閉ざしたのは何者か
『もうお止めください!!』
『お父様!!』
宇宙の闇の中、まだ若い―――― 一方は幼いと表現できる声が響いた。
そして、プラント最高評議会議長パトリック・ザラの前に二つの機体が姿を現す。
Nジャマーキャンセラーを搭載したジャスティス――正義――と、パックス――平和――の機体。
そこには彼、パトリック・ザラの二人の子どもが乗っている。
けれど……どんなに最愛の子どもたちの悲痛な叫びも、今のパトリック・ザラには響かない。
「邪魔だ! アスラン! それにチャスカ、お前まで何をやっている!」
通信画面に映し出された二人のパイロットに向かってパトリックは叫んだ。
その声――――内容に、司令室の人間はつられてモニターを見る。
そこにはとてもよく似た――――同じ色のパイロットスーツを着た人物の顔。ヘルメットでよく見えないが、“似ている”と言うことは判断できた。
そして最高評議会議長の呼んだ名前と、機体の名。
ジャスティスのアスラン・ザラ
パックスのチャスカ・ザラ
どちらも最高評議会議長の子にして、ザフトの赤服。――――フェイス。
どこまでも立場を同じとする二人にはしかし、決定的な違いが存在していた。
それはチャスカは現在もザフトに属していることに対し、アスランは離反していると言うこと。
その二人がそろってジェネシスを――――父であるパトリックを止めようとしている事態に、司令室の人間は戸惑ってしまう。
もちろんこの場合、従うべきはこの場にいるパトリック・ザラだ。
しかし、彼の子どもの言うこともまた、正しいことのように思えて仕方がない。
『これ以上ジェネシスを撃って何になるのです! 連合にはもう反撃するだけの力は残ってはいません!』
「止めぬ! ナチュラルを全て滅ぼさなければならぬのだ!!」
『そのようなことをしてもお母様の意識は戻りません!! 大切な人を亡くした市民の悲しみがなくなるわけではありません!!』
ですからもう止めてください。話を聞いてください。
アスランとチャスカが順に言い募るがそれでもパトリックは止めようとしない。
今なお準備が整うのを待っている。
その状態を連合がほうっておくわけもなく、いくつもの敵機が攻撃を仕掛けてくる。
その対象にはもちろんジャスティスとパックスも入っていて、二機は連合の攻撃をかわし、反撃しながらもパトリックの説得を続けていた。
けれどその言葉数が少なくなったことは仕方がないだろう。
どちらもジェネシス――ひいてはパトリックたちを守ろうとしていたので、注意を向ける対象が多すぎた。それでも危なげないところはさすがとしか言いようがない。
それでも時は二人にとって無常にも過ぎ去る。
そう――――ジェネシスが再び撃たれるのだ。
『止めてください!!』
最初に気付いたのはチャスカだった。続いてアスランも気付くが、もう遅い。
『そ……んな……』
ジェネシスの軌道上には何も残らない。
そんな光景を再び目にしたアスランは、モニター越しからも分かるほどに何かを決心した表情を浮かべた。
『チャスカ。ここを頼む』
『はい!』
たったそれだけでこの兄妹の間では通じてしまうのだろう。
アスランは司令室から確認できない場所に移動してしまい、残ったパックスはゆっくりと司令室の前に移動してきた。もちろんその前に周囲の安全は確認済みだ。
『お父様……もう、お止めください』
「止めぬ! まだ……まだ向こうはこちらを撃ってくる!!」
『もうそのような力は残っておりません! プラントは撃たれません。ジェネシスによってそのような力は残っておりません!!』
「止めぬ!!」
チャスカは引き続き説得を試みるが、決して首を縦に振らないパトリックに、チャスカは何か決心したように表情を変える。
そして――――――
『では……これでも止めてはいただけませんか?』
「何を……」
そうしてモニターに写るのは、銃をヘルメット越しとはいえ自身の米神に当てるチャスカの姿。
その光景に司令室にいた人間は息を呑む。けれどMSのヘルメットだ。十分な強度はあるから大丈夫だろうと言う考えを察したのか、チャスカはそのヘルメットを取ってしまった。
現れたのは濃い藍の髪と本気の翠の瞳。
パトリック・ザラの愛する妻に似せてコーディネートされた少女が、安全装置をはずした銃を米神に再び当てるその姿。
「…………っ」
『お兄様、聞こえていますか?』
『ああ』
けれどチャスカはパトリックが何かを口にしようとする前に、側を離れていった兄に声をかける。
『ジェネシスの内部へ行ってください』
『今向かっている。――――――心配は要らない』
『――――はい。お願いします』
「何を……」
