9. 42:リスク
「全員持ち場に着いて待機。合図と同時に突入できるようにしておけ」
エドワードの言葉によってもたらされたこの場の雰囲気に、ああ、この人は軍人だと、ロイは改めて思った。
テロリストのアジトと確認された建物――――――相場通りの廃屋の周りにこの作戦に参加する軍人が所定の位置に着く。
ロイもその中におり、ホークアイ中尉と同じ場所にいるよう、エドワードから言われていた。
エドワードは別の場所でハボック少尉が付いている。
ロイがホークアイと共にいるように言われたのは、この場の指示をロイに任されたから―――ではなく。
『国家錬金術師』としてホークアイらをサポートするように、とのことだった。
いくら地位的に見てロイは『少佐』相当の地位を持っているとはいえ、現場を知らない人間が指示を出すことが出来るはずもない。
もっとも、もしもの時にはホークアイに代わって指示を出すことも可、とは言われていたが。
「そろそろ時間ね」
ホークアイの言葉に、周りに待機していたものたちに更なる緊張が走った。
そんな中、ロイは表情も雰囲気も何も変わらなかった。
周りはそれに対して妙な感じを持ちながらも、焔の錬金術師が現場に出ると言うことに好奇心を少なからず持っていた。
そしてそれをホークアイは複雑そうに見ている。
当初から、ホークアイを始めエドワードの側近たちはロイがこの作戦に加わることに反対していた。
それは今も変わらない。
だが、上司であるエドワードに異を唱えることは出来ても――――――ただ、それだけだ。
それ以上、何かできるわけでもない。
エドワードは中佐で、参加することに異を唱えなかったロイは少佐相当位。
尉官以下の自分たちには何も出来ないのだ。
「始まったみたいですよ」
考え込んでしまっていたホークアイに、ロイのぽつりと呟いた言葉が聞こえたとほぼ同時に、決められていた合図が上がった。
――――――それなりの規模の爆発が。
それを耳に入れ、ホークアイたちは一瞬目を見開くも、すぐに行動に移る。
そのため、ロイがなぜ合図が上がる前にそのことが分かったのかを確認する暇はなかった。
「な、なんだ!!」
「くそう、軍の狗か!!」
「…………」
あまりにも平凡な叫びにうんざりしながら、テロリストたちが武器を構える前にロイはその場に沈めていった。
――――――錬金術を使わずに。
先日の列車ジャック事件のときも同じようなことをロイはしていたが、その様子を初めて見たホークアイたちは声に出さないまでも、その鮮やかさに目を奪われそうになった。
突入後、一瞬ロイの行方を見失ったホークアイだが、テロリストたちがご丁寧に集団で姿を現した瞬間、その横からロイが姿をあらわしたのを見ると、銃を撃とうとした部下たちを止めることしか出来なかった。
その間にロイが目の前にいたすべてのテロリストを容赦なく攻撃する。
しかも、素手で。
武器を一切使わずにやってのけたその腕を初めて見たホークアイは、ただ「強い」と、思うことしか出来なかった。
一体この年齢で、どうしたらこれほど強くなれるのか。
疑問に思うことはあるが、今はそれに気を取られていることはできない。
数人の部下に捕らえたテロリストたちを任せると、建物内に入って行く。
目標はテロリストたちの中心人物。
事前に予測したこのテロリスト集団のトップがいるであろう部屋。
そこにエドワードとホークアイの率いる両部隊が向かう。
その他の部隊は他のテロリストたちが逃げ出さないように建物をぐるりと囲っていたり、建物内に散らばっているテロリストを捕らえるために行動している部隊もある。
そのため、ホークアイたちがやるべきことはただ、迅速に任務を遂行するだけだ。
進んでいけば自然、テロリストの数は多くなる。
しかし、その数は予想したものよりも多かった。
それほどこのテロリスト集団の規模は大きいということになる。
ホークアイは歯噛みした。
ここまで放っておかなければいけなかった理由―――上司の受けのよさ―――にさすがにここまで来ると愚痴の一つも言いたくなる。
こんなところで言うわけにも、ましてロイの前で―――そのことを薄々は気付いていても、はっきりとは知らないだろうから―――言うこともしたくないが。
愛銃を使いながら、そんなことをホークアイは考えていた。
「よく、これだけいますね」
テロリストたちを相手にしながらそんな風にロイは言った。
「そうね………」
この状況は初めてだろうに、飽くまで落ち着いているロイに感心しながら同じように敵を倒していく。
他の人間から見ればどちらも会話をしながらやるべきことはやっている二人に、ただ感心するしかないのだが………。
「そろそろかしら」
どうやら目的地の近くまで来ていたようで、リザの言葉にロイは辺りを見回して司令部で確認した内部資料を思い出す。
「………中佐たちはまだみたいですね」
ちょうど合流地点であったため、エドワードたちの部隊がいないか、もしくは既に通り過ぎてはいないかを確認したが、そのどちらも確認できなかった。
どうやらまだ到着してはいないようだ。
「手間取っているのかしら」
