4. 与えられた名

「ほい、これが国家錬金術師の拝命証と規約」
「………中佐、ちゃんと仕事をしてください」
 面倒くさそうに国家錬金術師に必要なものをロイに渡すエドワードに、側にいたホークアイ中尉が指摘する。
 それに対してエドワードは左手を振って分かったことを示すが、態度からは分かっているように見えない。
 渡されたロイといえば、二人のやり取りに我関せずの態度で受け取った拝命証を読んでいる。
 
 
『大総統、キング・ブラッドレイの名において、汝ロイ・マスタングに銘『焔』を授ける』
 
 
 未だに続いているやり取りを無視してロイはそう声に出して読んだ。
 それを聞いた部屋にいる人間は、エドワードを始めとしてみな黙った。
 そしてロイが言い終わった後、少し置いてエドワードが口を開く。
「『焔』それがロイに与えられた国家錬金術師としての名――――――背負うものだ」
「…………銘」
「そう。これからロイは国家錬金術師として、『ロイ・マスタング』の名前より『焔の錬金術師』としての名で呼ばれるだろうな」
「…………」
 エドワードの言葉にロイは黙った。
 それが何を示すのか、エドワードたちには分からなかった。
 それでも問いただせるような雰囲気でもなく黙っている。
 そんな彼らに気付くことなくロイは拝命証に目を落としていたが、不意に顔を上げるときっぱりとエドワードに向かって言い切った。
 
 
「背負ってみせましょう」
 
 
 私の選んだ道と共に。
 
 
 その、あまりにも堂々とした態度に、ホークアイ以下エドワードの部下はみな飲まれそうになった。
 が、エドワードだけはロイの視線と言葉を受け止め、ふっと笑った。
 
 
「ああ」
 
 
 たった一言だったけれど、それで全てロイには通じた。
 それにロイが頷いたのを確認すると、エドワードは引き出しからひとつの箱を取り出した。
 ある意味拝命証よりも大切なもの。
 これがなければ例え拝命証があったとしても何の役にも立たない。
 紙はいつか朽ち果てる。
 しかし、人の一生と共にあっても銀が朽ちることはない。
「もう一つ、国家錬金術師に与えられるもの………」
 渡された箱を開け、中をロイは確認した。
「懐中時計………」
 小さく呟かれた言葉に、エドワードは微かに笑った。
 それに気付いたロイが顔を上げると表情には出さずに、しかし何か言いたそうな色を載せた目でエドワードを見た。
「それは国家錬金術師に与えられる銀時計。それは『ロイが国家錬金術師である』と示すものだから……なくすなよ」
 にやりと笑ったエドワードにもロイは表情を変えなかったので、どう思っているかは分からない。
 しかしすぐに
「なくしません」
 そう言って、自身の上着のうちポケットに入れた。
 
 
 
 
 
「それで、これからロイはどうするんだ? 軍人になるのか?」
 国家錬金術師となれば軍属扱いになる。
 そのため軍人として働きながら国家資格を持つものも少なくはない。
 エドワードやアームストロング少佐がいい例だ。
 しかし研究費捻出のために国家資格を取る者も少なくはない。
 錬金術の研究は総じて金がかかるものだ。
 そのために、ひとたび戦争が起これば前線に向かわなければならない『軍の狗』となってでも、研究費のために資格を取ろうとするものは多い。
 ロイはどちらを選ぶのか。
 どちらかにならなければいけないが、そのどちらにもさせたくないと言うのがエドワードの部下全員の願いだ。
 ――――――そんなことは出来ないのだが。
 
 
「そのことについて、お願いがあります」
 
 
 その言葉に、部屋にいる全員が構えた。
 ロイに限って無茶は言わないだろうことは最近始まった付き合いであってもなんとなく分かる。
 これまでに無茶を言われたことはないし、何よりこちらが気を使わなければ頼ることもしないのだ。
 まだ十代半ばだと言うのに。
 そんなロイが『お願い』してきた。
 まだ内容を聞いてはいないが、何を言われるか少しだけエドワードは嬉しかった。
 『ロイに頼みごとをされる』ことに。
 しかし、次のロイの言葉にはすぐに反応を示すことが出来なかった。
 
 
「私は軍人にはなりません。ですが、研究を一箇所でするつもりはありません」
 
 
「旅をしながら研究をしたいのです」
 
 
「……………………」
「…………中佐?」
「あ、ああ…………」
「許可をいただけますか?」
「………理由を聞いていいか?」
 
 なぜ、旅をしながらなんだ?
 
 その言葉に、ロイは少し考えるそぶりをしてから答えた。
「深い理由はありません。ただ、一箇所に留まって、そこですべてを終わらせたくはないんです。私はもっと知らないことを知りたい。文献からではなく、人から聞いたことではなく、自分の目で見て、自分で理解したいのです」
 その言葉にエドワードはロイの錬金術の力の強さの理由の一端を見た気がした。
 エドワードも文献だけで全てを理解することは出来ないと考えている。
 一箇所に留まっていても。
 ただそれを、十代の女の子が言ったことに驚いた。
 エドワード自身は彼女くらいの時に、こんなことを言えただろうか。
 父親の文献を読むのに夢中で、他の事に目を向けていなかったのではないだろうか。
「……………………分かった」
「ありがとうございます」
「ただし――――――」
「はい……?」
「報告書を定期的に出してくれ。それが条件だ」
「…………分かりました」
「手渡しだぞ」
「はい」
 それを聞いてやっとエドワードは力を抜いた。
 ――――――ロイはまったく変わらないけれど。
 
 それを見ていたホークアイたちは、ロイが軍人になると言わなかったことにほっとしていた。
 戦争が起これば仕方がないとは言え、今は少しでも軍とは―――権力とは遠いところにいて欲しい。
 それが無理なこととはいえ、表面上は叶った。
 そのことが気持ちを少し軽くする。
 
 
「うんじゃ、これでこの話は終わりだ」
 ガラッと雰囲気を変えてエドワードはにっこり笑った。
 ……一応、女性事務官が騒ぐほどの実質の東方司令部司令官の笑みにしかし、ロイは表情を変えずに―――というかまったく何も思わずにこっくりと頷いた。
 それにエドワードも何も思わず、しかし別のことを思って言った。
 
 
「ロイ、今日夕飯一緒に食べに行かないか?」
 
 
 その言葉に、ロイが反応するよりも先にハボック少尉が反応した。
「少佐ー。何女の子ナンパしてるんッスかー」
「ナンパって………」
「それを言う前に仕事をしてください」
 エドワードはぐっと詰まった。
 ナンパの意識がなかったわけではなさそうだ。
 ホークアイに言われたことには落ち込んだが。
 ただ、それもロイにはまったく通じていない………。
 周りは上官の冷やかしに余念がないにもかかわらず。
 
 
「構いませんが………」
 
 
 その言葉にハボックたちは目を丸くして固まり、エドワードも一瞬動きを止めた。
 だがすぐにエドワードは反応した。
 その点はさすがと言うところだろう。
「それじゃあ、資料室に行っててくれ。仕事が終わったら迎えに行く」
「はい」
 資料室の場所を教えて、一般軍人が入れないところの鍵も渡す。
 それを受け取ったロイはすぐに部屋を出て行った。
 
 
 その後、エドワードがどういう状況になったのか………ロイは知らない。

– CONTINUE –

2019年4月14日

Posted by 五嶋藤子