ツクリモノノソラ
その、あまりにも無防備な考えにメイリン・ホークは唖然としてしまった。
今メイリンたちは――メイリンとアスラン・ザラとキラ・ヤマト、そしてラクス・クラインはコペルニクス市内にいた。
街に出る際、アスランはメイリンにこの行動の危険性を説明していた。
それは“ラクス・クライン”と言う存在がもたらしているのだが、そのラクス自身がそのことに気付いていない。そして“もしも”が起こった時には、自覚している者よりそうでない者の方が危険度が高い。
それは最後まで言われるまでもなく、メイリンにも理解出来た。
メイリンはCIC担当のため護衛の任につくことはないが、アカデミーで白兵戦の訓練は受けたし、ミネルバに乗艦しているときも規定で訓練していた。何よりそういう教育を受けてきたため、疑問に思うことは無い。
それなのにラクスもキラもそれを自覚していないと言う。
聞いた瞬間、メイリンは目を見張った。
「えっ……?」と微かに声を上げたものの、それ以上言葉が続かない。
その表情を見たアスランが、苦々しげな表情をしていたことだけは理解していたが……メイリンにはアスランの言った内容を理解するのにかなりの時間を要してしまった。
そんなことがありえるのだろうか、と。
“クライン”と言えばプラントでは名門中の名門の家柄。
ラクスの父シーゲル・クラインのプラントでの立場上、ブルーコスモスや反コーディネーターに生命を狙われる可能性は非常に高いことは、一般家庭で育ったメイリンですら分かることだ。
生まれた時からその環境で生き、育った当の本人が理解していないとはどういうことだろう。
そんな風に感じたメイリンに、アスランは表情をそのままにメイリンにだけ聞こえる声で言ったのだ。
『街へ出たらラクスにあわせて彼女と接してくれ』
『え?』
『ラクスとキラにはどんなに説明しても理解しない』
『え、うそ……』
『本当だ』
『で、でもラクス様は“クライン”の……』
戸惑った反応をするメイリンに、アスランはここで唯一話の通じるメイリンにだけ考えを口にする。
『ラクスは何もかも隠されて育ったようだ。……だから、危険性を知らない。今までの危険も、ラクスの知らないところで処理されているようだし、どれだけの犠牲があったかも知らないだろう』
『…………』
『だからこそ、危険なんだ。だからと言って、あからさまに警戒していても、ラクスたちの反応に俺たちが疲れるだけだ』
『はい……』
それはなんとなく予想がつきます。
メイリンの呟きにアスランは頷く。
『だから、表面上はラクスと同じで現状を楽しんでいる風を装ってくれ。ただし周囲への警戒は怠らずに』
出来るかな?
そう問われてメイリンはしっかりと頷いた。
けれど内心では不安だった。
アスランの言う通りに自分は出来るのか……今までにないことに緊張していた。
けれどやらなければならない。
ここで出来ない、と言ってもそもそも白兵戦の可能な、ラクスたちと一緒にいても違和感のない年齢の人間はメイリンしかいないのだ。
聞けば、ミリアリアも元は軍事訓練を受けていない一般人だと言う。
彼女以外に――――いや、そもそもアークエンジェルにもエターナルにもラクスと同年代の“訓練を受けた”軍人はアスランとメイリンしかいなかったのだ。
もし自分が出来ない、と言えばアスランはメイリンにではどちらかだけしてくれと言うかもしれない。もしかしたら置いていかれるかもしれない。ただ、そのどちらもラクスを、キラを、そして何よりアスランをメイリンがいるよりさらに危険にさらすことになるため、出来ないとは口が裂けてもいえなかった。
そして実際に艦を降り、街へ出ると何とかなるものだとほっとしていた。
ラクスのテンションにあわせつつ、周囲を警戒することもそれほど難しくはなかった。
それはメイリンが会話をしているのがラクス一人だったということが大きい。キラの相手をしているアスランは予想通りの二人の言葉に疲れた表情を見せているが、メイリンが微かに視線を向ければ二人には分からないように「それでいい」と合図を送ってくる。
それに(これで良いんだ)と自身の行動に安堵を覚る。しかしすぐに周囲への警戒をさらに強めた。
そんな時、どこからともなく赤い物体が近づいてくるのに気付いた。
それはアスランが気付いてからすぐのことだった。
指定された場所で目にしたのは傍らに立つラクスと同じ姿、声の“ラクス・クライン”。
そしてほんの少し前まで自分が“ラクス・クライン”だと思っていた人物だと気付いたメイリン。
側に立つラクス、そしてアスランと“ラクス・クライン”を演じていたミーア・キャンベルという少女の会話を、メイリンは周囲に気を配り、銃を構えながら聞いていた。
その内容を聞いて、メイリンは何とも言えない気持ちになっていた。
確かにラクスの言うことは正しい。
自分は、自分にしかなれない。どんな時も。どんな理由があっても。
それでも――――ミーア・キャンベルの気持ちも分かる。
そうメイリンは思った。
ただの普通の少女が、憧れの人に近づける。
どんな立場に立たされようと、それはとても魅力的ではないだろうか?
