破滅と救済 3
「今日でエドワードともお別れだな」
「――――――はい」
ついに来てしまったと、エドワードは思った。
とうとう、ロイと別れなければいけない時が……。
「今までご苦労だったな」
かすかに笑って、ロイは言う。
「いえ、……ロイ様に仕えることができて幸せでした」
本当は、こんな言葉を言いたくはありませんでした。
そう言いたかったけれど、さすがにその言葉は飲み込んだ。
けれど、表情には出ていたのかもしれない。
そんなエドワードに、ロイは困ったような表情をした。
それを見て、エドワードはしまったと思ってしまう。
こんな時まで、そんなことの繰り返しで、ロイも、エドワードも、内心いらだっていた。
それを相手には知られたくないため、隠すのに必死だったが――。
こんなところは、似ている二人だ。
――――それを、気付くことはないけれど。
こんなことで、大切な、最後の時間を無駄にするのはどちらも嫌だったから、気を取り直して、ロイの方から言った。
「最後だからな。お茶に付き合ってくれるだろう?」
「はい」
最後、と言う言葉に、心がちくりと痛んだけれど、ロイのことを考えるとそれは表に出せないし、表に出さなかった。
ただ、ロイの望みを叶えるしか、エドワードに出来ることはなかった。
嫌に晴れた穏やかな中、ロイの部屋のベランダで、最後のお茶会をロイとエドワードはした。
城の近くにまで隣国の軍隊が攻めてきていることも、城の中では王女の神のもとへの輿入れの準備が進んでいることも。
今は考えなくてもよかった。
既に、二人の今後は決まっていたのだから。
ただ、それが最終決定かと言うと、それは誰にも分からないけれど。
それは神のみが知っていたのかもしれない。
◇◆◇
真夜中。
「エルリック様!!」
どんどんと、部屋の扉を大きな音で叩かれ、エドワードは飛び起きた。
「どうした!!」
慌てて、廊下に出てみると、そこには護衛兵の少年が顔を赤くして立っていた。
「どうしたんだ」
その慌てように、何かいやな感じを受けながらも、もう一度問う。
護衛兵は、はあはあと息を切らしながら、それでも何とか言葉を漏らした。
「敵国の兵が、この王宮へ向かっています……」
「なんだと……」
「……王族の皆様は脱出の準備を始められています。エルリック様も、お急ぎ下さい――!!」
そう言うと、護衛兵は廊下を走っていった。
「……どういうことだ……?まだ、時間があったはずだろう?」
前線からの情報では、まだ城下に入るのは先だったはず――――――。
そこまで考えて、エドワードははっと、気付いた。
自分の主――ロイのことを思い出したからだ。
王族は皆、脱出の準備に取り掛かっていると言っていた。
護衛兵が連絡に走っていた時間を考えると、既に脱出しているかもしれない。
しかし、ロイは……?
実の家族からも、よく言われていない、今日にも生贄として、神の元へ行くことになっていたロイは、脱出したのだろうか。
いや、何より、
隣国の兵が迫っていると、知らされたのだろうか?
恐らくは、と考えて、エドワードは急いでロイの部屋へと向かった。
ただただ、ロイの無事を願いながら――――――。
「ロイ様!!」
ロイの部屋の扉を叩くと、城内の騒々しさに気付いていたのだろう、ロイは着替えた姿ですぐに出てきた。
「エドワード……」
すると、ほっとした表情をロイは見せ、エドワードはロイが無事であったことに安心した。
しかし、それもすぐに急いた表情になる。
「ロイ様、お急ぎ下さい!!城に敵国の兵が迫ってきています!!」
エドワードが叫ぶように言えば、ロイは目を丸くしたが、すぐにふっと笑って首を振った。
それを、エドワードは驚いたふうに見た。
「…………」
「私はここへ残るよ……。城を脱出しても、どこにも行くところがないし、何より――――――」
私は、この国に闇をもたらしたものだ。
そして、闇からこの国を救うことが出来るのも、私だけだ。
私が出来ることは、これしかないのだよ。
「そんなこと……」
「だから、私はここに残る。でもエドワード、君が私の運命に付き合うことはない。ここから早く脱出しなさい」
「…………」
ロイの言葉を、エドワードは呆然と聞いていた。
その心は、なぜそこまでするのかと、疑問でいっぱいだった。
それでも、自分のしたいことは決まっている。
ただ、ロイを守りたい、エドワードの中はそれだけだった。
「それは聞けません」
「なっ!!!」
エドワードの言葉に、ロイはあっけに取られた表情をした。
だがすぐに、真剣な表情で言う。
「エドワード、君はもう、私の護衛の任は解かれているんだ。だから――――」
「任務だからではありません!!」
ロイの言葉を遮って、エドワードは叫んだ。
少しでも、自分の気持ちがロイに届くように。
こうなった今、既に自分と、ロイの立場の差なんて、考えてもいなかった。
「私はロイ様を守りたい。ただ、それだけなんです。ロイ様が、王女だからではありません。ロイ様が、ロイ様であるから……」
「エドワード……?」
エドワードの言葉に、ロイはぼんやりと見上げる。
何を言われたのか、理解できないでいるのだ。
それが分かって、エドワードはロイを始めて抱きしめた。
なぜそうしたのか、はっきりとした理由がエドワードの中にあったわけではない。
そうしなければいけないような気がしたが、ただ、自分がそうしたかっただけなのかもしれない。
しっかりと抱きしめられたロイが、嫌がっていないと言うことだけ、今のエドワードには分かった。
どれだけそうしていただろう。
城の中は、静まり返っていて、ただ外から敵国の兵が攻めて来る音だけがエドワードたちの耳には届いていた。
今から逃げたとしても、もう間に合わない。
城を出たところで見つかって、すぐに捕らえられてしまうのがオチだ。
だから、逃げるつもりは二人にはなかった。
逃げようと、逃げまいと、王族であるロイのその後は分かりきったことだったからだ。
「エドワード……」
「はい」
抱きしめられた腕に縋りついたまま、ロイはそう呼んだ。
「…………ずっと、一緒にいてくれるのか?」
「はい、ずっと側にいます……たとえ、引き離されたとしても――――」
心は、貴女のそばに、ずっと…………。
「約束……してくれるのか?」
たどたどしく、ロイが尋ねれば、エドワードはロイの頬を両手で包み込んで言い切った。
「はい、必ず約束は守ります」
ですから、安心してください。
その言葉に、ロイはほっとした表情を見せた。
ここまで言われたことは恐らく、ロイにとって初めてのことだろう。
そんな、少し涙を浮かべたロイの唇に、エドワードは自身の唇を、触れさせた――――――。
– CONTINUE –