サウダージ 後編

 定時ギリギリに一応資料室の整理は終わった。
 まあ、一応。
 一日で済ませられるとは思っていなかったから、今日はここまでとしてオレたちは資料室を出た。
 
 
 
「兄さんはこれから大佐の所に行くんだよね」
「ああ……」
「僕ね、前からブレタ少尉に将棋って言うの教えてもらう約束してたから、少尉の家に行っても良い?」
「………いいけど、迷惑かけるんじゃねえぞ」
「兄さんじゃないんだから大丈夫だよ」
「………おまえなあ」
 いつものことだが、こういうアルの言葉にはガックリくる。
 兄ちゃんとしての威厳が………。
 仕方なくそれをほぼスルーして、明日の待ち合わせなんかを決めた。
 決めた、と言っても明日も資料室の整理をしないといけないから、決めることなんてなくて、ただ確認しただけかもしれない。
 そんな会話をしていれば、すぐに大佐たちの部屋の前に着く。
 中を見れば、それほど忙しそうでもなく……と言うより今日やっと落ち着いた、と言う感じだった。
 みな疲れているようだったけれど、まあ、ちょっと忙しかった日のようなもんだろう。
 でも、やっぱり連日忙しかったんだから、そんなところにアルが押しかけてもいいのかと思った。
「ブレタ少尉……アルが世話になってもいいのか?」
 帰りの準備をしていた少尉に近付いて聞けば
「ああ、前からの約束だったし……別にそれほど疲れてないしな」
「………でも、ここのところ忙しかったんだろ?」
「ああ………まあ、それは大佐が殆どだからな……俺達は大佐が仕事を捌くのを待ってさらに仕事渡してただけだからな」
「………じゃあ、ホントにいいのか?」
「何度も言うが、構わない」
「じゃあ、よろしく頼む…」
「ああ」
 忙しかったのを気にするオレに、少尉は笑っていた。
 で、準備の終わった少尉とアルは出て行った。
 それを目の端で確認しながら、オレは大佐の執務室に入る。
 ――――――いつものようにノックはするが、返事の前に扉を開ける。
 
 
 そこには片付けをしている大佐がいた。
 やっと帰れると言う表情をして。
 まあ、オレが入って行ったから、苦笑もしてたけど。
「鋼の、入ってくるのは私が返事をしてからだと言っているだろう?」
「いいじゃん、面倒くさいんだし」
 それを聞けば、大佐はため息をつきながらもそれ以上そのことに関しては言わない。
 まあ、今まで注意してきても、それほど本気に取れなかったし。
 そんなに気にしていないんだろうと思う。
「まあそのことはいいとして……資料室の整理は終わったのかね?」
 軽く笑いながら聞いてきた大佐にげんなりしながら答えた。
「あんなの今日一日で終わるわけないじゃん……。明日もやるよ」
 すると、おやっと言う表情をして、次に微かに笑った。
「どうしたんだい?えらく真面目だね」
「………………オレはいつでも真面目だっつうの」
「そうだったかい?私がいつも頼むといやいややっているように見えたがね」
「それはあんたが文献を餌にするからだろう!?それに今まで「頼む」じゃなくて「命令」だったじゃねえか」
「おや、そうだったかい?」
「……そうだよ」
「………そうだったとして、今回は文献はないんだがね」
 それでよく明日もすると言ったものだ。
「………………」
 
