6. 舞台装置
その日は突然やってきた。
その日、エドワードは夕刻から女王の警護についていた。
それはちょうどロイが食事を取る時間の少し前から始まる。
エドワードが部屋の前に立ち始めてから少し経ったとき、廊下の向こうからばたばたと大きな足音を立ててやってくるものがいた。
その音に何事だと思いながら、このままだとリザさんに叱られるなと、騎士相手にも面と向かって言うことは言うロイの一番の侍女を思い浮かべながら足音の方を見ると、そこには慌てた様子でかけてくるリザ本人の姿があった。
そのことに驚いているうちにリザはエドワードの側まで来ると開口一番に言った。
「陛下は!?」
「え?あ、中におられますが……」
何か大変なことが起こったのか、いつもきちんと言葉を言うリザが主語のみで聞いてきたことにエドワードは目を丸くしながらも、その意図するところを理解し、ロイが室内にいることを伝えた。
「ほかには?」
「いえ、誰も……」
大体この時間にロイの――女王の部屋になどたずねてくるものもいない。
夕食を誰かと食べるときは別の部屋で取ることになっているからだ。
そして普段からロイは一人で夕食を取る。
エドワードはそれじゃあ食事もまずいだろうと思ってはいたが、『女王』ともなるとそういうわけにもいかないようである。
と、エドワードとリザのやり取りが聞こえていたのだろう、部屋の中から声がかかった。
「どうかしたのかい?」
「陛下……少々よろしいでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
「失礼します」
ロイから許可が下りると、リザは室内へと入っていった――――――エドワードの袖を引いて。
「え……あの……」
エドワードが途惑った声を出したのを無視して、リザは本を読んでいたロイの側へ寄る。
そして
「陛下にお伝えしなければいけないことがあります」
と、何時になく神妙な面持ちで言った。
それに、エドワードは途惑っていた。
確かにいつもリザは真面目な顔をしてはいるが、ここまで何かに追い詰められているとでも言うのか、そんな表情はエドワードの知る限りない。
それにロイも気付いたのか、今まで見せていた穏やかな顔を引っ込めて、冷静な表情でリザが次の言葉を言うのを許可した。
「何があったんだい?」
しかし、次に出てきたリザの言葉はエドワードの思ってもみなかった――――――否、思いたくなかったことであった。
「陛下のお食事に毒が盛られておりました。現在、何者の仕業であるかを調べています」
「!!!!!!!!!!」
その言葉に、エドワードは驚きを隠すことが出来なかった。
しかし、ロイはと見れば、先ほどと変わらぬ冷静な表情でリザを見て言った。
「それで……毒見の者は……?」
「はい。幸い処置が早かったため、命に別状はありません」
「そうか……」
そう言うと、ロイはあごに手を当て、何かを考え出した。
リザを静かに見ていたが、しかし、エドワードは目の前でなされた会話を理解するのに必至だった。
陛下の食事に毒!?
と言うことは暗殺未遂?
