東の砂漠の国の民であったと言うことは?」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 
 
 スカーの思っても見なかった言葉を聞き、エドワードは声を上げることもできずに、ただ驚いた。
 エドワードだけが思ってもみなかったと言うよりも、誰も考えることすらないだろうこと。
 それをさらりと言ったスカーは、やはり、と言う顔をした。
 そして、イシュヴァール人が差別されていた――現在進行形だが――ことを知らなくても、東の国の民のことは知っていたなとも思った。
 しかし、エドワードはスカーが嘘を言っているとはその表情から思えなかったが、それでも信じられずに言う。
「で、ですが、そんなこと……」
「あるさ……陛下のご生母は前王のおきさきの中でも一番身分が低かった……つまり、ご生母の父親の身分が低かったことになる。それはただ貴族としての身分が低かったからか……もともと貴族としての身分を持っていない、民間人だったか」
 
 残るは……アメストリス民族でなかったか。
 
「…………」
「もちろん、アメストリス民族でなくとも他の国の王族等であれば身分は高くなるし、アメストリス王国の土地に昔から暮らす民族であれば何の問題もないのだがな」
 俺たちイシュヴァール人のようにアメストリス民族でなくともアメストリス人ではあるのだから。
 それを聞きながら、エドワードはスカーの言うことも最もだと思う。
 どれだけ差別されてこようと、イシュヴァール人はこの国の国民だ。
 民族、は違うかもしれないけれど、この国は単一民族国家ではない。
 別にイシュヴァール人の女性がアメストリス王のきさきになったとしても、アメストリスの国民なのだから、困ることはない。
 
 
 ――――――ただ、東の砂漠の国の民となると話は別になる。
 
 
 東の砂漠の国の民と言うのは通称で、あまりにも歴史の闇にあって名前すら残っていない。
 しかし、その子孫は今でも少数ながら残っていて……今でもどこかで生き延びていると聞く。
 だが、どこかに定住しているとは聞かないし、どこかの国の国民になったとも聞かない。
 ……なれるとも……思えないが。
 それは、東の砂漠の国の行ったことによる。
 これもあまり詳しく伝えられていることではないのだが……その国によって、そのほかの国は甚大な被害がもたらされた。
 過去のこと、とするにはあまりにも大きな被害。
 それは今でも各国の国民の記憶に焼き付けられ、嫌悪されている。
 
 
「陛下はその、子孫の血を引かれている……と?」
「そう、女王陛下から聞いた」
 その言葉に、エドワードは言葉が出せなくなった。
 スカーがただ、「そう聞いた」と言えば、反論も出来ただろうが、「女王陛下から聞いた」ともなれば別だ。
 それはロイが直接言った――ロイがそれを認めていると言うことになるからだ。
 
 
 もちろんだからロイがどうだと言うつもりはエドワードにはなかった。
 
 ロイは、ロイだから……と。
 
 しかし
 
 
「それは、陛下の異母妹方たちはご存知なのですか……?」
「……」
 スカーは、エドワードの反応に驚きながらもほっとした。
 やはり、エドワードはロイの見込んだだけのことはある、と。
 心配したことは杞憂に終わった。
「……知っている……だろうな。何せ彼女たちのバックには昔から王家に使えている人間も少なからずいる。陛下のご生母のことを知っているものもいないわけではないだろうな」
 陛下のご生母が前王に嫁がれる時に裏工作がされたとしても……。
 しかし、それでも知らない人間もいるのだろう、スカーは声を潜め、なおかつ周りに人の気配がないか、近付いてこないか気を配っていた。
「……そのことが、陛下を王位から引きずり落とす理由になるかもしれない」
「そう言うことだ……」
「これも陛下暗殺の原因となってるかもしれないのか……」
 あまりにも隠さなければいけないこととはいえ、エドワードにそのことを伝えなかったヒューズたちに対し、エドワードは「信用されていないな」と思う。
 まあ、これはあまりにもデリケートなことではあるが……。
 
 
 しかし、よくよく考えてみれば、ロイに対し疑問に思ってもいいような所はある。
 一番はやはりアメストリスでは珍しい、黒髪に黒い瞳だろう。
 先代も同じ黒髪に黒い瞳であったため、思いつかなかったが、先代の血を色濃く継いでいるにしてはあまりにも鮮やかすぎる。
 そして、東の砂漠の国の民の髪と瞳は鮮やかな黒だと言われている。
 どちらかと言うと、そちらの血を継いでいる、と考えた方が自然だろう。
 そう言わせるほど、ロイの髪と瞳は特異すぎた。
 
 
 そのことに関しても、注意しておかなければいけないと決意を固めていたエドワードに対し、スカーは言った。
「陛下は今でも差別の残るイシュヴァール人である俺たちを気にかけてくださる理由がそれだ」
「……どういうことです?」
「……陛下は、どうかすれば差別される側に回られてしまう立場だ。それが分かっているから、せめて俺たちだけでもそうならないよう……気にかけてくださる」
 イシュバール人である俺が王宮に出入りすることすら良しとしない陛下の異母妹たちも多い。
 陛下のご生母のことが明るみに出れば、ここぞとばかりに攻撃されるだろう。
 今はまだ様子見と言ったところだろうが、それがいつ訪れても不思議ではない状況だ。
 それを分かっていても陛下は俺の訪問を受け入れる。
 俺が長い間ここを訪れなければ、何かあったのか心配される始末。
 それほど気にかけて力を尽くしてくださっている陛下に対して、俺たちは何か報いたいのだが――――――何も出来ないんだ。
「だから、おまえに知っていて欲しいんだ、陛下のお立場を」
 どれほどの危険を背負われているかを。
 ――――――陛下が東の砂漠の国の民の子孫であっても、今のまま仕えてほしい。
 そのスカーの言葉に、エドワードはただ聞き入っていた。
 そして、スカーが言い終わると、エドワードはしっかりとスカーを見て言い切った。
 
 
「心配は要りません。陛下にお仕えすることが――お守りすることがオレの誇りですから」
 
 
 スカーはその言葉に、自分の目も――――――陛下の目も間違ってはいなかったと感じた。

– CONTINUE –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子