真が絶対なのか
『その方の姿に惑わされないでください』
その声を、セレーナ・マクスウェルは艦のドックで聞いた。
「『惑わせるな』――――――か」
「セレーナ?」
今までオーブ代表の演説を耳にしながらもただ淡々と手を動かしていたセレーナの突然の呟きに、休憩時間だからと来ていたリラ・カナーバは彼女を見る。
それに微かな笑みを向けながら、セレーナはすぐに視線を手元に戻した。
「惑わしているのはどっちだろうね」
「一応、“偽者”が“惑わす者”だとしたら、惑わしているのは“一人で立っているラクス・クライン”じゃない?」
幼い頃から――アカデミーに入る前から“ラクス・クライン”との面識のある二人には、“ギルバート・デュランダル議長のラクス・クライン”が“シーゲル・クラインの娘のラクス・クライン”ではないことは、その姿を見たときから知っていた。
だからこそのリラの言葉だったが……彼女の言葉はどこかあいまいだった。
その意図することを理解したセレーナは、今度こそはっきりとした笑みを浮かべる。
「そう……リラの言葉を基準とするなら――――――プラントにいるラクス・クラインは偽者で、惑わせる者」
最後のほうは幾分声を落として。しかしそんなことしなくとも、ドッグにはセレーナとリラしかいない。ほかの者は二人目の――本人の言うところの“本物の”――ラクス・クラインが現れたときに、他職種の仲間の集まるであろう食堂へ行ってしまった。もちろん、セレーナの許可は得ていたが。
「でも…………“偽者”イコール“惑わす者”と言う図式は、この場合成り立たないだろうね」
偽者のラクス・クラインの“願い”に嘘はないから。
「…………ニュースソースは?」
「もちろん兄様よ」
「なるほどね」
それなら間違いないか。
壁に寄りかかり手をあごに当てながらリラは頷く。けれど“感情”なんていう情報、どうやって調べたの? とも思う。ただ、セレーナに尋ねても「さあ?」としか返ってこないだろうし、リラ自身深く知りたいとは思わなかった。セレーナの兄にはセレーナの兄の、リラにはリラの本分がある。そして軍人である自分たちは、他の軍人の領分に入って邪魔をするわけにはいかない。
――――同じザフトの軍人だから。
そんな風に答えを出したリラに向けていた目を、既に黒く塗りつぶされた画面に移動させてセレーナは立ち上がった。
「“プラントの平和のため”に話し、歌う“偽者のラクス・クライン”と“平和のため”にオーブにつき、そして言葉を発する“本物のラクス・クライン”――――――さあ、プラントを、プラント市民を惑わしているのはどちらでしょう」
「…………何を持って“惑わす”と言うかにもよると思うよ」
「そうね。――――では改めて。オーブについたラクス・クラインは、何を持って『その姿に惑わされるな』と言ったのか」
「“本物”か“偽者”か、でしょう。明らかに」
「ええ……ただ、それだけ」
「確かに姿を偽って、他人に成りすましていたのは悪いことだろうけど……そんなの、分かってて黙ってた私たちも悪いし……」
今まで黙っていたくせに、今更出てくるのも悪くない?
首をかしげ……少しだけ眉を寄せたリラに、セレーナは同意する。
「そうね。私たちにも非はある。もちろん、本人にも。それを棚に上げて『惑わされるな』と言うのは……それじゃあどうして今まで黙っていたのか……」
「こうなることは予想がつくのにね」
ラクス・クラインという存在が、プラントにとってどんな意味を持つのか。
セレーナもリラも、ラクス・クラインの元婚約者――今でもプラント市民の中では婚約者――も。それから他の昔からの友人たちも。皆が知っている。
ラクス・クラインというその存在の恐ろしさを。
誰もが気付いていた。
先の大戦後、本物がオーブへと--地球へと降りたと聞いた時、確信していたわけではないけれど、その可能性は誰もが認めていた。
そしてもし、“用意された”ラクス・クラインが、“本物の”ラクス・クラインが登場してきた時の、その立場の危うさを。
知っていた。
それなのにラクス・クラインは姿を現した。
彼女の身代わりとなっていた少女のために何も手を打たずに。
プラント市民である少女の命を危険にさらしているのに。
「ラクスは……理解しているのかな?」
「していないでしょう。していたら、こんなにあっさりと姿を現さないよ」
「だよねえ……」
リラもセレーナも将来プラントの国政を担う人材として育てられてきた。
そして、“プラントの平和の歌姫”ラクス・クラインほどではなくとも、自分自身の利用価値を十分に理解している。
自身の一言で何がどう動くのかも――――そして、もし自身の名を騙る者が現れたときの危険性を。
さらに――――――それが明らかになった時の、騙った者の生命の危険までも。
セレーナたちの目には、少女はただ利用されているだけに見えた。
実際教えられた情報からも、少女をラクス・クラインとしたのは議長の独断。少女から言い出したことではなかった。
ただ純粋に歌の好きな少女。
ラクス・クラインと似た声を持つプラント市民。
そんな一般人の少女の生命が、自身の行動によって危険な場所に追いやることを、何故ラクス・クラインはよしとしているのだろう。
そんな感情が二人の中に生まれていた。
「確かにラクスの言いたいこともわかるし、議長の言葉も一部疑問に思うところもあるけど……」
実際に被害にあっているし。
「何より――――」
「それを理由にして出て来るのはどうか、と言うことでしょう?」
「そうなんだよね」
セレーナの言葉にリラは頷く。
「どんなに認められないことでも、どんなにそれに疑問を呈したとしても、それなら何故? と言いたくなる。どうして今なの? もっと早く……それこそ偽者が作られる前に、ううん。先の大戦後、地球に降りずにプラントに戻っていれば……」
ラクス・クラインは確かに“フリーダム”を奪取していた。
「けれど、それは公にはされなかったのよ。そして、パトリック・ザラ議長はじめ、強硬派はすべて捕らえられて、穏健派――――クライン派が政権をとった。それなら誤魔化すことなんて簡単に出来たのに」
「実際、多くの資料が戦後のごたごたで“紛失”した」
そのおかげでアスランはオーブに亡命することで決着がついた。
「エターナルも、他のザフト兵も――――――もちろんラクス自身も」
「いくら穏健派が臨時であれ議長になったからと言って、それがずっと続くわけでもあるまいし」
その、“臨時最高評議会議長”の娘であるリラはふっとため息をつく。
実際に、ユニウス条約締結後に議会は解散――――もちろん議長であるアイリーン・カナーバも辞職している。
そして次に議長となったのがギルバート・デュランダル――――偽者のラクス・クラインを作った人物だ。
「戦後プラントに戻って、“歌姫”をやっていればこんなことにはならなかったのに」
「危険な立場に立つのは“本物の”ラクス・クラインだけで済んだのにね」
一般人を巻き込むなんていう、最悪の事態だけは避けられたのに。
「もう遅いけど」
リラの言葉にセレーナは苦笑するしかない。
今の自分たちにはどうすることも出来ない。
艦に乗り、任務のある自分たちには。
一般人とは到底言えない出身の自分たちが何かをしたいと思っていても、その前にザフトの軍人で、指令を受けている自分たちにはどうすることも出来ない。
ただ、彼女の安全を“誰か”が確保してくれることを祈るしかなかった。
だから二人は知らない。
この後、身代わりの少女の生命が多くの銃弾にさらされることを。
その場に安易に足を運んだ“本物”をかばったことも。
二人の考えは及ばない。
ただ、二人の“歌姫”が現れた瞬間、自艦唯一の赤服の乗るMSが艦を飛び立ったことしか知らない。
– END –