サウダージ 前編

「一体何を作った!!!!!」
 
 あの日、初めて会ったやつに言われた言葉が、ここまで尾を引くなんて思わなかった。
 
 
 
 
 
「――――――いい加減にしてくれないか」
 どうしても東方司令部へ来なければいけない用事ができて来てみれば、即拉致された………司令官の部下に。
 今日ばかりは会いたくなくて、報告書を本当はいけないことだと分かってはいたが、誰かに預けてさっさと宿に戻ろうと思ってたんだけど………甘かった。
 やっぱりオレの後見人にはオレの考えていることが分かるようだ。
 まあ、そんなことこの際どうでもいい。
 問題はオレの目の前のでかい机をはさんで向かい側につく司令官………ロイ・マスタング大佐だ。
 
 
 もしかしたら今迄で一番――――――怖いかもしれない。
 
 
「――――――黙っていないで何か言ったらどうだね」
「いや、あの、その…………」
 ごめんなさい。
 その言葉に、大佐は表情を変えなかったけれど、他の皆はちょっとだけ驚いたようだった。
 そりゃあ、オレがこんな風に謝ることは今までなかったからな。
 でも今回は謝らなければやばい。
 それはもー力いっぱい謝らないと。
 
 
「それだけで済むのであればいいのだけれどね」
 
 残念ながら私はそこまで聖人君子ではないのだよ、鋼の。
 
 
 にっこり。
 擬音語つきで笑った大佐は、いつもの嫌味な笑顔じゃなかったけれど―――――――――だからとっても怖い。
 きっと、アルがここにいればがたがた震えたかもしれない。
 こんな大佐は見たことない。
 でも、大佐がこんな風にオレと向き合うのは――――――オレの所為なんだよな。
 
 
 
 とある街の図書館に生体に関する資料があるという情報が入った。
 もちろんすぐに飛んで行った。
 で、その資料を読み終わって、街に出てみれば…………まあ、認めたくないがいつものことが起こったわけだ。
 テロリストたちが民間人を盾にとって、仲間の解放を軍に要求していた。
 それを解決するために、国家錬金術師であるオレも協力することになったんだけれど………。
 
 
 事件は解決した。
 
 
 建物一個破壊したけれど。
 
 
 それがまたその街には大切なものだったらしく、アルが錬金術で元に戻したけれど、戻るまでに時間がかかった。
 外観とか、内装を同じにするために調べまくってたから。
 その間に後見人である大佐の所に連絡が行って、相当手間をかけたようだった。
 これ幸いにと大佐を目の敵にしているお偉いさんからの嫌味や書類やらがどっと押し寄せて、東方司令部は今までにないほどの状況に陥ったと言う。
 なにより、東方の実質司令官である大佐の機嫌がもうこれまでにないほど悪くなったと、オレを拉致したハボック少尉がさっき教えてくれた。
 その表情があまりにも怯えていて――――――相当やばいことになったと思った。
 そして大佐に会って、それを確認した。
 
 
 で、
 
 さっきの謝罪になったわけだけれど………
 
 
「これ以上どうしろって言うんだよ」
 こんな口の利き方をしたら駄目なのは分かっているけれど、大佐相手だとどうしてもこうなってしまう。
「そうだね……少しの間こちらに滞在して、仕事を手伝ってもらおうか」
 はらはらしながら見守っている周囲を気にせず、大佐はそんなことを言い出した。
 でも、オレのほうは大佐の言った「少しの間」が絶対「少し」じゃないのが予想できたから、自分のやったことを考えずに言っていた。
「ぜってー少しじゃ済まねえじゃん。これから行くとこあんだけど………」
「鋼の」
 と、オレの言葉を遮った。
「君は自分のしたことが分かっているのかね?」
 
 
 民間人に被害が出なかったからまだいいものを、君の破壊したあの建物はあの街では宝物として扱われていたものだよ、何年、何十年………君が思う以上の年をあの場所に建っていたんだ。
 それを君は………アルフォンス君が直したからと言って、以前とまったく同じものであることはない。
 それがその街の人たちにとってどういうことであるか………。
 そうは思わないかね?
 
