23. 29:影響
ロイがストレス諸々でぶっ倒れると言う事件が起きてから数ヶ月。
あれからロイが体調を崩すことはなく、平和な日々が過ぎている。
――――――一応。
「中佐~、これにサインお願いしま~す」
「…………ハボック、“これに”じゃなくて“これらに”じゃないのか……」
「どっちも変わんねえっすよ」
「…………変わる」
そんな会話が延々繰り返されるほど、オレの決裁待ちの書類が後から後から届く。
…………どっかの馬鹿どもが、一致団結して嫌がらせをしてきてるんじゃないかと思うほどだ。
――――――一部、間違いじゃないものも含まれているところがまた……。
「無駄口を叩く暇があるのでしたら手を動かしてくださいね」
「「Yes, Mam !!」」
オレらのやり取りに業を煮やしたのか、はたまた中尉もこの書類の多さにイラついているのか。
理由は考えたくないから考えないことにして、とにかく中尉の銃が火を噴く前に自分たちの仕事を再開する。
……とは言うものの、そう簡単に終わるわけない量が積み重なっている。
「「「「「何でこんなに仕事が多いんだよ……」」」」」
こんな言葉がほとんどのものから出ても不思議ではないだろう。
それくらい、多い!!
(あ~、何でこうなんだろうなあ……)
愚痴ったって仕方がないのは分かっている。
自分が上にどう思われているのかもよ~く分かっている。
――――――ロイのことがあるから大総統近辺にはそれほどこういう心配はないんだけど……他がなあ……。
そう思いながら机の上に積み重なった書類を目に入れる。
(どれだけかかるのやら)
気が遠くなる。
それでも手を動かさなければ終わらないし、何よりそうしなければ中尉の銃が火を噴く。
(それだけはなあ……)
そう改めて思うと、こんなこと考えている暇はないと言うことに気づく。
(やばいやばい)
中尉に目を向ければ、ニッコリ睨んでくる。……言葉の使い方間違ってるけど。
「先ほどロイちゃんからイースト駅から連絡があったので、もうそろそろ着く頃だと思いますよ」
「――――――――――――はあ!!??」
中尉の言葉の後、大分長い間が空いた。
そしてオレの情けない声が部屋中に響いた。
もちろんほかのやつも……目を丸くして中尉を見ている。
その視線は――オレもそうだが――いつの間に、と中尉に問うていた。
「本当ですよ」
にっこり、さらに笑みを深めて言う中尉のことばはオレらの疑問に答えてはいなかったけれど……それが嘘ではないことは分かる。
「…………」
「早く『全てを』片付けてしまわないと、ロイちゃんを食事に誘えませんよ?」
それは科学者な錬金術師のオレをヤル気にさせる一番の魔法の言葉だ。
多分中尉が一番喜ぶくらいのスピードでオレは書類を捌いていった。
でも、さすがにあれだけの量――タワーと言って差し支えないだけの量の書類――を既に駅まで来ていたロイが司令部に着く前に終わらせることなんて、いくらなんでも無理なわけで……。
「お久しぶりです――――」
ロイの声が聞こえたときには半分も終わっていなかった。
「………………」
「どうした、ロイ?」
オレの机の前に立って、いつもならすぐに用件を言うロイが今日は無言だ。
それが書類の量のせいだと思ったオレは、多分困ったような表情でもしてただろうな。
「……悪いけど、この状態だから報告書はもうちょっと待ってくれ」
「あ、いえ……今回は報告書を出すようなことはなかったので構わないんですが……」
「?????」
ロイの方が困った表情で言うから、オレは首を傾げるしかない。
周りも自分の仕事をこなしながらもきっちりこちらの会話に耳を傾けている。
そんな中で、思ってもみなかった言葉をロイは言った。
「いつも中佐に誘っていただいているので……今日は私が食事に誘おうかと思ったんですが……」
この分では日を改めた方が良いですよね?
