29. 98:さよなら

「中佐」
「…………? どうした、中尉」
 真剣な表情をしてオレの前に立ったホークアイ中尉は冷静な表情で言う。
「東方司令部に勤める軍人の一人が反逆罪で指名手配されました」
「――――――はあ!?」
 あまりにも重大なそれに、オレは一瞬理解が追いつかなかった。
 しかし、中尉がそんな嘘をつくことも、ふざけることも決してないから――あったとしてもこの場合ここで言うのは不適当だ――本当のことだろう。
 しかし、そんな情報がオレのところにはまったく入っていない。
 いくらなんでもそれはおかしいんじゃないか?
 オレに近い部下なら仕方がないかもしれないが、そんな奴をそばに置いてはいない。
 それは言いきれる。
 それなのに、なぜ…………
 
 
「――――――それから」
 
 
 ゆっくりと、中尉は言葉を選ぶように口を開いた。
 
 
「その軍人と、以前中佐に調査を指示された書類の送り主が同一人物の可能性が出てきました」
 
 
「なんだと?」
 
 
 それは本当なのかと問えば、中尉は「恐らく」と簡潔に答えた。
 中尉が言うならば、そうなのだろうけれど……なぜ、と言う思いは消えない。
 
 
「その辺の話も聞きたいが……まずは今回のことをオレが説明しよう」
 
「「ヒューズ中佐」」
 
 
 急に別の声が聞こえてきて、振り返ってみればそこにはここにいるはずのない人物。
「どうしたんだ?」
「仕事だ。……中尉から聞いたと思うが、ここの軍人が規律違反を犯していたことが分かった。その軍人を中央に連れて行くことになった」
「……そう言うことか。それじゃあ、詳しく説明してくれ」
 そう言うと、オレは中佐を促してソファーに向かい合わせに座った。
 
 
「まず、軍人の規律違反――反逆罪に該当するやつだったがな、それが判明したのは一週間ほど前。匿名での密告がそもそもの始まりだ。送られてきた情報を少し調べただけでもそれが正しいことが判明してな……多すぎて全て捜査したわけじゃないが、判明した分だけでも罪に問えると判断した。逃げられてちゃあ、困るからな。早急に確保することにしたってわけだ」
「…………」
「けどま、どこから情報が漏れたのかは知らないが、対象はどっか行っちまったけどな」
「…………だから指名手配か」
「ああ。ま、どうせそう逃げられるわけでもないだろうな。すぐつかまるさ」
「そうか――――」
 資料を見せられても、その軍人は知らなかった。
 全てを把握しているわけじゃないけれど……それでも反逆罪に問われた軍人は、その行いに反してとても目立たなかったようだ。
 人は見かけによらない、そんなところだろう。
 と、そこまで考えていると、中佐がオレをまっすぐ見て口を開く。
 
「で、おめーが以前調査を指示した書類って言うのは何のことだ?」
 
「…………」
 
「おい、オレにごまかしは効かねえぞ。一体何があった」
 
 さっきまでとはまるで違う、真剣な表情だ。
 それでも、あの『内容』を考えると言って良いものだとは思えない。
「…………言えるか」
「それじゃあ、困るんだよ」
 はあ、とため息をつく中佐。そりゃあ、逮捕しなきゃいけないやつに関わりがあるだろうと思えることを調べなきゃいけないことは分かる。
 けど、オレがそいつと結託して規律違反を犯したわけじゃない。
 ある意味あの調査はオレ個人的なものだ。
 それに中尉を使ったことは確かに規律違反かもしれないが……そこをつかれるようなこと、中尉がするわけがない。
 それなのになぜ、そこまで中佐はこだわるんだ?
 
「……別にオレが関わったのはそっちとはまったく関係ないから、調べる必要はないだろう?」
「それはそうなんだが……」
 いまいち歯切れが悪い。
 そんな中佐、今までの付き合いで記憶にない。
 そんな中佐に疑問を持ったオレが今度は聞く番になる。
「何が言いたいんだよ、中佐。はっきり言ったら良いだろう」
 そう言えば、中佐はしぶしぶ口を開く。
「さっき、送られてきた情報は、少し調べればそれが正しいことが分かったって言ったろ?」
「あ? ……ああ」
 聞き流していたけれど、確かに中佐はそんなことを言っていた。
「それは、少し調べれば分かるようなちゃちな隠し方じゃなくてな、その情報があまりにも詳しかったからなんだよ」
「――――――」
 中佐の言葉を邪魔しないように、無言で促す。
 
