回顧 中編

 意識が浮かび上がり、最初に目に入ってきたのは記憶の片隅にある天井だった。玉鼎は何故それが目に入ってくるのか不思議に思いながらも、脱力感で上手く体を動かすことが出来ないでいた。まだ上手く動かない頭を働かせようとする――――――しかし、その前に玉鼎に声をかけるものがいた。
 
「気付いたか」
 
「…………竜吉」
 
 ほっと安心したような表情を浮かべる竜吉公主。それにああ、何か彼女に心配をかけることをしたのだと玉鼎は思った。けれど……どうしてここに自分がいるのか。それが分からずにいた。
「竜吉……どうして私は…………?」
「倒れたのは分かるか?」
「……ああ」
「その時にちょうど燃燈たちが部屋を訪れてな。……燃燈がここまで運んだ」
「そうか……」
「皆、心配しておる。――――特に、倒れるところを目撃した太乙と道徳は……それに玉鼎、そなたが血を流しているところを道徳が気付いておった」
「血……?」
 怪訝な表情をする玉鼎。本気で分かっていない様子に竜吉は呆れたようにため息をついた。自分が倒れた理由が分かっていないのはどういうことだろう。確かにそんなこともあるだろうが……今回の玉鼎の場合は理由が理由だ。分からないのは相当困るわけで……。
「この理由で倒れることがあるのは、今玉虚宮にいる者の中では私と玉鼎だけじゃ」
 別に口に出せないことではない。しかし、玉鼎がどう考えているか……少なくとも、竜吉は聞いたことがない。どうしてこんな格好を――――『間違われる』格好をしているのかと言うことと一緒に。
 竜吉の言葉が一瞬分からなかったのか眉を寄せた玉鼎。しかし聡明な玉鼎のことだ、すぐに思い当たる節があったらしい。自身と竜吉のみの共通点――――そして『血』との。
「ああ、そうか。そう言えば……もうそんな時期だったか」
 ふう、と息を吐き出す玉鼎。本気で今まで忘れていたようで、竜吉は呆れてしまう。こんな大事なことを、と。少なくとも竜吉にはそんな思いはあまりない。元々自分は鳳凰山から頻繁に出ることは叶わない。それが嫌だと思ったことはないし、それが今の玉鼎のようなときには周囲を気にする必要はないのだから安心だろう。
 しかし、玉鼎はそうはいかない。崑崙十二仙としての立場があるのだ。今日のように十二仙の会合がある場合などは特に気にしなければいけない。しかも恐らくは『知らない』だろう太乙と道徳の目の前で倒れるまで我慢してしまうなど。それなのに、当の玉鼎ときたら――――
 
「もう少し、自分のことを考えたらどうじゃ。特にこんな日は――――忘れていたのなら仕方がないが、それでもおぬしは崑崙十二仙の一人じゃ。もし何かあったりしては――――」
「何かあるような理由ではないだろう?」
 竜吉の言葉を遮り玉鼎は言う。けれど竜吉はそれに構うことはない。
 
「……玉鼎。太乙と道徳はそなたの『性別』を知っているのか」
 
「…………知らないだろうな」
 
「ならばなおのこと、注意すべきではないのか。そなたは偽ってはいないと言うかもしれぬが……確実に紛らわしい、間違えるような格好や言葉使いを意識的にしているのであれば、それはもう偽っていると言うのじゃ」
 
