25. 2:禁忌
「どういうことだ」
長い沈黙の後、オレは無意識のうちに呟いていた。
そんなオレの反応に、中尉たちは無言で様子を伺っている。
ただ、一言だけ書いた紙一枚であればこんな反応はしなかった。
しかし……サッと見ただけだった数枚の紙切れは、オレにこんな反応をさせるだけの力があった。
根も葉もないことだと切って捨てることも出来る。
けれど、そうすることは出来なかった。
したくても……錬金術師としての興味か、軍人としてのカンか。
短い間に見た、誰からとも知れない手紙が――――あのロイを疑ってしまうところまでオレを追い詰めている。
「くそ……」
飲み込むこともせず、そう小さく吐き捨てるとオレは送りつけられた書類を詳しく見ていきながら、封筒を中尉に差し出す。
「これを誰が送ってきたか調べてくれ」
「分かりました」
「――――簡単には分からないと思うけどな」
「――――――」
こくりと頷いて中尉は封筒を持って出て行った。
それを見送った後、未だオレを見ているハボックたちに気付いた。
「――――――なんだ」
「何があったんっすか」
代表してハボックが聞くけれど、それに今は答えることは出来ない。
――――色々な証拠がそろってはいるが、それでもまだ信じられないことだからだ。
オレは首を横に振り、説明までには時間をくれるように言う。
そうすれば、物分りが良いのか聞くことが怖いのか、皆頷いてそれぞれの仕事に戻った。
それを見、そして送られてきた数枚の紙に目を落とす。
そこにあったのはロイ関連のデータ。
以前、ヒューズ中佐が持ってきた『国家錬金術師になってからのロイ』のデータではなく、『国家錬金術師になる前のロイ』のデータ……それにはロイに関係する人間のことも書かれていた。
と言うよりも……ロイの周囲のデータの方が多いかもしれない。
――――それが何を示すのか……違う見方も出来るのに、オレはそうすることが出来ないでいる。
ロイはそんなことをしてはいないと考えることも出来るはずなのに…………。
(オレもまだまだ……)
そう思いつつも頭の中はこれからどうするべきかが渦巻いている。
(どうするか……)
こういう時、一番に思いつくのはヒューズ中佐だ。
諜報部所属の中佐なら、調べることも造作ないだろう。
――――しかし、とも思う。
例えロイのことであっても個人的なことには変わりがない――前回のことは考えないことにする――。
それに国家錬金術師としての規定に関わることだ。
下手に動いて、嫌味な上官に知られてしまっても困る。
それを考えると大総統に頼むこともはばかれる。
いくらロイが大総統のお気に入りだとしても……自分の今の地位を失いかねない事態では、どう動くか分からない。
もしかしたら、と言うことも考えられる。
結局のところ、オレがロイの安全を図りつつ事実を知るには自分で動くしかないのかもしれない。
送られてきた書類を片手に、オレは資料室へと来ていた。
禁忌を犯したものということで、オレたちにとっての『禁忌』なんて『人を作るべからず』ってことが一番だ。
と言うより錬金術を使えない一般人に『禁忌』なんて言葉はそもそも当てはまらない。
『禁忌』がどんな結果をもたらすかは、禁忌を犯したことがないオレにはわからない。
ただ、送られてきた資料の中にそれが事件となったことを示すものが混じっていた。
――――――調査資料のコピー。
ほんの一部でしかないから、信じるに値するかは微妙なところだ。
詳しくはないけれどロイの名前が記されていて、オレの興味を引くものではあった。
何年もロイの上官をやっているくせにまったく知らなかったロイの関わった事件。
これが証明だと言わんばかりに送られてきたのだから、これから調べることが定石だろう。
そう思って東方司令部の資料室へと来ている。仕事のためだと言う顔をして。
ロイは東方の人間だから――調査資料に書かれた住所も東方のとある街のものだ――この資料が置いてあるとすれば東方だろう。
中央にある可能性もあるが……その場合は簡単に見ることは出来ないところに保管してあるはずだ。
しかしこの資料は送られてきた……であれば、東方にある可能性が一番高い。
これを送ってきた人物が、かなりの地位をもつものなら別だが――――それなら直接自分で動いた方が何に対しても早く影響を与えることが出来る。
それでもオレに送ってきた意図はわからないが。
そんなことを考えながら資料室の中を見て回り、ようやく目的のものを見つけた。
わかり安いところにあるだろうと考えていたが、それは隅のほうに追いやられていた。
増え続ける他の資料に押しやられたか、誰かが意図的に分かりにくいところに置いたか。
見つかったから今のところどちらでもかまわないけどな。
資料を手に取り、ざっと目を通す。
事件の詳細はこうだ。
十年近く前、とある街の名士の屋敷で火事が起こった。
その名士は国家錬金術師であり、優秀な軍人でもあっそうだ。
そんな大きな屋敷で起こった火事、そして爆発。
消火の途中、屋敷の敷地内で傷だらけで意識のないこの屋敷の娘――ロイが発見される。
それから数時間後に何とか鎮火し、屋敷に足を踏み入れた軍人たちが目にしたのは男女の焼死体と黒い肉の塊。
その後の調査でその肉の塊は何の肉かは分からなかった。
しかしその代わりに分かったことは、男の死因は焼死ではなかったこと。
――――――男の内臓がごっそりなくなっていたと言う。
それが原因。
のちに、男はロイの父親、女はロイの母親だと分かった。
しかし、意識の戻ったロイは何が起こったのか覚えていないのか、元々知らなかったのか、父親に何が起こったかはおろか、火事の原因も話すことはなかった。
もちろん、両親の遺体の側にあった焼けた肉の塊についても――――。
火事の前に不審者がいたと言う情報も、屋敷の人間を怨むものもおらず……。
結局事件は迷宮入り。
事件の全容は大体こんなもんだった。
この事実から、送られてきた手紙に書かれていたことをあわせると……この事件は『禁忌』を――人を作ったことが原因で起こったことになる。
――――いや、錬金術は等価交換。人を作るのであれば、それと等価と言えるのは錬金術師自身。
交換されるのは人の肉体と命――――。
それを考えれば、ロイの父親の内臓がなくなっていたことは理解できる。
しかしそれだけでなく、火事が起きたとなれば――――――。
「ロイは『焔の錬金術師』だからな」
火事が起きたのはそのせいだと……ロイが何らかの形で関わったと考えられる。
いったいいくつの頃から焔が扱えたのか……恐ろしいなとは思うけれど、ロイならばそうであっても不思議ではないとも思える。
けど、例えそうでも疑問が残る。
まず、ロイは屋敷の敷地内とはいえ、建物の外に傷だらけで気を失った状態で倒れていたのか。
そもそも火をつける必要があるのか。
父親のしたことを隠す意図があったとしても――――ロイがしたわけじゃないのに隠すなんてナンセンスだろう。ロイが裁かれるわけじゃないんだから。それは幼くてもロイだから考え付くはず。しかも父親が軍人だったんだからな。
疑問と言えば、ぱっと思いつくのはこんなもんだろう。
これから考え付くのは多くない気がする。
『ロイ・マスタングは禁忌を犯したもの』と言うのが正しいとすれば、内臓を持っていかれるのはロイ自身だ。
それなのに内臓をなくしたのはロイの父親。
「どういうことだよ…………」
がしがしと頭をかきながらオレは呟く。
結局、いくらオレが資料から想像しても事実は分からない。
「ロイに直接聞くしかないのか……?」
それしかないが、それは一番やりたくないことだ――と思うオレは甘いのだろうか。
– CONTINUE –