訂正。
爆弾発言だ。
最後の言葉は中尉に向けて言っていたけれど……。
「そうねえ……さすがに難しいわね。この状態じゃあ……」
困った表情で中尉は言うけれど……内心で絶対笑ってるぞ。
これで早く書類が片付くって。
案の定、中尉は言葉を続けることを忘れない。
「でも、今残っている書類の半分を終わらせることが出来れば……大丈夫よ」
ニッコリ。
ロイにはきっとその裏は分からない笑みを向ける中尉。
視線はロイに向いているけれど、言葉は確実にオレに向いている。
「でも……さすがにそれは……」
そう言いながら、ロイはちらりとオレの机の上に積みあがっている書類に目を向ける。
内容は全て『中佐』であるオレが目を通してサインをしなければいけないものばかり。
当然、その内容を吟味する必要もあるわけで……。
きっと詳しくは知らないだろうロイでも、時間がかかることだけは分かっているはずだ。
でも、ロイに言われたオレがどういう行動をとるかまではロイは知らない。
「いや、大丈夫だ」
「はい?」
オレの言葉に疑問符を浮かべながらロイは言う。
「毎回で悪いけど、終業まで待っててくれるか。それまでには最低半分は終わらせておくから」
そしたら食事に誘ってくれるんだろ?
今度はオレがロイに向かって笑いかけると、戸惑いの視線が向けられる。
「ええ、それはもちろん。……でも、大丈夫ですか? 無理は……」
「無理じゃない無理じゃない。……じゃあ、さっさと終わらせるからいつもみたいに待っててくれるか?」
「はい……資料室にいます」
そう言うと、ロイは心配そうな表情をしながらも部屋を出て行く。
……その後ろを、邪魔にならないように部屋の隅にいたブラハがついて行ったことに、果たしてロイは気付いているのだろうか。
そして扉が閉まると、部屋に残ったのは……部下たちのにやけた表情。
加えて……中尉の恐ろしい笑み。
「では、中佐。ロイちゃんとの約束を守っていただくためにこれだけはきちんと片付けてくださいね」
そう言われて示された書類の量にオレの表情はひきつる。
けど、ロイに言ってしまったため、出来ませんでしたなんてこと、一番やってはいけないことに格上げされてしまっている。
そうなると敵は目の前の書類だけじゃなく……言い過ぎでもなんでもなく、ありとあらゆるロイにかかわりのある人間までもが敵になる。
さっきの中尉の言葉がいい例だ。
「…………はい」
早まったかなと思わなくもないが、ロイと一緒にいたいのには変わりがないからオレは出来る限り速いスピードで手と目を――――ついでに頭も動かし始めた。
そのころ。
「大丈夫かなあ……中佐」
無理してなければ良いけど……。
心配顔で、私はブラハを従えつつ資料室へと向かっていた。
一度私が倒れてから、どういうわけかブラハは私が司令部にいるときは側にいるようになった。
でも……中佐が一緒のときにはいないから……中佐を嫌っているのかと思ってしまう。
見た限りではそんなことはないのだけれど。
資料室までは、さっきまでいた部屋からは少し距離がある。
元々、司令部は広いこともあるけれど……国家錬金術師の最低地位――少佐位以上だけに許された資料も多数あるとなると、そう人の多いところにおいても困るのだろう。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていると……瞬間、変な感じがした。
いや、
(変というよりは、嫌な感じかな)
案の定、廊下の向こうから歩いてくる軍人には見覚えがあった。
……直接、顔を合わせることは今までほとんどなかったけれど。
私は今までと変わらない表情で歩いて行く。
今は関係のないことだから。
そう思っていると、すれ違う瞬間、その軍人は小さな――私にだけ聞こえる声で囁いた。
「ご苦労なことです。――――――あんなことを引き起こした貴女なのに」
「――――――!!」
その言葉に驚いて、無表情を保つことが出来ずに振り返る。
けれど、その言葉を言った当の本人は振り返ることなく去っていった。
嫌な汗が背中を伝う。
(――――嫌な予感がする)
決して歓迎できるものじゃない。
少なくとも、私にとっては。
それにもし軍人の言っていた『あんなこと』が『あのこと』を指しているのだとしたら……。
(中佐にまで迷惑をかけてしまう)
最悪、大総統まで。
(何とかしなくちゃ)
そうは思うけれど、混乱した頭では何も思いつかない。
頭を振り、とにかく今は誰も見ていないところで冷静に考える必要があると、当初の目的通り資料室へと向かった。
その足元を、心配そうな表情をしたブラハが私を見上げながらついてきていた。
– CONTINUE –