破滅と救済 4

 エドワードとロイが唇を離した時、廊下の向こうから複数の思い足音が響いてきた。
 それを耳に入れるとロイはエドワードから体を離し、そちらの方を顔を上げて見、エドワードはロイの後ろへ一歩、下がった。
 剣は持たない。
 そんなことをしても無駄だと分かっているから。
 ただ、すぐに主の前に身を出せるよう、気を張っておく。
 
 
 
 足音が近付き、その主たちの姿が目の前に迫っても、うろたえることも、取り乱すこともしない二人に、隣国の兵士たちはさすがだと思った。
 さすが、王族だ、と。
 しかし、既に他の王族は城から、この国から逃れている。
 なのになぜ、この二人は残っているのだろうと言う疑問は持っていた。
 持ってはいたがしかし、それを問うことは自分たちの仕事ではない。
 ただ、自分たちは、この城に残っているものがいないか探すこと、探して自分たちの王の下へと連れて行くこと、それだけだ。
 
 
 
 ロイとエドワードは、引き離されることもなく、隣国の王の前へと連れて行かれた。
 それには二人ともほっとした。
 いくら覚悟したとはいえ、まだ側にいたいのだ。
 
 
 
 
 
 
 ロイたちの前に現れた隣国の王は――――――若かった。
 それどころか、一見優しげで、こんな王がなぜ、アメストリスを攻め入ったのか、分からなかった。
 領土問題などはなかったはずだ、とロイは思う。
 
 
 もともと、なぜ攻めてこられたのか、ロイは知らなかった。
 知らせられることはなかったし、ロイも疑問には思っても、知る手立てはなかった。
 それはエドワードも同じで。
 ロイの護衛騎士となってからは、エドワードは個人的なことに制限が課せられた。
 
 
 ――――書物を読む、と言うことに特化して。
 
 
 ロイも、昔からそうだった。
 王として、必要なこと――帝王学、政治、経済、……そして外交。
 ロイが王となることはないと、初めから決められていたかのように、読むことを禁じられていた――――妹は学んでいると言うのに。
 そして、エドワードを通して伝えられることすら、させまいとしたのだろう。
 そんなことがあり、ロイも、エドワードも、世界情勢に疎くなっていた。
 
 
 
 だから知らなかったのだ。
 どのようなことが、隣国との間に何があったかなど――――――。
 
 
 
「なぜ、と言う顔をしていますね」
「…………」
 外見と同じく若い、少し高い声で隣国の王は言った。
 その表情は穏やかで、ロイが答えなくともそれは変わらなかった。
「……貴女が、ロイ・マスタング王女ですか?」
 そう、唐突に聞かれ、今まで表情を変えないようにしていたロイは、さすがに目を見張った。
 会うことは、初めてのはずで。
 しかも、ロイの肖像など出回っていないのにだ。
 そんな理由で答えられずにいると、少年王はあれ?と首をかしげた。
「違いました?」
 おかしいなあ、と呟く少年王に、ロイは自分の立場を思い出して答えた。
「いえ、あっています……」
 この場の雰囲気に途惑っていると、「やっぱり」と少年王はにっこり笑った。
 その表情に、ロイも、そしてエドワードもどういう王だと思った。
 隣国に攻め入って、そして征服して、なぜそんなに純粋に、綺麗に笑えるのだろうか。
 そんな風に、会話をしているわけではないけれど、同じように思っているロイと、エドワードに、少年王は言った。
「僕はアルフォンスと言います」
「アルフォンス王……」
「そうです」
 名前を呼ばれ、にっこりと嬉しそうに笑って、アルフォンス王は続けた。
「ロイ王女、貴女がこの国でどういう扱いを受けてきたか知っています。ですから、なぜ僕たちが攻めてきたのか知らないであろうことも、理解しています」
 ですからそれは後ほど、お話しましょう。
「その前に、貴女には僕たちの国へ来ていただきます…………捕虜、と言うことになってしまいますが……」
 まるで、申し訳ないといっているようなアルフォンス王の様子に、ロイは途惑った。
 捕虜になるならまだましだと思っていたからだ。
 その場で殺されても、何もいえないと思っていたのに…………。
「それは……構いませんが」
 と言うより、当たり前のことだと思うのですが。
 そう、途惑いながら言えば、アルフォンス王は眉を寄せた。
「そんなこと、僕は貴女に望んではいません」
 貴女はただの被害者なのに――――――。
 そう言ったアルフォンス王に、ロイは首をかしげた。
 被害者も、加害者もないだろうに、この場合。
 そうは思ったが、何も言わず、ただ指示に従った。
 変な王だと思ったが、エドワードと引き離されることはなかったから、それには感謝した。
 
 
 
 
 
 
「アルフォンス王は……何を考えていると思う?」
 隣国へと連れて来られたロイとエドワードは、捕虜とは思えない扱いを受けていた。
 着る物を与えられ、食事や、部屋まで与えられ、捕虜なのに何を望まれているのかと疑問に思う。
 それほど、役に立たないとロイ自身はじぶんをひょうしていたから……。
「分かりません。……分かりませんが、ロイ様に危害を加えようと言うことはないと思いますが……」
 それを聞いて、ロイはくすくすと笑う。
「それは……見れば分かるよ。アルフォンス王は、どうもそう言うことで嘘はつかないように見える」
 でもだからこそ、疑問に思う。
 ロイたちをこんな風に扱って、何の得があるというのだろう。
「王妃も、大臣も……この国の人間の考えることは分からない」
 城へと連れて来られ、その時に会ったアルフォンス王の王妃や、大臣たちの反応が、ロイたちをさらに途惑わせていた。
 盛大に迎え入れられ、ロイは王妃に着せ替え人形のごとく、服を着替えさせられた。
 ロイの護衛騎士のエドワードも、服を与えられた。
 それは決して騎士の身分の人間が着るような物ではなく、大変困ってしまったのだ。
 そんなことがあって、二人とも疲れてしまった。
 嫌な疲れ方ではなかったが…………。
 
 
「とりあえず、もうお休み下さい。いずれこれから分かることでしょうから」
「……そうだな」
 ロイの言葉を確認すると、エドワードはそれでは、と言って、部屋を後にしようとする。
「エドワード」
 それを遮って、ロイはエドワードを呼んだ。
「はい」
 なんですか、と近付いていけば、ロイはエドワードの腕を引いた。
「ロイ……」
 
 
 ちゅ
 
 
 全てを言う前に、エドワードはロイにキスされていた。
「…………ロイ様」
 じとっと睨むと、ロイはくすくすと笑っていた。
「いいじゃないか……いつまでこんな風に過ごせるか分からないんだから……」
 そう言ったロイに、エドワードははっとした。
 そして、ふっと力を抜くと「分かりました」と言って、ロイを抱きしめる。
 
 
 
 
 最悪のことは訪れないだろうけれど、もしかしたら、と言うこともあるんだ。
 いくら、アルフォンス王が、優しくしてくれていても…………いつ、手のひらを返されるか分からないのだ。

– CONTINUE –

2018年12月14日

Posted by 五嶋藤子