15. 40:理由
「ロイ・マスタングさん」
西方司令部に用事があって行ったとき、受付の前を通ると、女性事務員にロイは呼び止められた。
「……なんでしょう」
駆け寄れば、事務員は持っていたメモを渡した。
「これを預かっていたの」
やっと大変な仕事が終わったと言う風に渡されたメモに、ロイは目を落とした。
「ありがとうございました」
そう、言うと、事務員は軽く笑って次の仕事へと移る。
それを見た後、ロイはその場を離れ、廊下の隅でそれに目を走らせた。
――――――
「私、何かしたかな……?」
そこに書かれていたのは、
『すぐに東方司令部へ戻ること エドワード・エルリック』
◇◆◇
「中佐……」
「なんだ?」
「何、ぴりぴりしてるんっすか?」
「してない」
「…………」
言っていることと、現状が、まったく違う上司に、ハボック少尉はこっそりため息をついた。
こんな風になった原因は、エドワード自身にあるのだが、そうせざるを得なかった原因――ロイに、どうしてくれるんだと、言っても仕方のないコトを言いたくなる。
エドワードが依頼していたことの報告書がヒューズ中佐からもたらされ、ホークアイ中尉を始めとした部下五人に、そのことを話したとき、皆一様に驚いたものだ。
皆、なぜ、と、考えた。
何より大総統が指示しているらしい、と言うことに。
ロイをスカウトに行ったことを隠すことが、指示をした大総統に何かプラスになることがあるのか。
ロイをスカウトに行ったことを隠さなければいけないことがあったのか。
そんなことを考えたが、同じようなことを既にエドワードは考えていて、その理由を悪い方へと考えた末の落ち込み具合とか、探究心を前面に出した姿とかは、怖いものがあった。
そして、すぐに行動を起こしたときからは、雰囲気自体が恐ろしく、エドワードの仕事能率が上がったが、誰も無駄口を叩けない雰囲気に部屋自体が陥ってしまった。
そうなると、さすがのホークアイも眉間に皺を寄せ、
「いい加減にしてください」
と、苦言を呈したが、エドワードは聞いているのかいないのか――恐らく無視だろうが――まったく変わらない。
それから少し経ったが……早い話、早くロイには戻ってきて欲しい。
もしかしたら、これ以上にエドワードの機嫌が悪くなるかもしれないが、それでもロイがいるだけましだろう。
エドワードの部下は、皆、そう考えていた。
「こんにちは」
ロイが司令部に顔を出せば、皆妙な表情で出迎えた。
「???」
「あ、いや、いらっしゃい」
不思議な表情をしたロイに、慌ててそれを隠すようにハボックが言った。
それに気付いたように、他の人間も声をかける。
そんな態度を不思議に思って、ロイはそのことを尋ねようとしたけれど、ちょうどタイミングよくエドワードの執務室の扉が開いて、書類を抱えたホークアイが出てきた。
「あら、ロイちゃん。いらっしゃい」
「……こんにちは」
一見、ホークアイの態度はいつもと変わらない。
それでもどこかロイは変に感じた。
しかし、改めて口を開く前に、ホークアイが言った。
「少佐が待っているわ」
そう一言、ホークアイは言って、ロイに道を空ける。
「分かりました」
それ以上、尋ねることができない、と判断し、ロイは仕方なく執務室の扉を開いた。
その後姿を、部屋に残っている人間は皆、心配そうな表情をしていた。
「失礼します」
ノックの後、中から返事が返ってきたので中に入ると、エドワードは椅子に座って窓の外を見ていた。
机の上には書類――と言うか、報告書のようなものが乗っていた。
「中佐?」
気付いていないわけはないだろうに、エドワードはロイの方を見ない。
そんなこと、今までになくて、少し不安に思いながら声をかけた。
それに、ようやく振り返って、エドワードはロイを見た。
「中佐……?」
どうかしたんですか?
