20. 27:ストレス
ある晴れた日。
こんな日は街を視察に行きたいなあとか、出来ればロイと食事にいけたら最高なんだけどなあ……とか。
ホークアイ中尉に言ったらもれなく愛銃が眉間に突きつけられるだろう事を考えながら書類を捌いていると、小さくノックの音がした。
「入れ」
オレの部下や知り合いに、こんなに弱々しくノックをするやつはいない。誰だろうと思いつつ、変な感じはしなかったために入るように言うと、思っても見なかった人物が姿を見せた。
「失礼します……」
「ロイ……」
「報告書を、持って来ました」
入ってきたのはなんとロイだった。……一番、思いもよらなかった人物だ。
しかし、驚いているオレを尻目に、ロイは報告書を差し出した。
それを反射的に受け取りながら、ふと、気付いた。
ロイが一度も顔を上げないことに。
そんなこと、今までなかった。
どんなに旅先で騒動に巻き込まれようとも、どんだけオレに迷惑――オレ自身は迷惑なんて思っていなかったけれど――がかかっていようと、顔を上げていないことなんて一度としてなかった。
それが、どうして……。
「ロイ」
そう思うと同時に、無意識にだったけれど、ロイの名を呼んだ。
「っ……」
すると、ロイは一瞬ビクッと肩を震わせた。それを見て、また、ロイらしからぬことにオレの気分は下がる。
「どうかしたのか?」
尋ねたのは、名前を呼んでもロイが顔を上げなかったからだ。
「…………」
それでも、ロイは顔を上げるどころか返事すらしなかった。
心なしか、顔が青ざめているようにも見える。
「ロイ、ほんとに……」
「何でも、ありません」
大丈夫ですから。
ロイはそう言って、無理やりに笑ったけれど、それは『痛々しい』と言う以外、表現のしようのないものだった。
このときばかりは、ロイの言葉は信じることが出来ない。
「大丈夫なわけ――――――」
「大丈夫です!!」
オレの言葉を遮って、ロイは叫んだ。
……ロイがこんなに感情的に叫ぶところなんて、初めて目にした気がする。
それくらい、普段のロイは冷静だ。
――――いや、感情があらわになることがない。それでも、最近はだいぶ感情を表してくれるようになった、以前に比べ。
それでも今日のロイは……何か違う。
それが内面的なことが理由なのか、そうでないのか分からなかったけれど、今のロイを見たらそんなことに構っていられない。
けれど、叫んだロイはそのまま俯いて、ぼそりと言う。
「報告書に不備はなかったのであれば、私はこれで失礼し……ま……」
「ロイ!!!」
全てを言い終わる前に、ロイの体はぐらりと傾いた。
「チッ!!」
そんなロイを見て、オレは慌てて椅子から立ち上がって側に駆け寄る。
こんな時、机や椅子は邪魔だ。
「ロイ!」
それでも何とか、ロイが床に叩きつけられる前に受け止めることが出来た。
そして改めてロイを――ロイの顔を見ると、真っ青だった。
これはただ少し体調が悪いで済ませられるものじゃない。
完璧、病気にしか見えない。
「ロイ、しっかりしろ!!」
実際、そんな風に声をかけて体をゆすっても、ピクリともしない。
「くそっ!!」
そう舌打ちをすると、オレはロイの膝下を抱えて――――まあ、いわゆるお姫様抱っこで抱え上げ、執務室の扉へと体を向けた。
すると、
「中佐、どうなさったんですか!?」
そう叫びながら、ホークアイ中尉が慌てた様子で駆け込んできた。
まあ、考えなくても当然かと思う。あれだけ叫んだんだし、二人とも。
中尉はオレの腕に抱えあげられているロイを目に留め、驚いた表情をした。
「ロイちゃん、どうなさったんですか?」
「分かんね。これから医務室連れて行く。何かあったらそっちに連絡をくれ」
「分かりました」
さっきまで慌てていたのに、オレが言うと途端に普段の中尉に戻って、すごいと思う。
ま、これくらいじゃないとオレの部下なんてやっていけないだろうけど……。
そんなことを考えつつ、オレは急いで医務室へ向かう。
本当は走りたいけれど、抱えているロイに影響があっても困る。
なるべく影響がないように……ぎりぎりだと言えるスピードで走った。
「……………………過労?」
「そうです」
東方司令部医務室に勤務する医師はさらりと言った。
