10. 49:雨季
しとしとしとしと………
窓を閉め切った室内にも微かに聞こえる雨音が、静かな部屋に響いている。
それを耳に入れながら、傍らのソファーに座っている珍しく機嫌の悪い部下をオレは見る。
その様子を見ると、こっそりとため息が出てしまう。
大規模なテロリストの掃討作戦を行ってから数ヶ月。
一度旅に出たロイがまた東方司令部に戻ってきたのはちょうど雨ばかり降る季節だった。
いつもどおりの調子だったけれど……唯一つだけ、違うことがあった。
ロイの……機嫌だ。
「ロイ………」
「なんですか?」
声をかけると、いつも以上に無表情で、感情のこもっていない声が返ってきた。
(こ、こえー)
本人は普段と変わらない調子で言っているつもりだろうけれど、ほかから見ると明らかに違う。
その理由はなんとなく分かるけれど、だからと言ってそれと決まったわけでもないし……。
「や、なんか気分悪いのかと思ってさ」
「…………」
思いついたことは少しぼかして、それでも大して変わらないように聞いてみたら、沈黙で返された。
ここ何年かの付き合いで、こういう時ってあんまり声をかけないほうがいいというのは分かる。
さすがに……その理由を面と向かって言うことはできないけれど。
そんなことを言ってしまえば、どんなことになるか……オレだけしか知らないかもしれないけれど、ホークアイ中尉より怖いことになるのかもしれない。
「――――――雨って嫌いなんです」
返事なんて返ってこないと思っていると、ぼそり、とロイは言い訳をした。
「………まあ、そうだな」
驚いたけれど、それを表に出すほど間抜けじゃない。
「確かに、ここまで雨が続くとなあ………」
カビが生えそうだ。
そう言えば、ロイは少し表情を柔らかくした。
それでも普段と変わらないくらいだろうけど。
「雨は嫌いです」
寒いし、外へ気軽に出歩けないし………
何より、もしものことがあったら困るので。
直接的な言葉では言わず、それでもロイは訳を言う。
そしてオレは前半部分には笑いながらも、後半部分に対しては内心考えてしまう。
確かに、ロイの錬金術は『焔』を扱う錬金術師だから水は天敵だ。
そんな時に何かに巻き込まれでもしたら、その場所が外だとしたら。
改めて考えて……ロイには雨の日だけは外に出てもらいたくないと思う。
いや、外に出るだけでなく……オレの目の届くところにいて欲しいと、そう、思う。
「………雨がなければ困ることは分かってはいるんですけどね」
私も、前は少し作物を作っていましたから。
読んでいた文献を口元にあて、上目遣いでオレを見ながらロイはさっきとは違う困ったような表情で続けた。
「…………まあ、そうだろうな」
雨が降らないと水不足にもなるし。
それにロイはただ、そうですね、と言ってまた文献に目を落とした。
ものすごい勢いで文献を読み始めたのを見ると、集中しているのが分かる。
それ以上は会話に付き合ってもらえそうにないと判断して、オレは目の前に積みあがったサイン待ちの書類に向き合う。
(………ああ、いやだな………)
口に出してもしこれが中尉にでも聞こえてしまえば額に穴が開くことを思いながらペンを走らせる。
はっきり言って、こんなことをするよりもロイと話をしていた方が何倍も楽しいし、ためになると思うんだけどなあ……。
まあ、今のロイじゃあ、付き合ってくれなさそうだけれど。
(けど………)
そこまで考えてしまうと、手は動いてはいるけれど、頭の中はそのことでいっぱいになってしまう。
ロイとの会話はオレの知識と、ロイが旅で得た知識との交換ややりあいで気付いたときにはいつも白熱してしまう。
もちろんオレの方が10以上年上で、経験したことも多いけれど、それをロイはすべて吸収してしまっている。
――――――いつか、オレを追い抜いてしまうのではないかと感じてしまうほど。
そんなことにならないよう、オレも日々努力はしているけれど、いつ抜かされるか、時間の問題にもなってきている。
(ああ、こんなこと今すぐ止めて、ロイと錬金術の話をしたい………)
あの時はよかった――――――と、前回の長い錬金術やロイの訪れた街のことを聞いた日のことを思い返していると、ふっとあることに引っかかった。
そして、その前、さらにその前の記憶に残っている会話を追って行きながらあることに気が付いた。
そんな日は、異様に雨の日が多いことに
もちろん、毎回雨な訳じゃないし、大雨が降っていてもロイは旅の途中でいないこともあったけれど、それでも異様に話が盛り上がったときというのは雨の日が多い気がする。
そしてそこまで思い出して、ついでのように毎年この時期になるとロイは必ずと言っていいほどイーストにいることを思い出した。
それはもう、クリスマスやニューイヤーのときよりも多いくらいだ。
ロイは一定期間旅に出ると、すぐイーストに戻ってくる。
けれど、だからと言ってその期間が毎回同じわけじゃない。
だからオレは……というかオレたちは突然のロイの訪問に驚いたりすることが間々あるのだ(たいていの場合、事前に連絡はあるけれど)。
ただ、そういえばいつもこの雨の時期にはいつロイは来るのだろうと思ったことがなかった。
情けない話、毎年この時期にロイはいたからその理由を考えることも、そのこと自体を把握することも忘れていた。
ロイがこの時期には必ずイーストにいる。
その理由がさっきロイが言ったことであるならば…………それを紛らわすためにオレと会話をしているのであれば。
今日はオレの仕事が山積みで、そのために話をするのを遠慮しているのなら。
オレと会話をすることが、気晴らしになっているとすれば――――――。
(……そんなに単純に考えていいのか?)
相手はロイだぞ?
なんせ、オレをこんな考えに陥らせてしまうやつだ。
弟辺りが聞けば驚きそうなことを考えて、オレはロイをちらりと見た。
……相変わらず、文献を読んでいるロイはさっきまでの機嫌の悪さはまったくなく、いつも通り速いスピードで読み進めていた。
もし、オレの考えが間違っていないのであれば、少しは頼ってくれていると考えていいのだろうか?
もし、それが間違いでないのであれば………オレが側にいてもいいのであれば。
– CONTINUE –