 
 それは………
 
 
「それは?」
「!!!!!!」
 オレの考えを言った大佐に驚いて顔を上げれば、にこにこと言うかにやにやと言うか……そんな表情の大佐が立っていた。
 ……どうやらオレは、無意識のうちに思ったことを言ってしまったらしい。
「…………」
「どうした?」
「………………あんたに迷惑かけたし」
 ごまかされてはくれないことは分かっていたから、しぶしぶ訳を言った。
 それを聞いた大佐は、なんとも言えない表情をした。
「…………中尉が何か言ったのかい?」
「……休憩中に教えてくれた」
「そうかい………」
 妙な空気が流れていたたまれなくなった。
 何より、大佐の表情が………。
 どうしようと思っていると、大佐が口を開いた。
「……アルフォンス君はブレタ少尉のところだったね」
「ああ……」
「それでは食事を一緒にどうかね。どうせ君のことだ、栄養も何も考えないでいるんだろう?」
 そんなことでは身長が――――――。
「だーれが探さなきゃいけないほどドチビだって!!!???」
 そう叫んだ後にしまったと思ったけれど、もう遅い。
 固まったまま大佐を見ると、笑いをこらえながら「誰もそこまで言っていないだろう?」と言った。
「やっと普段の鋼のに戻ったね……準備をするからそこで待っていなさい」
 そう言ってソファーを指した。
 けど、オレは大佐の言葉に詰まっていた。
 …………なんか、変なんだけど。
 そんなオレのことなんか気にせず、大佐は帰る準備を始めた。
 そこでようやくオレはソファーに座って待つ。
 何もすることがないから―――文献なんて今持っているわけがない―――大佐の行動なんてのを目で追ってしまう。
 一番目に付くのは…………なぜか髪だ……。
 そう言えば、ずっと前に街で大佐と同じ黒髪の女の人を見たんだよな。
 ……なんか、その女の人より大佐の髪のほうが綺麗なんだけど――――――大佐は男だけど、そっちのほうが綺麗ってどういうことだよ。
 軍人なんてその辺手入れしているだろう女の人より荒れているだろうに………。
 ―――と、そこまで考えて………自分は何を考えていたんだ!!!???
 頭を抱えていると、大佐が笑っていた。
「何をしているんだね……行くぞ」
 大佐を見ると、既にコートを手に持って扉の前に立っていた。
「あ、ああ……」
 慌てて立ち上がると、大佐の後を追う。
「何が食べたいかね?」
「……腹に溜まってうまけりゃ良い」
「また君は………」
 はあ、っとため息をついたけれど、大佐は笑ってまあ、任せなさいと言った。
 ………大佐位になるとうまい店も知っているだろうから、その辺りはまったく心配していないけれど………なんでオレと食事なんか……オレじゃないほうが食事も楽しいだろうに。
 そんなことを思ったけれど、大佐におごってもらう気満々だから良いんだけれど。
 
 
 
 
 
 
「あー、うまかった」
「それはよかった」
 夕食後、店を出てそんな風にオレは言った。
 それを聞いた大佐は笑っている。
 
 
 食事の間中、大佐は笑いながら会話をしてくれた。
 もちろん声に出して笑うんじゃなくて、――――――微笑みながら、と言うのが正しいかもしれない。
 そんな状態で、オレの知らない―――専門外の錬金術の知識をくれた。
 ―――――――――いつもの大佐じゃないようで、その時のオレもいつもの大佐に接するオレじゃないようで……。
 
 なんか、変だ。
 
 
 そして大佐は何も言わずにおごってくれた。
 一応、食べた量が量だっただけにちょっと考えたんだけど……考えている間に大佐が払ってしまって、そのことに関しては大佐が無視し続けているからオレも言わないでいる。
 ただ、理由を聞けばやな答えが返ってきそうって言うのもあるけれど。
 
「じゃあ、また明日司令部行くから」
「ああ、あまり無理をするんじゃないよ」
「わーってるよ……大佐の方こそサボりまくって中尉に迷惑かけるんじゃねえぞ」
「努力しよう」
 そんな会話の間中―――食事中もだったけれど―――大佐は笑っていた。
 その笑いと言うか笑顔が―――何か………。
「それじゃあ、気をつけて戻りなさい」
「ああ、んじゃあな………」
 そう言うと、大佐はふわっと笑ってオレに背を向けて歩き出した。
 
 
 ………………
 
 
「なんなんだ………?」
 大佐が見えなくなってから、そんな風に呟いた。
 なんか、心臓がバクバク言ってるんだけど……。
 胸に手を当てて、確認してみるとやっぱりバクバクしてて………。
 やっぱり今日のオレは変だ。
 中尉から大佐のことを聞いてから、今まで……何でこんなに大佐の事で…………。
 
 
 なんだか、困ったことになった気がする。
 
 
 これじゃあ、まるで………。
 
 
「あの笑顔が悪いんだ………」
 
 
 あの、今まで見たことのないものが、オレを変にしたんだ
 中尉の話なんて単なるきっかけにすぎない。
 一番の原因は――――――
 
 
「どうしろって言うんだよ」
 
 
 どうにも出来ねえじゃん、今の状態じゃ…………。
 
 
 オレも……大佐も………。
 
 
「…………無理だよ、どの道オレらは………」
 
 
 これ以上どうすることも出来ないことが分かった、いろんな意味で。
 良くも悪くも………あの時のことを考えればなおさら。
 それが分かったとき、大佐の行った方向とは反対のほうへ歩き出した。
 
 
 
「あー。何でこんなことになったんだろう………」

– END –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子