30 3:兄弟
「イズミ」
「ああ、どうかしたかい? あんた」
「いや……ロイはどうした」
ロイの姉――イズミが扉を開けるとそこに立っていた大男――シグは声をかけてきた。
それに肩をすくめてイズミはあきれたように言う。それでもその目は優しげだった。
「どうしたもこうしたも……知られたくないことを好きな人に知られて逃げてきったってことでしょ。で、そのことに少し後悔している」
「ロイは、後悔しないような行動をとると思っていたが」
お前と一緒で。
他意なく言い切るシグにイズミは苦笑しながら続けた。
「まあね。――――でも、まだまだ完璧には程遠い。簡単に出来るほど、ロイは経験を積んでいるわけじゃないからね」
普通とは言いがたい経験を積んではいるけれど……逆に『普通の経験』が極端に少ない。
「ま、まだ10代なんだから当たり前だけど」
そう、彼女の周りの人間は忘れがちだがロイはまだ10代。それなのに、当たり前のことで驚きすぎる。年相応に出来ることも、出来ないことに対しても。
そんな時、店の扉にぶら下げている鈴がカラカラとなって、ひとりの男が入ってきた。
「あら…………何しに来たの、こんなところまで」
目を丸くしながら言ったイズミに、目の前の軍人は微かに笑みを浮かべながら言った。
「お久しぶりです――――――先生」
「ホントにね。しかも軍人として来るとはね――――――いい度胸じゃない、エド」
以前と変わらない態度のエドワードにイズミは内心でこれからどうなるのかと不安に思いながら、自身も相変わらずの態度で言った。
イズミが久し振りに見たエドワードは、歳相応の姿をしていた。初めて会った時はちっともそうは見えなかったし、別れた時もそうだ。まだまだ幼さの抜けない顔をしていた――――弟とともに。
それが、たった数年の間に見違える様に成長していた。
イズミはロイに、自身がエドワードの師匠だとは話していない。そんな機会はなかったし、何よりロイがエドワードの部下だとは、一週間程前にロイがダブリスへイズミを訪ねて来るまで知らなかった。
ここへ来た理由を聞いて、初めて両親が何をしたのか知った。
――――何より、あれだけ嫌った父親と同じ事をした自分に嫌悪を抱いた。
そんな自分が逃げ出したために妹が辿った道の、その先にいた弟子を目の前にして不思議なものをイズミは感じていた。
「それで、何の用だい」
茶なんて出してやらない。その服装(軍服)で来る人間に、たとえ弟子だとしても歓迎はしない。しかも銀時計まで持っている――――ロイは鞄の奥底にしまっていて、もう出さないと決めているようだ。
「一番の目的は先生ではないんですけどね」
苦笑しているその顔は、何もかも知っているようだ。
――――ありえなくはないかと、思う。
エドワードは軍の中佐、そして鋼の錬金術師。ロイよりも経験は積んでいるのだ。たとえロイが国中を旅し、その土地の問題にかかわっていても。それが誰にもできない経験だとしても――――まだ10代だ。そして軍に属していると言ってもエドワードのような訓練を受け、上司や同僚の妨害をかわしている軍人ではない。
はっきり言って、ロイはエドワードに守られていた。
その違いが、エドワードがここへたどり着いた理由だろう。
「でも、調べてみると先生のところを避けては通れなかったので」
困ったように、それでも真剣な目でエドワードはイズミを見た。
それは昔、錬金術を教えてくれと弟と共に言ってきた時と同じ目だった。
「会わせてもらえますか?」
「だめだ、と言ったら?」
「無理にでも会わせてもらいます」
その時、あああのころからずいぶん成長したとイズミは感じた。
年齢相応になっただけではない、それ以上に経験を積み――――あらゆることを自分の糧にしてきた者。
出世レースにあって裏切りもあっただろう。それでも前を向いてきた。部下を従え、そして“ロイ”のことを知って、それでもここまで来た。
ロイのことは、表沙汰にしないほうが今後の出世への影響は少ない。
たとえ父親がやったことでも、関わってしまっただけでも影響はある。
そして何よりイズミの存在――――エドワードと出会った時すでに禁忌を犯していたイズミ。そしてエドワードはそれを知っている。そして今回知ったロイとイズミの関係。
今後のエドワードの人生、少しでも穏やかに過ごしたいのなら避けて通るべきなのだ、ロイと言う存在、そしてイズミとは。
それがわかっていてもなお、エドワードは引かない。
――――それが、ロイにとって“何”になるのか。
「……庭に出な。どこまで成長したか、確認するよ」
「良いんですか? 体調が悪そうですけど」
「あんたと手合せするくらいの体調ではあるよ。それに修業は怠っていないからね。エドこそ、最近デスクワークばっかりでなまってんじゃないのかい」
「……確認してみればいいでしょう?」
指摘すればかすかに青筋を立ててエドワードは挑むように言ってきた。
デスクワークばかりなのは当たっているようだ。
それでも体がなまっているなどと思われては軍人としてはもとより、イズミの弟子としてあってはならない。それを昔イズミが叩き込んだからだろう、エドワードは馬鹿にするなと表情に出ている。
そんなやり取りのうちに出てきた庭。
身長の伸びたエドワードには、多少の狭さを感じるかもしれない。
けれどそんな中でも目的のためには通らなければいけない場所であり、攻略しなければいけない状況だ。
「それじゃあ、始めるよ」
「はい!」
そうして、ダブリスでは数年ぶりに有名な師弟の手合せが始まった。
– CONTINUE –