そう尋ねれば、
「何のことで呼ばれたか、分からないか?」
と、今回ロイが戻ることになった原因を、知っているかと聞いてきた。
しかし、それをずっと考えて、ここまで来たけれど、それにまったく思い当たる点がなかったロイは、素直に答えるしかなかった。
「いいえ、分かりません」
そうロイが言えば、エドワードは「そうだろうな」と言って、机に置かれた紙の束を渡した。
「??????」
「読んでみろ」
「……はい」
何で自分に渡すのか、分からなかったロイだが、エドワードに言われ、紙を一枚一枚めくって中に目を通した。
だんだん、エドワードの目にはロイの顔色が青くなっていくのが映る。
それを、ただエドワードは静に見ていた。
何も言わず、ただ、ロイが報告書をすべて読み終わるのをただ待っていた。
それなりに時間はかかるだろうが、今日の仕事はすべて終わっていたし、ロイが部屋に入ったら、誰も執務室に入らないよう言い聞かせている。
だれも、邪魔をする人間は、いない――――。
「分かったか?」
そう、静かに聞けば、ロイは読み終わった報告書を手にビクリと肩を震わせた。
そして、おずおずと、エドワードを見た。
「…………」
「ソファーに移ろう」
少し怯えたように見えるロイにため息をついて、エドワードは立ち上がり、ロイの背を押してソファーへと促した。
怯えさせないように、感情的には聞かなかったけれど、それでもロイは怯えているようで。
なぜそんなに怯えるのか、疑問に思ったが、今は聞かないほうがいいのだろうか?
そんなことを思いながら、ロイの手から報告書を受け取ると、ソファーの前に置かれている机に乗せた。
そして、改めてロイを見れば、ロイは俯いて、唇をかみ締めている。
そんなことをすると、綺麗な唇に傷が付くなと思ってしまう辺り、やられていると思う。
それを頭の片隅に押しやって、真剣な表情で、できるだけ怯えさせないように聞いた。
「どうして、以前にもスカウトに軍人が来たことを黙っていたんだ?」
ストレートだなと、自分自身思いながらも、聞かずにはいられなかった。
「…………」
「ロイ」
「……………………嫌いになりませんか?」
長い沈黙の後、ロイはそうぽつりと呟いた。
その言葉を正確に聞き取って、エドワードはなぜそんなことをロイが言うのか不思議に思うと同時に、そんなことはないと思った。
エドワードが、ロイを、嫌いになるなどと。
「ないよ。それはありえない」
きっぱりと、言い切ったエドワードに、ロイはほっとしたようだ。
それに安心して、エドワードはロイの顔をようやく見ることが出来た。
何が、ロイの言葉から出てくるのか。
それが早く知りたかった。
けれど、ロイは落ち着くのに少し時間をかけたようだ。
ようやく、口を開いて出てきた言葉は、考えてもいなかったことだ。
「私が、最初に来た大総統に、お願いしたんです」
…………
「は?」
そんな言葉しか出てこなかった。
まったく考えていなかった。
誰一人として、考えてもいなかっただろう。
これが一番の理由だろう。
けれど、それでもまだ知りたいこともある。
「それじゃあ、何でそんなことを頼んだんだ?」
しかも大総統に、
全てを隠すことを――――――。
そう聞けば、ロイは目を細めて、少し、懐かしそうな表情をした。
それでもさっきの怯えた雰囲気はなくなってほっとする。
「そう、ですね。中佐になら、話してもいいかな……?」
でも、そんなに深刻な理由があったわけではありませんよ?
そんな風に前置きをしたロイに、エドワードは、
「かまわねえよ。オレだってこれ頼んだのは、そんなに深い理由があったわけではないし」
そう言って、報告書を指しながら、エドワードは話を促した。
それに頷いて、ロイは口を開く。
「あれは……中佐が来られる数年前のことです」
– CONTINUE –