 きっぱりとした竜吉の言葉。それに玉鼎は反論することはない。いや、出来なかった。竜吉の言葉は真実だったからだ。
 ――――――はあ。
 何も言わない代わりに玉鼎はため息をついた。そんな『彼女』にはどこか諦めたような……なんともいえない表情が浮かんでいた。そして問う。目の前の純血『仙女』に。
「私のしていることは間違っているか?」
「――――――それは分からぬ。玉鼎がそのようなことを行っている『原因』を私は知らぬ。……が、間違っているとも思わない。何か理由があるのならば仕方がない場合もあるだろう」
「『原因』と『理由』か……」
「ああ。しかし、無理に聞き出そうとは思わない。言えぬこともあろう。――――――そなたは」
「竜吉」
 竜吉が続けようとした言葉を止める。その行動は今度は竜吉が何を言おうとしたのか分かり、そしてそれを聞きたくないがためのようだった。玉鼎の声に竜吉は黙る。度々起こることだが……今のような玉鼎が竜吉は苦手だった。普段は仲はいいのだが……それでも時々、今のような話題に触れようとすると、何も確信的な部分は言っていないにもかかわらず玉鼎はそれを察知して止めるのだ。だから竜吉は玉鼎の前でこの話題には……今言おうとした言葉を言ったことはなかった。こんなときの玉鼎は、恐ろしいとさえ感じることがある。
 
「それは言わなくていい。――――――何が言いたいのかは分かっている。が、聞かれても答えない。私自身から言わない限り、決してそれについて口にすることはない」
 
 まっすぐ横になったまま自身を見上げる玉鼎に竜吉は頷いた。仙人と仙人の間に生まれた純血仙女である自分。力は竜吉のほうが上だろう……けれど、こんな時――まっすぐに自身を見る玉鼎と対するとき、ふとそれが疑問に思うことがある。
 
 ――――――ほんとうにそうなのだろうか
 
「分かっているよ」
 それだけしか言えない。反論も何も許されない。そんなかたくなさが玉鼎にはある。それは竜吉にはどうすることも出来ない類のものだった。そしてそれは弟――――燃燈にも言えるだろう。十二仙中、一番玉鼎に理解のあるものに対しても……。いや、十二仙の皆、玉鼎のことは心配しているのだ。知らなぬは当の玉鼎のみ。そして十二仙の中で玉鼎の性別を正確に知らないのは若い道徳と太乙の二人だけだ。他は全て知っている。元々知っていたもの、仙人になった後に知ったもの。その両方の場合があるが。そして他には竜吉と、教主の元始天尊。他のものは恐らく勘違いしているだろう。特に道士の中で知っているものがいるとは思えない。滅多に姿を現さない玉鼎真人。そして玉鼎に用事のあるものもそうはいない。滅多に洞府から出ることの叶わない竜吉の方が訪ねてくるものは多いくらいだ。ただ、それは玉鼎が意図したことだと竜吉は考えていた。証拠はない。けれどそう思ってしまうくらい、玉鼎は己を出していない。
「ただ、太乙と道徳には『勘違い』を正しておいた方がいいだろう。――――後々知ったときに騒ぎになりそうじゃ。それに、本当に心配しておった。他の者はなんとなく分かったようだが……あの二人には言わなければずっと分からないだろう。これから同じ崑崙十二仙として――『崑崙幹部』として協力をしていかなければならないのだ。隠し事は、少ないに越したことはない」
「ああ……分かっている」
 
 もう大丈夫だ。――呼んでくれ。
 
「どうせ部屋の外で待っているのだろう?」
「よく分かったのう」
「十二仙の性格は、竜吉よりは理解しているつもりだ」
 もちろん燃燈は除くが。
「そうだな……」
 玉鼎の言葉に、竜吉はふっと笑ってしまう。確かにその通りだ。さすがに『弟』のことを自分以上に玉鼎が知っているとは思えない。そう思うと、苦笑しながら竜吉は玉鼎の言う通り部屋の扉の向こうで今か今かと待っているだろう者達を呼びに行く。その姿を確認した玉鼎はゆっくりと体を起こした。さすがに横になったまま会うわけにはいかない。困りはしないだろう。しかし、これから話すことを思えば――――幸い、体調は安定している。
 
 心配事はただ、道徳と太乙がどういう反応を見せるかと言う点のみだった。

– CONTINUE –

2018年12月14日

Posted by 五嶋藤子