 
 一気に言われた言葉に、オレはないの言い返せない。
 確かに大佐の言うことは一理あるからだ。
 だからオレはしぶしぶながらも大佐の言葉に従うしかなかった。
 
 
 
 
 
「だからって何でこんなことを………」
「仕方ないでしょ、兄さん。悪いのは兄さんなんだから」
「アル………冷たい」
「僕は間違ったことは言ってないよ」
 
 今オレらがいるところは東方司令部のいくつかある資料室のうち一つ――――――有り体に言えば物置だ。
 そこで資料やなにやらの整理をさせられている。
 大佐は仕事を手伝えと言ったけれど、いくら国家錬金術師で少佐相当の地位を与えられているからといっても、オレは普段から大佐の仕事の内容なんて詳しくは知らないし、手伝ったこともない。
 そんなオレに大佐の仕事を手伝えるわけもなく、ホークアイ中尉たちの仕事も大佐の仕事に直結しているものしかなくて、結局オレはいつか手をつけようと思っていても手を付けられなかった資料室の整理をすることになった。
 そして、自分もオレと同罪だと言ったアルといるわけだ。
 
「壊しちまったもんは仕方ねえじゃねえか………。誰も好き好んで壊したわけじぇねえよ………」
「兄さん……まったく反省の色が見えないよ」
 まあ、確かにあの建物を戻したことにはあの街の人たちには感謝されたけど………。
「だろ!?それを大佐のやつ、よく知りもしねえであんなこと言いやがって………」
「でもね、大佐の言うことも正しいんだからね」
「………………分かってるさ」
「ホント~?」
「……………」
 アルの言葉に返事をせずに、再び手を動かし始めた。
 アルもため息をつきながらも、それ以上何も言うことはなく書類を棚に持っていった。
 
 
 
 それから少し経って、資料室の扉が開いてホークアイ中尉が顔を出した。
「エドワード君、……アルフォンス君も一休みしましょう」
「あ、中尉………分かった」
「すみません」
 中尉が持ってきたカップを置けるよう、オレらは机の上を片付ける。
 カップの数は3つ………いつも東方司令部の人たちはアルの前にも中身の入ったカップを置く………。
 その理由を聞いたことはないけれど――――――オレとしては嬉しかった。
 そしてもう一つはオレ、残りは中尉の前に置かれた。
 
 
 休憩が出来るくらいは片付けて、オレらは休憩に入った。
 自然、話はオレとアルがこんなことをしなくちゃいけなくなった理由へと向かう。
 一応、大佐の前では謝ったけれど………それでも言いたいことはあるわけで。
 大佐に直接言えないけれど、中尉にはどうしてか口が軽くなってしまった……。
 
 建物は壊してしまったけれど、元に戻すと街の人たちから感謝してもらったこと。
 元に忠実に造り直したこと。
 エトセトラ………。
 
 そんなことを言えば、中尉はちゃんと聞いてくれたけど………。
 
 
「エドワード君は大佐がどれだけ心配していたか言っていなかったわね………」
 
 
 ……………
 
 
「どういうことですか?」
 一瞬の沈黙の後、アルが聞いた。
「エドワード君たちが巻き込まれたのは、軍が把握しているテロリスト集団の中でも過激な部類とされているの」
 それを確認したとき、大佐は今までにないくらい心配されたのよ。
「そりゃあ、オレは大佐の昇進に必要だし………」
 アルは何も言わなかったけれど、言いたそうな表情をした。
 そして中尉は
 
 
「本当にそんな風に思っているの?」
 
 
 ………………
 
 
「でも、大佐本人が言ってたし――――――」
 そうじゃなきゃ、ばれたらやばいことしたオレを国家錬金術師になんて推薦しないだろう?
「―――――――――大佐の言い方も悪かったのね」
 ふう、とため息をついて、中尉は困ったような表情をした。
 そんな表情をされたらオレらだって困るんだけど。
 それが分かったのか、中尉は苦笑しながら教えてくれた。
 
 
 大佐が普段からオレらの心配をしていること。
 何かあればすぐに他の事を放って対処していること。
 オレたちが司令部に行くと連絡を入れれば、落ち着きがなくなること…………。
 
 
 どれも信じられなかったけれど、中尉が嘘を言うわけもない。
 そんなことを言われたら、気にしないわけにもいかない。
 その理由は分からないけれど、なぜか気になる。
 でも…………
 
「さあ、そろそろ私は戻るわね。エドワード君たちも頑張って」
 
 そんなことをさらりと言われ、すぐに大佐の所に聞きに行けなくなってしまった……。
 そのことにガックリしていると、微笑みながら中尉は言った。
「今日は大佐の仕事は定時で終わると思うわよ」
「…………へっ?」
 オレの出した変な声は無視して、そのまま中尉は資料室を出て行った。
 
 
 ――――――――――――
 
 
「アル……今のはどういう意味だと思う?」
「定時すぎたら大佐の所に行って良いから、それまでは仕事してくれってことじゃない?」
 
 ………やっぱり?
 
 ……………………
 
 とりあえず、中尉の許可を貰ったから時間までは仕事をすることにした。
 
 
 気になることは沢山あるし……。

– CONTINUE –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子