破滅と救済 2
エドワードがロイ王女の護衛に付いてから数年後。
その間、ロイの置かれた状況を、エドワードは理解できるようになっていた。
あまりにも、王女として扱われていないのではないだろうか、そんな風に思ってしまうほど、ロイの周りに見方はいなかった。
エドワードが来るまで、どんな生活を送っていたのだろうと、恐ろしいことを考えてしまいそうで、慌てて考えをよそにやることも多かった。
そんなことが続いたある年。
その年、隣国がアメストリス王国に攻めて来た。
当初、アメストリスが軍事力で勝っているため、すぐに決着が付くと思われていた。
しかし、その予想を裏切り、アメストリスは苦戦を強いられ、そしてだんだんと押され、被害が国の中心まで迫ってきていた。
そして、後数日で王宮のある街のすぐ側まで迫ってくるだろうと思われたある日。
その話はエドワードの耳に入った。
「ロイ様!!!」
エドワードはいつになく慌てた様子で、主の部屋へと飛び込んだ。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
そんなエドワードを、いつもと変わらない様子でロイは迎えた。
隣国が攻めて来たという報告をしたときも、変わらなかった。
まるで、どうなるか分かっているような様子のロイに、それでも王女だから落ち着いていなければいけないのだと、そう思っていたエドワードだ。
しかし、その考えはもしかしたら間違っていたのではないのかと、今回の話を聞いたとき、エドワードは思った。
「話を、聞きました」
「話……?ああ、あれのことか」
一瞬、ロイはエドワードが何のことを言っているか分からなかった。
けれど、自分の置かれた状況を考えれば、すぐに出て来る。
――――――
「なんで……そんなにあっさり」
ロイの言葉に、エドワードは目を見張った。
それに、何を今更と、ロイは言う。
「昔から分かっていたことだ……。これが、私の使命だからな」
「使命って……」
どういうことですか、とエドワードが続けると、ロイはさらりと言った。
「私が生まれた理由だよ」
「…………???」
エドワードが、ロイの言葉にクエッションマークを飛ばしていると、ロイは微かに笑った。
そして、ロイの持っていることを話し出した。
「この国に、二つの言い伝えがあるのは知っているだろう?」
と言うロイの質問に、エドワードは頷いた。
「はい」
「私のこの国の扱いは、そのうちの一つがあるからというのも理解しているんだろう?」
「はい、もちろんです」
それが今まで不思議でした。
もう一つの言い伝えを考えると、ありえないことだと思っています。
そう言ったエドワードに、ロイは苦笑して、その理由を教えた。
「あれは……どちらも本当のことだからだ」
「……どういうことです?」
「あの二つは一見、正反対のことを言ってるから、矛盾しているようにに思える」
けれど、あの二つは表裏一体。
どちらかだけでは成り立たないんだ。
私のような王女が生まれれば『此の国を闇が飲み込む』し、その『闇から此の国を救う』のも、その王女なんだ。
「――――――」
ロイの話に、エドワードは沈黙した。
「その救い方が――」
「婚姻と言う名の――人質、ですか?」
王国間の問題解決など、それしかないだろうと、そう思ってエドワードは言うと、ロイはしかし首を振った。
「いや、そうじゃない。――他国へは嫁がせないよ」
他国にこの国の王族の血を混ぜることで、後々問題が起こるからな。
そう言うロイの言葉に、エドワードはなんとなくその理由が分かった。
おそらく、その血筋を利用して、この国の王にしょようと画策するかもしれないと、考えているからだろう。
それは分かった。
しかし、それではどうやって、この国を救うのだろう。
そうエドワードは問えば、ロイは表情を変えずに、さらりとエドワードが絶句することを言った。
「神に嫁ぐんだよ」
「――そん、な……」
一言のロイの言葉を理解できないエドワードではない。
良く考えれば、それ以外はないだろうと考え付くことも出来る。
エドワードが聞いたのは『ロイ王女が結婚する』と言うことしか聞いていなかったからだ。
だからエドワードは、ロイが隣国に嫁ぐのだと思ったのだ。
それが違うとなれば、考えられるのは一つしかない。
しかし――
「なぜ、そんなことを……?」
問うても、仕方がないことだとは分かっていたが、それでも問わずにはいられない。
「さあ、なぜだろうな」
知らない、と、ロイの言葉にエドワードは何もいえない。
「ただ、昔から、この方法で解決されてきたからな、疑問に思ったこともないよ」
戦争も、飢饉も。
この方法で、解決が図られ、そしてこの国はそれで救われてきた。
何度も、何度も。
その方法を疑問に思うこともないほどに、成功してきた方法は、王族の『普通』になっていた。
「――それで、ロイ様はいいのですか?」
物は言い様。
よく言えば神に嫁ぐ、悪く言えば――。
「昔から知っていたことだからな。そうなるものだと、私はずっと思っていた」
だから、良いも、悪いもないよ。
それが――――私の『運命』だから。
「そんな……」
ロイの言葉は、エドワードにとっては、ショック以外何物でもなかった。
ただ、主が『生贄』になるだけではない。
主が自分の前からいなくなってしまう。
それは、エドワード自身がロイのそばにいれないと言うことでもある。
どんなに努力をしようとも。
どんなに、ロイを思おうと――――――。
「私は……ロイ様をそんなことで失いたくありません」
「…………エドワード?」
エドワードの言葉に、ロイは驚いたような声を出した。
それに、エドワードははっとして、慌てた。
「あ、いや…………」
今のは聞かなかったことにしてください。
自分の言ったことが、失言だと、エドワードは言う。
エドワードと、ロイの身分の差を、エドワードは忘れたわけではないのだ。
それを聞いたロイは、不思議な表情をして、それでも「分かった」とだけ言った。
一人にしてくれ、と言うロイの言葉に従って、エドワードはロイの部屋を辞した。
部屋から出て行くように言われたとき、エドワードは自分の失言に落ち込んでしまった。
「なんてことを言ったんだ……?」
この国には国教がある。
王族は、その信仰する神に、一番に仕えているものだ。
それを、否定していると思われかねないことを言ったのだ。
そんな言葉を言ったエドワードを、ロイはどう思っただろう。
不敬罪、と思われても仕方がない。
嫌われてしまったかもしれない、そんな考えがエドワードの中でぐるぐる回っていた。
「何を私は願っているんだ……?」
一人、部屋にいるロイは、そんなことを呟いた。
自分の、心に途惑いながら――。
– CONTINUE –