 
「どうやったらここまで調べられるんだよと、オレたちプロが舌を巻く程のものだった――――――」
 
 
 つまり、一般人には……それどころか軍人でもここまで調べ上げることは『不可能』だってことだ。
 
 
「――――――じゃあ、誰が密告したって言うんだよ」
 誰しもが思う疑問だろう。
「その答えは出なかった。というより出さなかった。そんなこと調べるよりも先にやるべきことがあったからな」
「おい」
 それならなぜそんなことをオレに言うんだ。
 ムッとしながら言う。
「…………もし、今回のことが片付いて、それを調べたとしても……きっと情報提供者の正体は分からないだろうよ」
「…………オイ」
 完全にオレの言葉を無視して中佐は続けた。
 それにもちろん突っ込んだけれど……それも完全に無視して言われたことに目を見張った。
 
 
「けど、オレは情報提供者としてひとりだけ、それが可能な人物を見つけた。――――どんなに調べるのが難しい場所でも簡単に入り込めて、情報を的確に取捨選択して纏め上げることが出来る……しかもきっちり必要なところは見逃さない」
 
 
 しかも、自身を隠すことには長けている。
 
 
「該当人物に、心当たりはねえか?」
 
 
 あるだろう? と中佐の目は言っていた。
 誤魔化すな、逃げるな、とも……。
「嘘だろう…………」
「そう思いたくもなるかもしれないがな。……だが実際、彼女以外には無理だろう」
 他は、調べに行ったところですぐに正体がばれてしまう。
「銀時計さえ見せなければ、ただの普通の少女にしか見えない」
「っ……。中尉!!」
 気付いたときには中尉を呼んでいた。
 別に、密告者が誰であろうと軍的には関係ない。
 関係ないが……どうしてそんなことをしたのかが知りたかったのかもしれない。
 それとも……オレを通して大総統から伝えられる『仕事』であるはずのものが、オレを通すことがなかった……つまり、大総統から指令が出ていないということ。
 それはロイが個人的に動いたことを表している。
 
 ――――ではなぜ、ロイは反逆罪に問われるような軍人に対し、そんなことをするような関わり合いがあったのか。
 
「何でしょう、中佐」
「今すぐロイを呼んでくれ」
「…………承知しました」
 理由を言わず、必死の形相だっただろうオレの言葉に疑問をはさまず、中尉はすぐにロイが泊まっている宿に電話をかけた。
 それを中佐は無言で見ていた。
 それはありがたかったが、しかし、中尉から返って来た答えには目を見張った。
 
 
「ロイちゃん、今朝早くに出て行ったそうです――――」

◇◆◇

 流れる景色をただ眺めている。
 ぼんやりとしながら……今、司令部はどうなっているのだろうなと考えていた。
「まあ……騒がしくなっているだろうな」
 その理由も分かっている。
 多分、ヒューズ中佐がイーストシティーに入っていることだろう。
 そしてヒューズ中佐からもたらされる情報で、ある程度のことを中佐は知るんだ。
 
 
「……最終的に、知られたくないところまで知られてしまう」
 
 
 ぽつりと私は呟いた。
 それを耳にした人は居ない。
 乗っている列車は選んで乗った。
 他にも色々小細工としかいえないようなことだけれど、それもした。
 きっと私の行き先を中佐達が知ることは出来ないだろう。
 
 
 ――――――変装までしたし。
 
 
 どうしても知られたくなかった。
 実際、知られるかどうかは五分五分だろう。
 けれど中佐の他にもヒューズ中佐や……アームストロング少佐も、大総統までいる。
 あの人たちにも知らせてはいない。知らせたくない。
 どうしてこんな風に思うんだろうと、自分でも不思議に思ってしまう。
 
 
 いつからこんな風になってしまったのだろう。
 
 
 考えるけれど、決して答えなんて出てこない問いだった。
 
 
 手段など、どんなものであっても――知られても別に気にするものでもないと思っていたのに……どうして、ここまで知られることが恐怖なのだろう。
 
 
 
 大好きな人たちと離れることの方が、まだ、良いと判断してしまうくらいに……

– CONTINUE –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子