3. 10:試験
ロイがオレを訪ねてきてから数日後、オレとロイ、そしてホークアイ中尉はセントラルへと向かう列車の中にいた。
すぐに行かなかったのは、こんなときにも来る激励と言う名の無駄な書類。
仕方なくそれを捌く間に、スカウトした国家錬金術師候補ロイ・マスタングの試験を行ってくれと言う旨を伝えれば、すぐにセントラルへ来るようにとの連絡が入った。
――――――大総統の名で。
すぐには向かえないと言えば、いつもの大笑いの後に理由を問われたため正直に答えれば、次の日に必ずセントラル行きの列車に乗るように言われた。
大総統の命令だから拒否することは出来ない。
まあ、書類を回してきた上官たちは大総統が何とかしてくれるのだろう。
そう思うことにして、書類を放ってセントラル行きの列車に乗った。
もちろん自分の立場上、コンパートメントだ。
ロイはコンパートメントなんて経験なさそうだったから驚くかと思ったけれど、まったく表情を変えずにオレの向かいに座った。
ちょっと……いや、大いに残念だ。
ロイの表情の変化が見られると思ったのに。
それからセントラルへ着くまでの間は会話を楽しんだ―――わけもなく。
オレと中尉は持ってきた仕事―――お偉いさんからのではなく、どうしても無視するわけにはいかない仕事をしていた。
そのために久しぶりにゆっくりすることも、ロイと会話をすることも出来ない。
そんな中でロイはと言えば、殆どの時間を外の景色を見ることで過ごしていた。
同じ景色が流れる中、何がそんなに面白いのだろう。
確かにセントラルの近くになれば都会らしい景色も見えてくるが、それまでは同じ景色しかない。
…………そう思っていたけれど、書類に目を落としているとたまに向かい側から視線を感じた。
もちろん向かいにはロイしかいない。
仕事を進めるなら中尉は横にいたほうが何かと便利なのでそうしている。
だからロイだけなんだけど………。
ふと、目を上げるとロイはさっきと同じように外を見ている。
気のせいかと思ってまた書類に目を落とす。
そして少し経ってから、また視線を感じる。
だけどすぐにそれはまたなくなる。
そんなことがセントラルへ着くまでに何度かあった。
一体なんなのかとも思うけれど、ロイ自身が何も言わないんじゃどうすることも出来ない。
数度会っただけだが、大体ロイの性質というか性格というか……そんなのが分かってきた気がする。
もちろん、なんとなくだが。
多分オレが今まで会った中で一、二を争うほど性格が掴みにくい人間だろう。
――――――もちろん、この中には大総統も入っているけれど。
そんなことを考えながら仕事をしていると、あっという間にセントラルへ着いた。
もちろんこれはオレの感覚でだから、何もすることがなかったロイは退屈だっただろうな………。
「大丈夫だったか?」
「はい?」
ホームへ降りるとすぐにロイにそう聞いたけれど、本人は訳が分からないというような表情をした。
「退屈だったろ?」
そう聞けばロイは無言で首を振った。
………マジで?
あんな長い時間ただ空を見上げていただけなのに、それで退屈じゃなかったと言う。
………やっぱ、わかんねえ。
「中佐」
「うん?」
「時間ですが………」
「あー、もうそんな時間か」
………どうでもいいことを考えていると、中尉の言葉に時計を見て気付いた。
そう言えば、お偉いさんのおかげで無駄な時間ばっかり食って、セントラルへ着くのがぎりぎりの時間の列車しか切符が取れなかったんだ。
それを思い出し、ロイを促してオレらは中央司令部へと向かった。
まったく忙しいことだ。
中央司令部に着いても、ロイは表情を変えなかった。
まあ、表情なんて初めからなかったんだが。
そんなロイをつれて試験の手続きを済ませた。
それは順調に進んだけど……ロイを見た人間はみな驚いていた。
そりゃあそうだろうな。
そんな時、前から見知った顔が近付いてきた。
「おや、エルリック中佐。お久しぶりです」
「久しぶり」
それは同じ国家錬金術師のアームストロング少佐で、相変わらずそのでかさに少々………。
「ホークアイ中尉もお久しぶりです」
「お久しぶりです」
中尉は上官に対する礼も忘れない。
そしてさらにオレの後ろに少佐は目を向けて………
「おや、こちらが国家錬金術師候補の方ですか?」
ロイを見てそう聞いてきた。
オレはそれに驚きながらもそれを表に出さずに言った。
「ああ、そうだ。………良く分かったな」
「中佐が国家錬金術師候補を連れてこれれるという話は聞いていましたから」
「……そうか」
まあ、ここは噂が流れるのが早いからな………。
そんなことを考えてた後ろで、ロイと少佐は挨拶を交わしていた。
アームストロング少佐は軍人の中でもいい部類に入るし、軍人らしからぬ人間だ。
その性格のせいで色々あって、オレより年上なのに未だ少佐の地位にいる―――国家錬金術師でもあるのに、だ。
「それではここからは彼女は会場まで私が案内します」
「…………はあ?」
すっとんきょんな声を出してしまった。
でもそれは仕方がないと思う。
少佐は国家錬金術師の試験の関係者じゃなかったと思うが………。
「今回は私が案内するように言われましたので」
少し困った顔をしながら、申し訳なさそうに少佐は言った。
「いや……分かった。じゃあ、頼む」
「分かっていますよ」
そう言って、オレは少佐のほうへロイの背を押した。
「じゃあ、オレらは行くから。実技は見に行くから、まあ、がんばんな」
「はい」
ロイの返事を確認して、オレと中尉はその場を離れた。
一応、中央でやらなければいけないこともある。
ロイの実技試験までには終わるだろうけれど、もしものことがあるかもしれない。