そして愛するプラントのためと言われればなおさら……。
何も持たない……“これ”しかないと思っているものが、プラントのためになるのなら。
そう思ってしまうのもメイリンには理解できた。
メイリンもそう思ってアカデミーに、そしてザフトに入ったのだから。
けれどそれはラクスには分からないのだろう。
プラントの少女たちの憧れるもの全てを持ったラクスには。
憧れるものばかりではないと言うかもしれない。
けれど、自身の生命の危険をまったく考えもしない――――思い至りもしないラクスが言えたものじゃないとメイリンは考えていた。
銃を構え、撃ちながら考えていた。
そしてようやくミーア・キャンベルがラクスの手をとる。
それに安堵した。
どんな人物であろうと、どんな疑問があろうと、今彼女の生命を助けられたことには変わりないから。
アスランに目を向けるとその表情は自身と同じ感情を浮かべていて、よかった、と思った。
ここにいる四人の中でもっとも彼女に近かったのがアスランだ。
“あの”会見のときも真っ先にミーアの心配をしたのもアスランだった。
生命を奪われる可能性を示唆したのも――これはメイリンしか聞いていないことだが――アスランだけだった。
だからそんな表情を見ることが出来てメイリンは嬉しかった。
……けれど、すぐにその表情を変えたアスランにつられてメイリンも警戒をあらわにした。
まだ……まだ、危険が完全になくなったとは言えない。
ここはまだ硝煙の臭いの充満した場所で。
まだ、アークエンジェルに戻るまでは――――
そう思い、周囲を伺うように視線を移動させたメイリンの視界に何かが引っかかった。
ちょうどぐるりと囲むようにある観客席の上段の隅。
姿の見えない――――けれど、よく知っている物の存在をメイリンは認めた。
(……!!)
もしかして、と思った瞬間に、ミーアが動いた。
「危ない!!」
それに意識を奪われて見た先には、死んだと思っていたラクスの命を狙う銃を構えた――いや、撃った女とミーア・キャンベル。
(っ!!!!!)