司令室内の、誰が口にしたのかはわからない。
けれどその声によって、時が止まったように動かなくなっていた司令室内にパトリックの声が響いた。
「何をするつもりだ、アスラン! チャスカ!」
その声音は悲痛なもので、ここでようやく周囲にいた人間はパトリックが子を思う気持ちは自分たちと変わりがないことを理解する。
『ジェネシスを破壊するのです』
聞こえてきたのは静かな少女の声だった。
『地球へ核を撃てなくするために――――――そのために、ジェネシスを破壊するのです』
「何を……。そんなことをすれば、アスランは……」
『分かっています。ですが、私もお兄様も、もうお父様に核を撃って欲しくはないのです。そのためには、こうするしかないのです!!』
「っ…………」
『そして、ジェネシスを破壊すればヤキン・ドゥーエも巻き込まれるでしょう。ですから今すぐ脱出してください。ジェネシス、ヤキン・ドゥーエの全スタッフ――――――今すぐポットで脱出してください!!』
いつの間に通信をつないだのか。
チャスカのその声はジェネシス、ヤキン・ドゥーエに関わる全スタッフの耳に届いていた。
けれどその次の瞬間。
『っ!!!』
チャスカが米神に当てていた銃を一旦離し、MSを移動させる。そして元々パックスのいた位置を通り抜ける光線。
ジェネシス発射から立ち直ったらしい連合のMSから発射されていた。しかも複数機が確認できる。
さすがに一対複数は難しいようだ。アスランがジェネシスを破壊する時間も考えるともたもたしている暇はない。――――きっと、アスランはジャスティスを自爆させるだろうから。
けれどそのことをパトリックたちは知らない。
知らないからこそ早く脱出しなければならないのだが、この状況では脱出しても連合のMSに落とされるだけだ。
だが、チャスカ一人では連合のMSを相手にしながら説得と、護衛は出来ない。
そう―――― 一人では。
けれどこの場にいたザフトのMSは一機だけではなかった。
『っ!?』
パックスの側面を狙い、攻撃を仕掛けようとしていたMSとパックスの間に一機のMSが割り込んでそれを防ぐ。
『チャスカ、無事ですか!?』
『……ニコル!』
『俺らもいるぜー』
『ラスティ、イザーク!!』
いつの間にかパックスの周囲をチャスカのよく知るMSが囲んでいた。
『ここは俺たちに任せろ。チャスカ、お前は早く!』
『分かってる!!』
パックスに入る通信は、いまだつながっている司令室にも聞こえてきた。
そしてすぐに司令室の前にはパックスの姿。
そしてモニターにはその内部が写る。
再び銃が米神に当てられている。
『今すぐ脱出してください。その後の護衛は、ブリッツなどが勤めます。ですから、早く――――』
「チャスカ、お前はどうするつもりだ……」
パックスが護衛につくならばそう言うだろう。けれどチャスカからはパックスの名は口にされず、しかも声音はまだ何かあると言っていた。
『……全員が脱出したあとは、ジェネシス内部へ向かいます。――――ジャスティスを自爆させようとしているお兄様を迎えに行きます』
「じ……ばく……」
『はい。――――私たちが、核を憎んでいることはご存知でしょう? 私が同じ立場でしたら、同じことをします』
ですから、その時間の確保のためにも早く脱出してください。
それが、決め手だった。
『ポットを連れて急いで離れて!!』
『『『了解!』』』
全スタッフが脱出したとの連絡を受けたあと、そう三機に言うと、返事を待たずにジェネシス内部に向かう。
全速力で内部を進み、見えてきた突き当りに赤いジャスティスはいた。
『お兄様!!』
『――――チャスカ』
近づいていけば、ゆっくりとコックピットが開く。
「全員脱出しました。今はニコルたちが離れたところまで連れて行ってもらってます」
「そうか……よかった」
同じようにチャスカもコックピットを開いてアスランを中へ招きいれる。
そしてすぐに閉めるともと来た道を戻る。
時間はない。
自爆までの時間はジャスティスもパックスもザフトで製作されたのだから同じだろう。
それを考えると、ぎりぎりの時間しか残っていない。
そのために出せるだけの速度を出す。
「……お兄様?」
その操縦桿を握る手に、アスランは手を重ねていた。
「急ぐぞ」
「はい!」
それでさらにスピードが出るわけではない。
けれど、二人が望むのは同じことだ。
二人の父をとめることができた。
残るのは――――――自分たちがその父の前に立つこと。
そうでもしなければ、再び父――パトリックが何をするか分からない。
(それに……)
同時に二人はそれぞれに思った。
自分たちが戻らなければ――――――
– END –