Are you Happy?

 朝。
 いつもの朝。
 
 
「エドーーーーっ!!!!!!!!!」
 
 
 ああ、今日も朝だなあ……という感想が周囲の家々から漏れたとかもれなかったとか。
 数ヶ月前から聞こえ出した朝の挨拶に、周囲はあまりにも心が広かった。
 これほどの音量であれば、騒音と認定されても文句は言えない。
 
 
 
 さて、その叫び声の元を見てみよう。
 
 
 
「エド~~~。いい加減離れろ~~~~~」
 ムッとした表情で言うロイに対し、呼ばれたエドワードは何も言わない。
 いや、何も言わないと言うより――――――
「起きろ~~エド!!」
 まだ寝ていた。
「いい加減にしてくれないと、遅れるだろうが!」
 そう言うロイは、軍でも将軍位についているため、下士官よりは時間に融通がきく立場だ。
 しかしそれはロイ自身良しとしていないため、最近では朝は時間に追われ気味だ。
 ――確かにこの状態はロイ自身、嫌ではないのだが……それでは時間に遅れてしまう。遅れるのはまあ、何とかなるのだが……怖いのはもちろん部下の一人。
「エドワード……」
 何とかしてエドワードの抱きしめられた腕の中から抜け出そうともがくが……男の力に敵うはずもなく。
 
 
「…………ホークアイ少佐に撃たれるぞ」
 
 
 エドが。
 ロイはぼそりと、それでも内心で使いたくもない最終手段だと思いながら呟く。
 そうすれば、エドワードはがばっと音を立てて起き上がる。
 その時に抱きしめていたロイを放せばいいのだが……さすがにそこはエドワード。力を緩めずしっかりとロイを抱きしめたまま起き上がっていた。
「え、エド!!」
 毎日のことではあるが、ちっとも慣れないようだ。
「おはようロイ」
 ロイの声を耳にすれば先ほどの慌てた様子など綺麗に取り払った表情でエドワードは、ちゅ、と音をたてながらロイの頬にキスをする。
 そして、
「さーて、今から朝ごはん用意するからな!」
 にこにこ笑顔。嬉しそうな、楽しそうな表情でベッドを抜け出し寝室まで出て行くものだから、ロイは口を挟む暇もなかった。
「………………」
 
 ぼすっ。
 
 残ったのは枕を叩く音のみ。
 
 
 
 
 
「あ、ロイ。早くしないと遅刻するぞ」
 ロイがリビングへ行くと、朝食を準備しながらエドワードが言う。
 もちろんロイは誰のせいだと思っていたが……なぜか言わず、そのまま机につく。
 さすがに表情には少し出していたようだが……エドワードには分からなかったようだ。
 と言うかもうフィルターがかかっているとしか思えない。
 そのフィルターのかかりまくったエドワードと、内心で文句を言っているだろうロイと言うなんとも奇妙な、それでいて毎日繰り返される朝食時。
 時間がないのだからのんびり出来るわけもない。
 
 
 
 
 
「おはようございます、中将」
「ああ、おはよう」
 昔からちっとも変わらない少佐は、司令部にやっと来たロイに挨拶をした後、ばさりと書類をロイの机の上に置いた。
「…………今日もこんなにあるのかね」
「はい、もちろん」
「――――――なんでこう……少将にまでなって」
「だからですよ。数少ない上官からです」
「……………………」
「文句があるなら全て片付けてからにしてくださいね」
「…………遅くなるとエドがうるさいんだが」
「でしたらもう少し早く来られればよろしいのです」
「…………」
 
 
 エドが放してくれない。
 
 
 ぼそりと、しかし顔を赤くしながら言うロイ。
 それを見て、少佐はため息をついてしまった。
 
 きっと、それに関して文句も言っていないのだろう。
 
 見ていたわけでもないのに正解をたたき出した少佐は、ため息をついて言う。
 
 
「ですが、嬉しいのでしょう?」
 
 
 その状態でいるのが。
 
 
「っ……!!!!」
 
 
 少佐の言葉を耳にした瞬間、ロイは今まで以上に顔を真っ赤にした。
 そして魚のようにパクパク口を開けたり閉じたりしながら……決して言葉が出ることなく……。
「とにかく今日中にお願いしますね」
 置いた書類を指しながら言い、少佐は執務室を出て行った。
 残ったのは――――――もちろん撃沈したロイ。
 
 
 
 
 
「ただいま……」
 
 よろよろ。
 そんな効果音がぴったりな様子でロイはようやく家に戻ることが出来た。
 もちろん積みあがった書類を片付けるために時間がかかりにかかって、もう外は真っ暗。
 こういうときは決まって心配そうな表情でエドワードがロイを出迎えるのだ。
「お帰り、ロイ」
 そう、今のような心配そうな、そして嬉しそうな表情。
 数ヶ月前から目にするようになった。
 というより、数ヶ月前から出迎えがあるようになった――――――以前から欲しかったもの。
「ただいま、エド」
 もう一度、名前も付けて帰宅の言葉を言う。
 そうすれば、抱きしめられて、キスをされて……。
 
 
(あーあ……)
 
 
 ホークアイ少佐の言葉を思い出す。
 結局、どんなに文句を内心で言っても、全部欲しかったものだ。
 仕方ないなあ、とロイは思いつつ、エドに手を引かれて室内へ入っていった。
 今日の夕飯は何かなあ……と、主夫を持つロイは思った。

– END –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子