破滅と救済 5
ロイとエドワードが隣国へと連れてこられ、そして、アメストリス王国が滅んで数ヶ月。
その間、ロイたちは王宮の片隅で過ごしていた。
その扱いは、捕虜とはまったく思えない程、自由だった。自国にいた頃とは比べ物にならないほどに。
「本が沢山読めるからいいんだけどな」
「…………」
経済書を読みながら、ぽつりとロイは呟いた。
「そうは思わないか、エドワード?」
「……まあ、そうですけど……」
どこかずれた主の言葉に、エドワードはただ同意するしかない。
二人とも、本を読むのは好きだった。
ただ、アメストリスにいた頃は、読むことを禁じられたジャンルがあったため、好きなだけ、読めることはなかったのだ。
「それがここにいれば読めるんだからな……変な感じがする」
普通は、ここにいるからこそ読めないものだろうに……。
独り言を言いながらも、文字を目で追うロイは嬉しそうで、エドワードはほっとした。
ここに来る前と変わらぬ穏やかなロイ。
けれど、アメストリスにいては叶わなかったことが、ここでは叶って……知ることのなかった幸せを知ることが出来ている。
それを見ることが出来て、エドワードは嬉しかった。
例え、このままこの国で飼い殺しの運命しかなくても――――
アメストリスにおいてのロイの運命と、この国での運命。
もう、このままロイが外に出ることが出来なくても、同じ王族の命で生贄となってしまうことと比べれば、どれだけましだろう。
そこに、アルフォンス王のどんな意図が働いているか分からないが、それでも今の状況から考えれば、殺すことはないし、まして、王のきさきに、と言うこともないだろう。
ならばなぜ、と思わなくもないが、しかし、考えてもきっと分からないだろう。
アルフォンス王始め、他の人間にもいくら聞いても、理由だけは決して話さないのだから。
それならば、考えることは止めておこうとエドワードは思った。
ロイの側にいれるのであれば、ロイが死ななくていいのであれば、幸せならば、ロイにはこの不思議な状況を受け入れてもらおう。
そして、それに自分は付いていくだけだ。
そう、エドワードは考えをまとめた。
「エドワード、ここ、君はどう思う?」
ロイが読んでいた本の一部分を指して尋ねてくれば、エドワードはそこに目を向ける。
「ああ、これは――――――」
そして、その内容を確認して、自分の考えを述べていった。
そんな日々が、これから続いていく。
何か分からないものに、守られた日々が――――――。
◇◆◇
「王」
呼ばれ、アルフォンスは書類から顔を上げた。
「なんですか?」
目を向けた先には、側近中の側近がいた。
「ご指示の通り、すべて終了しました」
「そうですか……ご苦労様です。少し休んで結構ですよ」
「……はい」
そう言うと、アルフォンスも「僕も休憩です」と言って、手を休めた。
「――――何か言いたそうですね」
にっこり笑って、アルフォンスは側近に向かって言った。
「聞きたいことがあるなら、聞いてもいいですよ」
答えるかどうかは分かりませんけど。
そう言うアルフォンスに、そっとため息をついて、側近は口を開いた。
「では……。なぜ、彼らを城へ置いているのです?あれは捕虜に対する扱いではないでしょう?」
ロイたちに伝えたこととは微妙に違う言葉を言いながら、主に問うた。
それを聞き、アルフォンスはくすくすと笑った。
その表情は、ロイたちに見せた表情とは、まるで違っていた。
「いいえ、捕虜の扱いですよ……彼らにとってはね」
自覚なんて、ないでしょうが。あれが、僕の『彼らと言う捕虜』に対する扱いです。
謎かけのような言葉に側近は眉を寄せた。
「それは……」
「きっと、僕はロイ王女――今は『元』ですが――を飼い殺しにするのだと、そう思ってるでしょうね、あの騎士は」
「…………」
「そして、それ以上は、何もしないのではないかと、そう考えているんでしょう」
いや、恐らくそれ以上考えることが出来ないんでしょう。アメストリスでは、多種の書物を読むことが出来なかったそうですから。
ロイに聞いたことを言い、アルフォンスはくすくすと笑う。
「だから、確かに飼い殺しはしていますけど、僕が本当に飼い殺したいのはロイ王女ではないことが分からない――――――」
「王……」
「大丈夫、誰も近くにはいませんよ」
小さくアルフォンスの言葉を咎めた側近に、そう言ってアルフォンスは続けた。
「一生、知らずに飼い殺されるんですよ……エドワード兄さんは――――――」
そう、アルフォンスが飼い殺すのはロイじゃない。エドワードだ。
ロイだって、それなりの能力はあるだろう。
王族としての、王女としての意識が高かったから。
しかし、エドワードには敵わない。
「何せ、彼は僕の兄さんですから」
昔、この国には二人の王子がいた。
エドワードと、アルフォンス。
兄であるエドワードは、幼い頃からその能力を開花させ、将来、その力を使ってこの国を発展させるだろうと、誰もが考えていた。
しかしそんな時、事故が起きた。
国境付近でエドワードは行方不明となり、その生死がわからず、後に死んだものとされ、アルフォンスが皇太子となった。
そして、数年前即位し、今のこの国がある。
「まさか、騎士となって生きているとは思いませんでしたけど」
アルフォンス自身、エドワードは死んだと思っていた。
しかし、王位に着いて少し経った頃、偶然、エドワードが生きていることを知ってしまった。
記憶をなくして、アメストリスの王女付きの騎士として生きているよだが、いつ記憶が戻るか分からない。
でももし、戻ってしまったら?
そして、この国に戻ってきたら?
きっとその時は、国民はもろ手を挙げて喜ぶだろう。
そして、低い可能性ながら、王位にと、望むかもしれない。
そんなことになったら、王位に付いたからこそ手に入れたものが、離れていってしまうかもしれないのだ。
それだけは、アルフォンスには許すことが出来なかった。
「苦労して手に入れたものを、今更手放すことなんて出来ないんですよ」
だから、アメストリスに攻め入った。
元々、王の力が弱くなってきていた国だ。
簡単に滅ぼすことが出来た。
そしてエドワードを見つけることも簡単だった。
まさか、城に残っているとは思わなかったけれど。
ただ、ロイと残ってくれていたおかげで、『彼女を』この国へ連れて来たと思わせることに成功した。
そして今、エドワードを目の届く範囲に置く事が出来ている。
殺すつもりはなかった。
アルフォンスの王位を脅かさないのであれば、その必要はないと思っていたから。
だから城に置き、アメストリスで与えられなかった自由を与えた。
それに疑問は持つだろうけれど、それも時が風化させる。
そして、そんな自由を与えたアルフォンスに感謝し、反抗することなど考えもしないだろう。
元々アメストリスでも周りから流されてきた人たちだ。
それほど難しいことではない。
アルフォンスがそこまで言い終わったとき、側近はため息をついた。
「昔から、分かっていたとは思ってましたが、これほどとは思いませんでした――――――」
恐ろしい方です、貴方は。
その言葉にくすくす笑って、アルフォンスは言う。
「今更、ですね」
僕は、大切なものを離さない為になら、なんでもしますよ。
その声は、静かな部屋に響く。
それを知るのは側近だけで、決してロイたちの元には届かない。
恐らく、それは幸いなことなのだろう。
真実を必ず知らなければいけない、と、そんなことはないのだから。
届いてしまえば、待っているのは――――――
「もしものことがあれば、僕は兄弟の情など、捨てますよ」
– END –