2. 知られた過去
やるべきことは確かにある。
けれど――――――それはもう少し先の話。
準備は以前からやってきていて、全て整っている。
今やることはない。
だからと言って――――――
「……何故ここに来た、申公豹」
声をかけずに洞府に入ってきた男に、私は問う。
けれど、それを無視して申公豹は笑みを浮かべて言う。
「その姿は久しぶりですね、玉環――――――いいえ、玉鼎真人」
「え? ……えええええ???」
申公豹の言葉に黒点虎が驚きの声を上げた。
「玉鼎真人って……え、もっと大きくて、何より男じゃなかった!?」
「…………」
黒点虎の反応は正常なものだろう。おそらく、崑崙の仙道の殆どが同じ反応をするはずだ。しないのは――――――
「そうですね、そう見えるでしょうね。――――――見えるだけですけどね」
「??????」
「黒点虎に話してもらえませんかね」
「何故?」
黒点虎の反応を見た申公豹は、私へと視線を移して言うが、私はすぐに聞き返す。なぜ、そんなことをしなければいけないのか。
表情を変えずに言った私に、黒点虎は目を丸くして凝視する。
そんな視線を受けても、私の心は動かない。
動くはずもない。
「昔の話ですよ」
私が何も言わないことなど初めから分かっているはずなのに、申公豹は必ず一度は私に話を振る。
結局最終的には自分が言う羽目になるのなら、最初から自分で言ったほうが無駄がないと思うのだが……。
「それで?」
ワクワクといった風の黒点虎。
純粋にただ知りたいと言う表情に、申公豹は話し出した――――私の過去を。
◇◆◇
玉環――――いえ、分かりやすいようにここでは玉鼎としましょう。
玉鼎が崑崙へ来た時、少女の姿をしていました。
「実際女ですけどね」
本来なら女道士は女仙の弟子となり、修行をします。
「けれど……なぜか玉鼎は元始天尊の弟子となりました」
そこにどんな理由があったのか。
本人に聞かなければ分からないでしょうね。
「聞いても答えてはくれないでしょうから話を進めます」
それから玉鼎は、当時唯一の元始の弟子として修行をしていました。
どれだけの期間が過ぎたでしょうね。
長くもなく、短くもなく。
そんなある時、ある仙人が死の淵に瀕していました。
「原因ははっきりしません。一見して、死にそうだとは分からなかったでしょうね」
――――けれど、本人と元始天尊。そして玉鼎には分かった。
「元始ほどの力があれば簡単なことでしょう。本人に分かるのも当たり前。けれど、他の者に分かるほど簡単なことではなかった。では何故玉鼎には分かったのか」
それは玉鼎が、その死にそうな仙人と血が繋がっていたから。
親子、とか兄妹とか。そういうものではありません。それよりは遠く、けれど血縁と言うだけの近さはあった。
「確か、伯父と姪、でしたか」
その近さと……玉鼎が、玉鼎である理由のために分かってしまった。
……………………
結局、その仙人は死にました。他の仙人には気付かれずにね。
「ですが、その後すぐにその仙人は復活しました」
それが、私達の目の前にいる崑崙十二仙がひとり――――玉鼎真人ですよ。
◇◆◇
「え?」
今まで静かに聞いていた黒点虎は、わけが分からないと首を傾げる。
「どういうこと?」
「単純な話ですよ。――――玉鼎は、妲己と同じことをしたんですよ」
静かな声が洞府内に響く。
「妲己と同じこと? …………借体形成?」
「そうです」
ま、妲己のように姿を変えることはできなかったようですけどね。
首をすくめる申公豹と、無言の私を黒点虎は交互に見ている。
ただ、私が否定しないのでそうなのだと理解したようだ。
――――実際は、それが正しいわけではないのだが。
否定はしない。
間違っていても、結局殆どのところまでは正しいからだ。
また、申公豹たちにわざわざ説明したいとも思わない。
思い出したくもないことまで、思い出さなければいけないからだ。
「まあ、そういうわけです。本当の玉鼎の姿はあれではなく、今の姿ですよ」
「ふーん。そうなんだ」
私に確認を取ると言う無駄をせず、申公豹はそう言って話を締めくくった。
「では黒点虎、行きましょうか。そろそろあちらは動きそうです」
「分かった」
そんな会話をしながら、ここには用がないとばかりにこちらを振り返りもせずに出て行った。
……………………
「言うだけ言って……結局何がしたかったんだ、あいつは」
単に、私の今の姿を黒点虎に見せたかっただけなのか?
「……時が来れば、私だって外に出なければいけなくなるんだが」
昔から、あいつの考えることは分からない。
そう思いながらも、私は思い出したくもないことがよみがえってきたことに気付いた。
いや、そうではなく、この体に戻ることが出来たからだろうか。
– CONTINUE –