ホークアイやロイも、エドワードたちのほうが早く到着すると思っていた。
なにせ、彼は『鋼の錬金術師』なのだから。
だが、錬金術を一切使わずにここまで来た『焔の錬金術師』のいる部隊の方が早く着いてしまっていたらしい。
ここで、待つべきか待たずにそのまま進んでトップまで捕らえるべきか―――。
この場合のことを決めてはいなかったから、そのまま進んでも問題ないはずだが、エドワードがいないのはいくらロイがいるとしても少々不安がある。
エドワードも、恐らく自分たちの方が早く到着すると踏んでいただろう、そのことに言及しなかったのだから。
ならば待つべきではあるが………この状況をテロリストたちのトップや他のテロリストたちに見つかっても厄介だ。
そのため、これからどうするかの判断をホークアイがしようとしたときだった。
「中尉!!!!!」
少し離れたところで辺りの様子を伺っていたロイが声を―――叫び声を上げたのと、ホークアイがそれに気付いたのは同時だった。
そして、既に遅いと気付いたのも――――――。
ホークアイがはっとして天井を見上げると、廃墟とは言ったもののテロリストが潜む建物だから、それなりに頑丈に出来ていた天井がしかし簡単に崩れてきた。
錬金術師ではないホークアイには分からなかったことだが、実は天井には練成陣が仕込まれていた―――それもオートの。
そう簡単には出来ることではないが、それなりに腕のいい錬金術師がテロリスト集団内にいたのであろう。関係ない人間がその場に来れば、一定時間後、天井が崩れるようになっていた。
それがロイが気付いたときには既に発動していて。
ホークアイを含め、その場にいた数人を今飲み込もうとしていた――――――。
「中尉!!」
再びロイが叫び、ホークアイたちに向かって走りよってきた。
しかし、ロイが庇おうとしても間に合わず、また錬金術を使おうとしても、既に練成陣を描く時間すらない。
そして、ホークアイたち崩れ落ちる天井の下にいた者たち―――ロイ以外全員―――は無駄とは分かっていても、頭を庇ってうずくまるしかない。
――――――パン!!!!
そんな中、澄んだ音が辺りに響いき、同時に青白い光が辺りを包み込んだ。
――――――――――――
「えっ!?」
自分たちは瓦礫の下敷きになるのだと思ったにしては時間がかかりすぎる、そうホークアイが気付いて上を見上げるとそこには土で出来ているであろう天井―――及び壁が自分たちの周りを覆っていた。
そして周りには崩れた天井の破片らしきものは落ちていない。
恐らく、これが自分たちを落ちてきた天井から守ったのだろう。
そして、これをやってのけたのは――――――。
「大丈夫ですか?」
辺りが静かになった後、サーっと音を立てて崩れた土の壁や天井の向こう側からロイが駆け寄ってきた。
その顔は少し赤くなっていて、それだけ焦っていたことが分かる。
ロイにとっては珍しいその状況だが、さすがにそこを指摘することは出来ない。ロイの表情を見て、改めて自身の置かれていた状況に冷や汗が出る。
ホークアイが辺りを見渡せば、他の軍人たちはその場にうずくまったままだった。
さすがに、ここまで来るだけあって腰を抜かす人間はいなかったが。
「ええ、大丈夫。ありがとう……助かったわ」
目の前に来たロイに微かに笑ってホークアイは答えた。
その時、ロイたちがたどってきたのとは別の道から微かな足音が聞こえてきた。
その数は複数で、ロイたちがその方向を見ると、先頭に金色が――――――エドワードがいた。
その姿を見つけ、ホークアイはほっとして敬礼した。
その間にうずくまっていた軍人たちも立ち上がったが、それにエドワードは目を留めた。
「何があった」
何かがあったのかは決定事項として、その『何か』を聞いてきた。
それに答えず、ロイはただ上を指差した。
それを追ってエドワードたちが上を見ると、そこはぽっかりと天井のない空間。
再びエドワードがロイに視線を戻すと、ロイはいつもの表情で
「練成陣が仕込まれていたようです」
何とか、間に合いましたけれど。どうやら、錬金術師がいるみたいです。
あっさり言ってのけたロイに、頭痛を感じた。
一見して、かなり命の危険性があったように見えるのだが……。
何とか間に合った、とロイが言ったということは錬金術を使ったということで。
他の……ホークアイたちはロイに守られたことになる。
それは本当にかなりやばい状況に陥ったのだと理解できる―――まあ、天井が落ちてくればやばいんだが。
そしてそれは錬金術師の仕業らしい。
しかし、自分たちが捕らえた中に錬金術師はいなかった。
そして、ロイの言葉からロイたちの捕らえた中にも錬金術師はいなかったようだ。
と言うことは、このテロリスト集団の中でも上の人間が錬金術を使うと考えて間違いない。
そのことにため息をつきながらも意識は進む道を見ていた。
「まあ、それは何とかなるだろう」
オレもロイもいるし。
そう言うと、全員が立ち直っているのを確認し、指示を出す。
軍の人間と繋がったテロリスト集団を掃討するために。
部下を危険に陥らせてくれた人間全てに、それ相応の報復をするために。
– CONTINUE –