6. 歌う人、奏でる人

 今ここは舞台の上しか明かりがない。
 その舞台の上に立っている私と……グランドピアノの前に座っているピアニスト。
 その男の綺麗な指が、澄んだ音を奏でる。
 それにあわせて私は歌いだす………。
 
 
 
 
 
 
「おつかれー」
 舞台の袖にはけてすぐ、さっきまで真面目な顔をしてピアノを弾いていたとは思えないほど表情を変えてピアニスト―――エドワードは言う。
 きっと、エドのファンはこの表情を見たらあっけに取られるんじゃないか?
 いや、それよりも何よりも、泣くな。
「ああ、お疲れ様」
 そんな私も他人のことをいえないような調子で言うんだけれど。
 それ以上、話すことはないとそれぞれの楽屋に戻ってしまう。
 
 
 こんな私たちが世間ではすばらしい音楽を奏で、歌う『仲のいい・相性もいい』二人組みとして人気があるというのも………世も末だ。
 
 
 
「お疲れ様です、ロイ」
 楽屋に戻ると付き人―――というよりマネージャーのリザが笑顔で迎えてくれた。
 その笑顔を見て初めて舞台が終わったことにほっとする。
「いい歌でしたよ」
 そう続けて言ってくれるとさらに安心する。
 リザがそう言うなら間違いないと、この世界では言われている。
 それくらい彼女の「耳」はいいし、何より本人も過去にプロのソプラノ歌手を目指していてそのあたりの知識も豊富だ。
 残念なことに、再起不能なほどの怪我を喉に負ってしまったけれど。
 それさえなければ今の私をも凌ぐ歌い手になっていただろうになあ。
 それを言えば、「ロイはアルト歌手でしょう。共演することはあっても比べられることはないでしょ?」と、喉に怪我を負っても綺麗な声で言う。
 そうかな?
 
 
「それにしても相変わらずね」
 舞台用のドレスを脱いでいた私を手伝いながら、くすくすとリザは笑う。
「何がだ?」
 着替えが済むと今度は化粧を落とすため、リザが用意してくれた洗顔で洗い流す。
 元々私は化粧は嫌いなんだ。
 息が詰まる。
 そんなことを思っていると、リザは笑って言う。
「エルリック氏とのことよ」
「リザ……その言い方は誤解を招く」
「あら、いいじゃない。ここには私とロイしかいないのよ」
 誰も聞いてはいないわ。
「それはそうだが……」
 そんな風に言って、私はリザを軽く睨む。
 それでもリザは笑うのをやめなくて。いつものことだが、ため息しか出ない。
「どうしていつもああなのかしらね、貴方たちは」
 何度聞いたか分からない言葉をまた聞くことになって、眉間に皺が寄る。
 それを見たからといって、リザは言葉を止めない。
「もう少し……少しでいいから、お互いに愛想を良くすればいいのに……」
「そうすれば、お互いのマネージャーが気をもむこともないから?」
「ロイ……」
「別に私たちのことは気にせずに会っていいのに……。あいつ『だけ』に笑顔で挨拶したくないだけだから」
 リザの彼氏まで嫌いではないよ。
「…………」
 今度はリザがため息をつく番だった。
 そしてそのため息は、何を言っても無駄なのだと、今日はやっと理解したのだろうもので。
 これで今日はこの話はしないで済む、と、ほっとした。
 
 
 
「あら、……ロイ、また匿名で花束が来てるわよ」
「……ああ、また、来たのか」
 いつの頃からか、綺麗な花束が匿名で届くようになった。
 普通ならば、そう言うのは受け取らないんだけれど。
 なぜか気になってしまう。
 いくつか並んだ匿名の花束を見ても、一つだけ、気になってしまう。
 そしてそれを見れば、必ず同じカードが付いている。
 それで同じ人から送られてきたとわかる。
 
 
 
 なぜ、気になるんだろう。
 
 
 
 理由が知りたいけれど、知らなくていいような気もする。
 
 
 
 
 
 
「大将……」
 控え室でのんびりしていたら、マネージャーが顔を出した。
「いい加減に、仲良くしてくださいよ……」
 誰と、とは言わない。
 それは良く分かっているから。
「それは無理だろ」
 向こうがその気がないんだから。
 そう、すっぱりと言えば、ハボックはガックリ肩を落とした。
「そうっすけど……。だから、大将から近付いていけばいいじゃないっすか」
「…………」
「別に、それで今以上に悪い方には行かないと思いますけどね」
「…………わかんねえだろ、そんなこと」
「やる前から諦めてどうするんっすか」
 
 
 毎回公演のたびに花、贈ってるくせに……。
 
 
「……ハボック」
 その言葉に、ぎろりと睨みつければ、肩をすくめて見せる。
「別にその睨みは俺には通じませんよ。もう慣れました」
 そう言って、気にした様子も見せない。
 一応、オレが雇い人だから、オレがクビだと言えば、ハボックはクビなんだけど……。
 ハボックはこの仕事がなくなっても、新しい雇い人なんて簡単に見つけられるだろうけど、オレはハボックがいなきゃそりゃあ、困るわけで。
 何せ、ハボックと言うマネージャーが見つかるまで、何人の人間をクビにしたのか分からないくらいだ。
 ハボックほど、マネージャーの仕事が出来るやつなんて、オレは他に一人しか知らない。
 
 
 もう一人は、ハボックの彼女で――――――今日、共演したロイ・マスタングのマネージャーだ。
 
 
 …………こんなところでも、あいつと繋がりがあるんだ。
 
 
 嫌になる――。
 
 
 そんなことを口にすれば、ハボックは、何自分の気持ちを偽っているんですか、と言うだろう。
 ――――――それが否定できることだったら良いんだけどな。
 
 
 
 できねえんだよ。
 
 
 
 できるんなら、苦労はしない。
 
 
 
 
 
 この気持ちに気付いたのは、結構前だ。
 ロイ・マスタングより年下のオレは、デビューも彼女の後で。
 彼女は知らない。
 ずっと、彼女がデビューしたての頃から、コンサートに行っていたなんて。
 彼女と初めて共演した時、オレは緊張でがちがちに固まってて、でも、それが周りには分からなくて、ふてぶてしくしか見えていなかっただろう。
 彼女はそんなオレを見て、眉をしかめて、それを見たオレは嫌われてしまったと、落ち込んでしまったことを彼女は知らない。
 そんなことがあって、始めてオレは彼女が好きなんだと気付いて、誰にも分からないように、毎回花束を匿名で送っている。それがオレだなんて、知らない。
 
 
 もう、最近ではそれでいいと思い始めた。
 気持ちが通じないのは辛いけれど、嫌われてるのを無理やり好きにさせることは出来ない。
 それに。
 嫌われてれば、そう言う意味で意識してもらえてるんだから、それはそれでいいと思い出した。
 
 
 
 
 
 それが、今のままでも、それでも共演できるなら……彼女と一緒の舞台に……二人だけで立てるのであれば――――――

– END –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子