その目はこんな女の子にどんな仕事を押し付けているんだと言っていたが、オレはそんなことしていない。
一応、そのことを言ったが、医者はまだ信じられないと言う表情をしていた。
まあ、ロイに仕事を頼むなんて、オレくらい――本当は大総統もいるんだけど、この医者が知るはずもない――しか考えられないから、そう思われても仕方がない。
そう思いながら、ベッドに眠っているロイを見る。
相変わらず、さっきと変わりがない様子に、何でもっと早くに連れてこなかったんだと自己嫌悪に陥る。
――――――
「それから……」
「??」
急に口を開いた医者に、オレは目を向けた。
そいつは少し困ったように、付け加える。
「過労と……ストレスも考えられます」
「なん……」
そういわれた言葉に、オレは絶句した。
そして考えるのは、まずはオレが何かしたかということ。
自分ではそんなつもりはないけれど……でも、ロイにとってはそうでない可能性もある。
もし、そんなことがあれば……自分が許せない。
そんなことを考えていると、「それで」と医者が言う。
「何だ?」
「どうしますか? このままここに寝かせていても良いのですが……。そう長くは無理ですよ」
そう言われて気付く。それはもっともなことで、目の前の医者の就業時間というものがある。それを過ぎれば帰っていいんだけど、そうすると医務室(ここ)は閉めなきゃいけない。
「あ~……とりあえず、終業までは寝かせていてくれ」
そこまで考えて、一瞬考えた。
けれど、他にどうすることも出来ないから、
「時間になったら引き取りに来る」
「分かりました」
何がロイのストレスになったのか分からない。もしかすると自分かもしれない。でも、だからと言って誰かに任せるつもりもなかった。
そう考えて、オレは時間になったらまた来ることをつげ、医務室を後にした。
「中佐」
「ホークアイ中尉か」
執務室へ戻る間中、ロイのことを考えていたから、執務室の前まで来ていることに気付かなかった。
急に呼ばれ、その方向を見るとホークアイ中尉が心配げに立っていた。
「ロイちゃんは……」
「――――ちょっと、待ってくれ」
中尉の言葉を遮ると、執務室の中に入った。その後を中尉がついてくる。
いや、それだけじゃなくて、大部屋にいた部下もぞろぞろついてくる。
部下、と言っても直属の、ホークアイ中尉も含めて五人だけだけど。
それを確認しつつ、椅子に座ると、中尉が一番に口を開いた。
「それで、ロイちゃんはどうしたんですか?」
ロイはお気に入りだとロイのいないところで豪語している中尉だけに、ロイを心配して言ったその言葉の迫力はかなりのものだ。
そんな中尉にビビリながら、それでも何とか冷静にロイの状態を説明する。
「過労と……ストレス、だそうだ」
理由は分からないけどな。
そう言うと、中尉の周りの気温が2、3度下がった気がした。
「ち、中尉……?」
周りの部下たちはそれだけでビビッて何もいえないでいる。
まあ、それはオレも同じだけど、一応上官だ。
こんなことで何も言えないようではダメだと、そう思って中尉を呼ぶ。
すると、中尉は思っても見ないことを言った。
「中央の知り合いから言われたんです」
「「「「「は……?」」」」」
情けない声をその場にいた男全員で出していた。
急に、何の脈絡もなく言われたんだから仕方がないと思う。
けど、その後に続いた言葉に全員が固まった。
「ロイちゃんは狙われやすいと。犯罪者にもですが……中佐を良く思わない将軍たちにも……。その知り合いは、その辺りのカンが良く当たる人でして……考えたくはないのですが……」
「……可能性は、あるな」
オレはもしかしたら、ロイがストレス受けたのは、オレのせいかと思ったけど……。
「「「「「それはありえません」」」」」
「…………」
そうきっぱりはっきり言われて、オレは驚いた。
そしてぱちぱち、瞬きをしつつ、五人を見るとその表情は真剣そのもので、嘘を言っている風では決してなかった。
それにふっとため息をつくと、一瞬、安心したような表情から真剣な表情に変えて、言った。
「それでは、ロイのストレスになった原因を調べる」
今すぐにだ。
「Yes, sir!」
– CONTINUE –