内心パニックになりながらも何とか事態を把握しようとする。
しかし、女王付とは言っても最近からのことだから、こんなことはエドワードにとっては初めてだ。
そう簡単に、落ち着くことなど出来るはずもない。
それでも、落ち着かなければいけないときは来る。
「そうか、では引き続き調べてくれ」
「はい。それでは、何か分かり次第、お知らせします」
「ああ、よろしく頼むよ」
「はい」
そう言うと、リザはエドワードに向かって言う。
「陛下を頼むわ」
「は、はい!」
今まで以上に真剣な表情で言われ、エドワードは慌てて返事をした。
それを確認すると、リザはそのまま部屋を出て行った。
一瞬、開いた扉の外から、ばたばたと騒がしい音がしていた。
それほど、大きな事態になっているのだ、当たり前のことだが……。
それに、改めて背筋に嫌な汗が流れる。
と、
「エルリック」
「は、はい」
急に名を呼ばれ、ロイの方を向くと、当のロイは席の向かいを指して「座りなさい」と言う。
そして、急なことで頭の回らなくなったエドワードは良く考えもせずに指示に従う。
そんなエドワードに、ロイは何も言わず、ただ、お茶を入れ、エドワードの前に置く。
そこまで来て、やっと慌てだしたけれど、どうすることも出来ずに、エドワードはそれを受け取った。
そして、少しの間、沈黙が流れる。
ロイは、何も言う気がなかったのだろう。
そして、エドワードはといえば、どう言えばいいのか、迷っていた。
聞きたいことはある。
けれど、きっかけがつかめないでいた。
「お腹が空いたな……」
そのきっかけになりそうな言葉は、ロイの口から出た。
はたから見れば、こんなときに、と思う言葉ではあったが、エドワードはそれにはっとなって、尋ねる。
「お食事は……今日は無理なのですか?」
リザからの報告があってからだいぶ経つ。
けれど、一向に代わりの食事が運ばれてこないのを見ると、今日のロイの夕食はないのかもしれない。
しかし、こんな経験のないエドワードには分からない。
「ああ、さすがにこんなことがあった後では、作り直すことも出来ない。城内が騒がしい間は、誰が何をしているかなんて、全てを把握出来ないからな」
そう言うロイの表情は、仕方がない、と言っていた。
そして言葉からは、何度もこんなことが起こっていると伝えてきていて。
エドワードは、今更のようにこんなことをした人間に怒りを覚えた。
「なぜ、このような……」
全てを言うことはしなかったが、それだけでロイはエドワードが何を言いたいのかが分かったのだろう。
ぽつりと、独り言のように呟いた。
「私が、王位に着いているのが許せないのだろう……」
「そんな、なぜ……」
「私の母が、先の王のきさきの中で、一番身分が低かったから」
反射的に言葉にしたエドワードの問いに、そう、ロイは答えた。
その時の表情はなく、ただ、事実を言っただけ、それ以外はない、と言っているようだった。
それに詰まりながら、エドワードはさらに問う。
「それだけのことで、なぜ陛下のお命を狙うなど……」
そんな、大それたこと……。
「それだけ、女王になりたいのだろう、異母妹たちは」
そして、その恩恵を受けたいと思う人間がいるんだよ。
でなければ、こんなこと、異母妹たちだけで出来るはずもない。
盗聴対策だろう、小さな、囁くような声で、ロイはエドワードにだけ聞こえるように言った。
それに、信じられない、と言う表情をしながら、それでも以前、ヒューズ大将たちや、スカーに言われたことをようやく思い出した。
あれから時がそれなりに経っていて、エドワードはすっかり忘れていたが、あの時に言われたことが今回、本当に起こってしまったのだ。
「そのようなことをして、ただで済むはずが――」
「ないだろうな、ばれればの話だが」
「え?」
それは……。
「そのままの意味だ。計画が成功してもしなくても、すぐに証拠はすべて処分するさ。そうしなければ、自分たちの命が危なくなる」
だから、今回も、首謀者が分かるかどうかは微妙だろうね。
そう、平然と言うロイに、エドワードはあっけに取られた。
だが、すぐに気を取り直して言う。
「そのようなこと、許されるはずがありません。陛下のお命を狙うなど」
「ああ、そう思ってくれる人間がいてくれるからこそ、今の私はいるんだよ」
そう言う人たちに、私は守られているんだ。
――だから今、私は生きている。
そう、にっこりと笑っていったロイに、エドワードは一瞬目を奪われたけれど、すぐに椅子から立ち上がり、ロイの前に跪いた。
「私も――陛下の御身を、命をかけてお守りいたします」
そう、改めて言ったエドワードに、ロイは微笑んだ。
「ああ、よろしく頼むよ」
その言葉に、エドワードは決意を新たにしたが、それに続いた言葉に、一瞬、固まってしまった。
「命をかける――は、止めてくれ」
生きて、私を守っておくれ。
…………
「はっ!!」
一瞬の間の後、エドワードはそう返事をし、それを聞いたロイは笑みを深くした。
そんな考えを女王がしているとは思わなかった。
だが、これだからこそ、ヒューズ大将たちや、ホークアイ侍女頭が女王陛下を慕うのだろう。
そして、自分も――――。
エドワードはそう、思った。
だからこそ、守らなければいけないのだ。
どんな危険からも、陛下を守らなければいけない、と。
– CONTINUE –