12. 32:身長差
ふと、見下ろした。
「あれ……?ロイって、実は背が高かった?」
「…………それほど低くはありませんが……」
「だよなあ……。オレの肩くらいはあるし」
急にオレに言われ、ロイは途惑いながらも答える。
それにしては、オレの次の言葉には眉をひそめたけれど。
「どうした?」
「いえ……まさか、それを今知ったのですか?」
ロイの不満げな言葉に、ははは……、と笑って誤魔化してみたけれど、ロイは誤魔化されてくれないんだよな……。
「中佐……一応、軍に保管されているデータには、そのあたりの事も書かれていると思うのですが……」
「いや~。仕方がないじゃん。そう言うところ、あんまり見てないし。こんな風に並んで歩いたこと、今までなかったんだし」
そう言って、オレは自分とロイを交互に指した。
「…………」
「いつも、ロイは一歩後ろを歩いていたからな」
「それは……仕方ないじゃないですか……。中佐は私の後見人であり――――」
上司なんですから。
ちくりと、少し痛いことを、少し膨れながらロイは言う。
それに思うことがあるけれど、まあ、仕方がないことなのだろう。
ロイはオレの気持ちを知らない。
知らせるつもりも、オレにはない。
それを改めて決心して、ロイの様子を伺えば、ロイは不思議そうにオレを見上げていた。
「中佐……?」
「あ、いや……。まあ、そうだな」
慌てて、ロイの言葉を肯定して、歩を進める。
向かうのはオレの執務室。
ロイに、資料室の文献を運ぶのを手伝ってもらっている途中だ。
まだ一緒にいたいけれど、それじゃあ、中尉の銃が火を噴く。
さすがにそれを、ロイには見せたくない。
そう思って歩を早くすれば、今の話の流れ上思うことがあったのか、ロイはいつもとは違うオレの横に並んで歩く。
それが、嬉しかった。
◇◆◇
「どうかなさいましたか、中佐……?」
自分の執務室で書類と格闘中、追加書類を大量に抱えて入ってきたホークアイ中尉が言った。
それに、オレは書類に落としていた視線を、中尉に向ける。
なぜ急にそんなことを言われたのかが理解できなかった。
もしかして、先ほど中尉が持って行った決裁済みの書類に不備でもあったのだろうか?
まったくないとは言い切れない自分に、内心苦笑しながら、中尉に聞き返す。
「何か間違ってたか?」
「いえ、書類の不備はありません」
ですが……
と、中尉にしては珍しく、口ごもる。
「どうした……?別に遠慮しなくてもいいぞ」
そう言って、言葉を促せば、少しためらった後、ためらうことでもないだろう言葉を中尉は言う。
「今日の中佐は、どこか嬉しそうで…………どこか、寂しそうです」
「…………」
「間違っていたらすみません。ですが――」
「いや、謝ることはねえけど」
言い募ろうとした中尉の言葉を遮って、オレはそう言う。
それに中尉は何かを感じたんだろう、言葉を続けようとはしなかった。
それをいいことに、オレは中尉が持ってきた書類をぱらぱらとめくった。
「この書類……いつまで?」
「明日までです」
「分かった」
そこまで言うと、それ以上話をそらすことの出来る言葉が思いつかなくなった。
そして、きっと中尉は誤魔化されてくれない。
さっきは言葉を押しとどめてくれたけれど、今はどうだろう。
幸い、今日締め切りの書類は殆どないし、明日までの書類も、定時までの残りの時間と、明日いっぱいをあわせればそれほど大変な量でもない。
その時を、逃すはずはないんだよ、中尉は。
それが分かったから、一旦オレは手を止め、中尉を見た。
それだけで分かったのだろう、中尉はため息を一つついた後、口を開いた。
「どうかされましたか?……なにか、気に障ることでも私は言ってしまいましたか?」
諦めが大半を占めた声音に、オレは苦笑しながら否定する。
「いや……ただ、図星だったからな……」
「…………ロイちゃん、ですね?」
「……断定か?」
「中佐がいつもと違う時は、必ずロイちゃんが何かしらの形で係った時です」
はっきりと言われてしまえば何も――否定も出来ない。
その通りだからだ。
オレは、その観察眼にただ、感心して、苦笑するしかない。
「…………そのロイに、オレは後見人であり、上司だから横に並んで歩いてなかったと言われたよ」
「それは……」
「でも、それを言った時は横に並んで歩いてくれてたけどな」
「……そうですか」
オレの言葉に、中尉はほっとした様子を隠さなかった。
それに苦笑しながら、そんなに心配なのかと思う。
「中佐は、ご自分のお気持ちを抑えすぎだと思われます」
「そうか?」
「はい」
そんなことを言われて、驚いた。
中尉が何を思ってそんなことを言うのか、まったく分からない。
そう思っているのが顔にでも出ていたのか、中尉はまたさらに続ける。
「それほど、抑えられる必要もないかと思います……。中佐の気持ちをロイちゃんが知っても、それほど悪い方向には行かないと思いますが……」
その言葉に、ぽりぽりと頬をかく。
中尉はそんなオレの言葉を待っているようで、何も言わない。
「そうだろうなあ……。でも、それだと……ロイの目的を妨げそうなんだよ」
「え?」
『ロイの目的』と聞いて、中尉は目を丸くした。
中尉がこれなら他の人間も同じだろう。ロイの言った『旅の目的』を、そのまま信じていたのだろう。
「旅の目的……とは?」
途惑った表情で言う中尉に、やはり、と確信した。
「知らない。……けど、ロイが旅をする理由は決して、ただ『知らないことを知りたい』と言う理由じゃない」
『知らないことを知りたい』と言うのは本当だろう。
ただ、それは科学者としての、ただの『興味がある』と言う範囲じゃない。
もっと、何か目的があるんだろう。
それを言うと、中尉は驚いたように、けれどどこか納得したような表情をした。
「大体、あのロイがそれだけの理由で行動するわけないだろう?」
「それも、そうですね……」
ここ数年で、ロイの性格をある程度理解していた中尉は、そんな風に言う。
そう。良く考えれば、ロイはそれほど単純な人間じゃない。
少なくとも、大総統までとは言わないが、それくらい、分かりにくい。
オレもよくそう言われるけれど、きっと、オレなんかよりよほど分かりにくい。
――――――恐らく殆どの人間は、そのことに気付いていないだろうけれど。
「それで……ロイちゃんの旅の目的とは何でしょうね?」
「そうだなあ…………。本当に、何なんだろうな」
考えても、そうそう分かることではないことは分かっている。
なにせ、今までずっと考えてきたことだからだ。
でも、それでもやっぱり知りたいんだよな。
「まあ、いつか話してくれるかもしれないと言うことを、思っているしかないだろ」
そう言って、納得しておくしかないんだ。今は。
それくらいの理由があるのだろうし。
「そうですね……」
それで中尉もようやく納得したのだろう。
その後、すぐにオレに書類を片付けるように言って、部屋を出て行った。
そう言えば、と思う。
今日はロイのことを考える機会が多かったためだろう、一つ、思い出したことがあった。
– CONTINUE –