それでも対応できるよう、厄介ごとは早めに終わらせておくに限る。
「お久しぶりですね」
「…………」
「まさかあなただとは思っていませんでしたよ」
「………噂は流れていたはずです」
「そうですがね……。あれほど嫌がったあなたが、と思うと意外です。………ですが、エルリック中佐ならば大丈夫でしょう。あの方は――――――」
「少佐」
アームストロングの言葉を遮って、ロイは彼を見上げた。
それに気付いて、アームストロングは苦笑しつつ答えた。
「安心してください。中佐に言う気はありませんよ」
「――――――」
それに目礼で返し、ロイは歩き出したアームストロングに付いて行く。
それを見ていた人間は、誰もいなかった。
「中尉、そろそろ時間かな」
書類の束をまとめながら時計を確認すると、思ったよりも時間が経っていた。
「そのようですね」
「じゃあ、そろそろ行くか」
「はい、では私はこれを提出したらロビーで待っていますので」
国家錬金術師の実技試験は佐官以上と、その国家錬金術師候補の推薦人(まあ、これも佐官以上が殆どだ)しか見学することは出来ない。
もちろん、試験関係者は別だが。
だから中尉は見学することが出来ない。
「分かった。終わったらすぐに行く」
「はい」
書類を中尉に任せてオレは試験会場へ向かった。
会場に近付くにつれ、将軍職にある者たちが多くなる。
…………この、暇人どもめ。
人に書類を押し付けてくる人間を何人も見つけて、機嫌が急降下していった。
だが、あの「ロイ・マスタング」が試験を受けると言うのは相当興味を引くんだろう。
そりゃあそうだ。
下から順調に出世しているオレが推薦人なんだ。
これでロイが試験に合格して、手柄を立てればオレの評価も上がる。
そしていつかオレが自分の地位に取って代わられるんだと怯えているんだからな。
それを考えれば少し機嫌がよくなる。
オレが来たのを知って、上官たちは次々に含みを持たせた言葉をかけてきた。
オレはそれに愛想笑いを浮かべながらかわす。
まあ、含みを持たせない、オレをかってくれている上官もいなくはないが……それでも自分の昇進に利用しようとしている人間もいる。
そんな考えを持っていない上官なんて―――東方司令部の司令官くらいなものか?
…………あとは…大総統?
ぶちぶち考えながら、宛がわれた見学者席へと座った。
ここからは会場を見下ろすことができる。
角度の関係上、ロイの表情ははっきり確認出来るかどうか分からないが。
そしてようやく時間になったとき、入り口が少し騒がしくなった。
その場にいた全員が目を向けると、そこには大総統が入ってくるところで……周囲に動揺が走った。
ほんの少しだが。
まあ、お祭り騒ぎが大好きな大総統だ。考えられなかったことじゃない。
何にしても、異例の大総統の前でのロイ・マスタングの国家錬金術師資格の実技試験が始まったわけだ。
ロイの目の前にはにこにこと笑っている大総統。
それを見ながら表情の変化はなかったが、ロイは頭が痛くなってきた。
噂には聞いていた――――現大総統はお祭り好きだと。
だが、自分の試験までお祭りにされたくはない。
何を言っても仕方がないから、考えるにとどめておくけれど。
そんなことを思っていると、ようやく試験は始まった。
何か練成をするようにと言われ、ロイは少し考えた後に右手をあげ――――大総統に向けた。
――――――――――――
周囲を沈黙が包んだ。
パチン―――
そんな音を立てながらロイが指を弾くと、辺りがが焔に包まれた。
その途端、大総統の周りにいた人間が大総統を守ろうと動き、見学者席の人間が叫びながら立ち上がった。
「動くな!!!」
大総統が叫ぶと、全員がぴたりと動きを止める。
ロイだけが何でもないことのように大総統を見ていた。
それににっこりと笑って大総統は続けた。
「動くほうが危ないと言うことが分からんかね」
そう言って焔に目を向ける。
「これを見て美しいと思わんかね」
それを聞いたロイは、あげた手を下ろした。
すると、焔はすっと消えていく。
それに大総統は笑って、一言言って会場を後にした。
「合格だ」
オレはロイと中尉と共に中央司令部を後にした。
試験の後、周囲はあっけに取られていて、オレは誰にも嫌味を言われることもなく会場を後にすることが出来た。
そしてロイと共に中尉に合流してここにいる。
「ロイ、それ見せてくれるか?」
「はい?」
首をかしげたロイに、オレはロイの右手を指差した。
正確にはその手にはめられている手袋だ。
「どうぞ……」
ロイはそれをはずしてオレに渡す。
それを手に取ると、思ったよりがさがさとした手触り。
「これは何で出来ているんだ?」
考えたけれど思いつかなくて、ロイに尋ねる。
「発火布です」
「発火布………か」
考え付かなかったが、それを聞けば納得できる。
と言うことは、ロイは周りの酸素をコントロールしているのか。
何にしても、難しいことには変わりはない。
それを表情も変えずにやってのけたロイの実力に少し恐怖を覚える。
まさかそれほどの実力があるとは思わなかった。
だが、これは現実で。
今更のように、もしものことがあったら……と考えてしまう。
「で、これがロイの練成陣か」
「…………」
そこに描かれているのはサラマンダー………火トカゲ。
理にかなった、シンプルな陣だ。
ここまでのものを描くのに、どれほど勉強したのだろうか。
ロイの年齢を考えると、それがどれほどの努力を伴っているか……考えなくても分かる。
それに感心しながら、発火布をロイに返した。
「それにしても………」
受け取った発火布をしまっているロイを見下ろしながら言った。
「綺麗な陣だな、それ」
その言葉にロイは顔を上げ、オレを見た。
– CONTINUE –