一瞬の出来事だった。
誰も――――ミーア以外誰も動けなかった。
その瞬間。
パン
銃声と一緒に何かが弾ける音がした。
そして次の瞬間にはアスランが銃を撃った女へ同じように銃を撃っていた。
そしてメイリンとアスランが視線を移した先には――――――頬と足を押さえたミーア・キャンベルの姿。
「ミーアさん!!」
駆け寄ったラクスに少し遅れてメイリンたちも側に走る。
そうして目にしたのは、頬と足に一筋の血を流したミーア。
「ミーア!?」
名を呼ぶアスランたちに、ミーアは顔を上げて微笑んだ。
「…………大丈夫」
しっかりした声にほっとするが、しかし何が起こったのかがわからなかった。
「ちょっと痛いだけだから」
そう言うミーアの傷を見たアスランは「銃弾が掠ったのか……」と呟く。
「とにかく急いでアークエンジェルに戻ろう」
まだこちらを狙っている人間がいるかもしれない。
今いる場所で、命を狙ってきた人間は全てアスランが倒していた。けれど、まだ残党がいる可能性も否定は出来ない。そう考えると、早くラクスとミーアを戻さなければ。
アスランの言葉に皆が頷き、ひとまずラクスとキラ、そしてミーアが来ていた“アカツキ”によって運ばれる。
「アスランさん」
それを見送り、ミーアがラクスを庇うように動いたことで忘れていた事実を思い出したメイリンは、急いでその場所へ視線を向けるがそこには当然のように何もなかった。
勘違いかもしれない。
そう思ったが、軍人として受けた訓練と、そこで身に付けた自分の軍人としての力を“勘違い”で済ませられるほど状況は楽観出来ないことをメイリンは知っている。
勘違いなら勘違いでいい。
そう思ってメイリンは、難しい顔をしているアスランを呼んだ。
「何だ?」
何を考えていたのかメイリンには分からないが、それでも自分の見たものについて話すことが先だ。
「さっき……ミーアさんがラクス様を庇う直前、あっちのほうで気になるものを見て――――――ライフル、だったと思うんです」
もしかしたら、他にもラクス様を狙う人が残っているかも――――。
「――――――」
メイリン言葉に目を丸くしたアスランは、すぐにメイリンの指した方に目を向ける。
もちろんそこには何もないことはメイリンが確認済みだ。
「勘違いかもしれないんですけど、一瞬だったし。ただ、気になってしまって」
「そうか……」
メイリンの一応の断りにもアスランは真剣な表情を変えない。
その反応から、アスランがメイリンの言葉を疑っていないことを知る。
それを嬉しく思っていると、アスランは小さな声で――未だ警戒を解いていないのだろう――メイリンに話し始めた。
「ミーアが助かったのはそのおかげだな」
「え?」
わけの分からない――少なくともメイリンには――言葉にメイリンは首をかしげる。
「おそらく、そのライフルはラクスを狙ったんじゃなく、ラクスを狙った銃弾を狙ったんだ」
「………………えっ」
アスランの言葉に大きな声を上げそうになったメイリンだったが、すんでのところで何とか回避した。
「ど、どういうことですか!?」
「ラクスを狙ったのなら、ラクスは死んでいたと言うことだ。それからミーアも。あの角度じゃ、まっすぐラクスに届くし、あの女の狙った銃弾のコースを考えれば確実にミーアは急所を撃たれていた」
「っ…………」
「けれどラクスはまったく怪我をしていないし、ミーアは銃弾が掠っただけで済んでいる。それが意味することはライフルの弾が拳銃の弾をはじいたと言うことと、その時に割れた弾がミーアに怪我をさせたと言うことだ」
「けどっ、そんなこと出来るんですか?」
それはあまりにも高度な技術が必要じゃないだろうか。
いくらコーディネーターだからと言っても、と口にするメイリンに、アスランは「確かにね」と頷く。
「まあ、確かにいくら腕があっても簡単に出来ることじゃない。――――俺も、出来るかどうかはわからないし、出来るとも……いや、やろうとも思わない。うまくいくとも思えないしね」
「そうですよね」
「けど――――」
頷くメイリンにしかし、アスランは思っても見なかったことを口にする。
「やろうと考えて、実際に成功させるだろうな……という人物を知っている」
たぶん、メイリンが見たのはそいつじゃないかな。
「えっ!?」
「たぶん……だけど、そうでなければ説明がつかないんだよ、今回のことは」
「それは……そうでしょうけど」
確かにアスランの言う様なことが起こらなければ、二人は助からなかった。
けれど、そんな高度な技術を持った人間がいるとは信じられない。
そう口にせずとも表情で言っているメイリンに、苦笑したアスラン。
「……そろそろ戻ろう」
いい加減にしなければ心配されてしまう。
「はい!」
しっかりと返事をしたメイリンは、アスランに続いて……まだまだ警戒を解かないまま劇場を後にした。
– END –