19. 7:分岐点
『先日、エルリック中佐に君に頼んでいたことを話した』
私の後見人とは別の人物に定期報告をしに行って、それが終わって部屋を出ようとしたとき、そんな風に言われた。
その言葉に、私はびっくりして言った本人である大総統を振り返った。
その時の大総統の顔はいつもの通りにこにこしていて…幾分、いつもより嬉しそうだった。
それが少し不思議に思っていると、「君のそんな表情を見れるとはね」と続けられる。
どうやら私は、それくらい変な表情をしていたらしい。そして、それに気付けないほど、大総統の言葉にショックを受けているようだ。
『それで……』
『うん?』
『それで、中佐はなんと?』
自分でも信じられないくらい声が震えていることが分かる。
どうしてしまったのかと自問して、結局答えなんてひとつしか思い浮かばない。
体まで震えそうになって、私は膝の上に置いた手に力を入れて、何とかそれを我慢した。
大総統は、そんな私に気付いているんだろう。けれどそれには触れずに、いつもの笑顔を見せながら、
『これからは彼にもこの件に関わってもらうと言ったら快諾したよ』
快諾、にアクセントを置いて、大総統は言った。
その表情は満足そうで、元からこうなるように仕組んでいたような気がする。
………さすが、としか言いようがない。
それでも、その言葉にほっとした自分がいるのも確かで。
中佐がどういう理由でそう言ったのかは分からないけれど、快諾だったことが……嬉しかった。
『そうですか――――』
そう言った私に、大総統はひとつ頷くと、さらに
『これからはエルリック中佐を通して指令を出すからそのつもりでいなさい』
『…………は?』
思っても見なかった大総統の言葉に、私は変な声を出してしまった。
それにくすくす笑って、大総統は、
『係ってもらうのだから、そうなるだろう』
さすがに一緒に調べなさいとは言えないからね。
言われてみれば当たり前のこと。
大総統の言葉に、納得するしかなかった。
『そう、ですね』
納得した声を出した私に、大総統は
『報告書もエルリック中佐を通して構わないから』
と言う。
『はい』
それに私は返事をすると、『今日の用事はこれだけだよ』と言った大総統に頷いて立ち上がった。
最初の頃は、お茶に付き合わないかと聞かれることもあったけれど、長い間いたい場所ではない。大総統の執務室など。
だから私は用事が終われば早々に退出することにしている。長い間いて、誰かに見られても困る。
そなんなことを考えながら部屋を出ようとすると、大総統が『忘れていた』言って、呼び止めた。
『なんでしょう?』
振り返り、首を傾げれば、大総統はいつもの――と言っても、にこにこからかうような、楽しんでいるようなものではなく――私に指令を出すときの表情で立っていて、またかと思ってしまった。
『私が直接与える、最後の指令だよ』
軍人の性質が疑われる。
そんなやり取りがあった後、私は中央司令部の廊下を歩いている。
私の後見人はエルリック中佐で、彼は東方司令部勤務だけれど、私は中央にいることも多いから、誰も気にはしない。
……疑問を持っていたとしても、“大総統のお気に入り”に、文句を言うこともできないと考えているのかもしれない。
“大総統のお気に入り”説は否定したいけれど、そう思われているほうが楽だから、そのままにしている。
そうでなくとも、年齢と性別――主に年齢で侮られると言うか、なめられているし。それに、何よりこの年齢で国家錬金術師でいることは、なかなか大変だから。
それが“大総統のお気に入り”と思われているだけで解決するのであれば、歓迎すべきなんだろうな。
ただ――――。
それが通じない人間と言うものもいるけれど。
「おや、焔の錬金術師殿ではないか」
そんな風に嫌味を言ってくる人間は、軍人・錬金術師を問わずいるもので。
その中でも特に癇に障ることばかりを言う中央の将軍に今回も会ってしまった。
大総統のところを訪れれば、毎回会うこの将軍。狙っているとしか思えない。
多分、階級が下のエルリック中佐を目の敵にしてて、その中佐が後見人の私が何かあれば追い落とせるとでも考えているんだろうな……そんな風にしか思えない軍人も、結構いる。
「お久しぶりです」
会いたくなかったですけれど、と言う言葉は心の中で呟いておく。
「ああ……。それにしても焔の錬金術師殿はよっぽど優秀と見える。研究もせずに旅ばかりしていても毎年優秀な研究成果を出すのだから」
それを聞いて、まずいと思った。私にしては珍しく、ミスをした。
(そう言えば、この将軍にスカウトされた国家錬金術師がいたっけ…)
「私がスカウトした国家錬金術師は査定のたびに苦労しているよ」
(しかも、そんなに優秀でもなかったような)
国家資格を持っているのだから、優秀でないわけはないのだけれど、それでもピンからキリまでいるのは仕方がないこと。
「しかし、君は優秀だね。その年齢で楽に査定に通るとは…………」
一瞬、その言葉の続きを聞きたくなくて、耳をふさぎたくなった。
けれど、そんなことは出来ないし、何よりふさぐ前に聞こえてしまった。
「それとも……“大総統のお気に入り”の君のことだ……何か秘策でもあるのかね?」
ああ、エルリック中佐に査定が通るように頼むことも考えられるか。
そんなに簡単なものだと思っているのだろうか、査定が。
「私に君のような錬金術師を部下に持つことが出来ればね……苦労はしないのだが」
それは言外に、エルリック中佐は苦労知らずだと言いたいのだろうか。
もしそれが本当なら、思いっきり否定したいけれど、今は我慢するしかない。
一応、この将軍は将軍で、中佐より位が上だから。
もし、何かあればそれこそこの将軍に付け入る隙を与えてしまう。
そんなことすれば、中佐の迷惑になる。
それだけは、絶対に避けなければ……。
でも、時々何もかも大総統や中佐にぶちまけてみたくなる。
何かあったら言う様に言われているけれど、いつもは迷惑をかけたくないから言わないでいることも。
例えば今回みたいな……。
「 」
どうして、言われなきゃいけないのかと思うときなんか……。
– CONTINUE –