戦争の傷跡

 目の前でメサイアが崩れていくのを艦橋で見ていた者たちは言葉を失った。
 そしてその後撃ちあがる光。
 多くの――――光。
 それが、戦闘終了の合図になった。
 
 
 
 艦長席に座っているエリザベス・ライトナーは戦場となった宇宙にいる全ての艦への通信を開くよう、CIC席に座っているリラ・カナーバに指示する。
 そして通信回線が開かれ、全ての艦が反応したのを確認後、すっと一度だけ息を吸ったエリザベスは口を開いた。
 
「こちらはザフト所属特殊救護艦ナイチンゲール。現在救助活動を行っている全艦、全MSに対し、提案をさせていただきます」
 
 この通信に、ザフト以外の艦の人間は首をかしげた。聞いたことのない種別名を名乗ったからだ。
「こちら特殊救護艦ナイチンゲールは現在宇宙艦に搭載可能な医療技術全てを所持しています。戦艦よりも高度な医療を提供できる状態です。万一、各艦において治療不可能な重症兵が保護された場合、こちらにて治療をさせていただきます」
 戦艦であるとはいえ、そこで治療不可の重傷者が宇宙で生きているとも思えなかったがあえて可能性があるとしてエリザベス・ライトナーは提案した。
 既に艦の人間には伝えてあることだった。
「また、こちらナイチンゲールにおいても救助者の保護が可能です。各艦で保護できる人数には限りがあると考えますので、その場合や、また当艦近くで保護された場合において他艦所属のモビルスーツも乗艦を許可します」
 そう言うと、エリザベスはナイチンゲールの座標を各艦に知らせるよう指示を出す。それに伴ってほぼ全ての艦から了承の返事を得た。
「リラ」
「はい」
 外との通信を切ったあとに、CIC担当のリラの名前を呼ぶ。
「全乗務員にこのことを伝えて。どれだけ来るか、どの程度の怪我人が来るかは分からないけれど、どんなときでも対処できるようにと」
「了解」
「それからパックスも救助に向かうように伝えて」
「はい」
 しっかりと返事をしたリラは、艦内全てに艦長の言葉を伝える。
 そしてすぐに現在この艦唯一のMS“パックス”を送り出す。
 艦橋からその姿を確認すると、ほっとため息をついた。
 これからがこの艦の本番だが、この辺りの宇宙域にいる所属を問わない全ての艦への通信などエリザベスには経験がなかったため、酷く緊張していた。艦橋にいる人間全てが心配していただろう。この年若い艦長が失敗しないかどうか。
 艦長であり、隊長でもあるエリザベスが若いためか所属するメンバーも皆若かった。ほんの一部にベテランが見られるだけで、基本的に若い者がその主力を担っている。何せ現在唯一この艦にあるMSのパイロットが最年少乗務員なのだから。
 救護艦なので戦艦のように多くのMSが所属しているわけではない。
 そもそもナイチンゲールは戦闘後に活動するために武器は基本的に必要ない。ただ、防衛上必要になるので艦自体にも武器は搭載されている。――――必要最低限だが。
 そんな中で未熟な人間ばかりの艦で終わったとはいえ戦闘地域に出るのは酷く緊張を強いられる。
 しかも、ここは最終決戦場。まだ戦闘終了に納得しないものがいるかもしれない。何か仕掛けてくる可能性がある。それを考えると、武器の少ないナイチンゲールは非常に危険だった。しかも今は唯一のMSも出払っている。その状態では決して気が抜けなかった。
 
 けれどその心配もないようだった。
 先の大戦の折もエリザベスを初めとする何人かのクルーがナイチンゲールに乗艦し、戦闘後の混乱の中で救助活動をしていた。
 その時に比べれば事態はスムーズに進んでいるように思える。
 時々入ってくる情報も、それを表している。ただし、プラント本国は議長の安否不明で混乱しているようだ。しかしこれも議会が動き出せば、表面上だとしても少しは落ち着くだろう。
 そう考えている間に通信が入る。
「はい。こちらナイチンゲール」
『こちら“パックス”。ザフト所属艦ポットを回収。乗員を確認。保護をお願いします』
「了解しました」
 通信機の向こうから聞こえてきた声にリラが応対し、一時帰艦したパックスを誘導する。
「パックス一時帰艦します。整備班及び救護班は持ち場で待機してください」
 その言葉を合図に艦全体が忙しく動き出す。
 それは艦橋も同じで、パックスが――ナイチンゲール所属と知ってか知らずか――ナイチンゲールに着艦するとほぼ同時に周辺域で救助活動をしていたザフトはもとよりオーブ所属MSからも着艦願いが入ってくる。
 中には深刻な状況の人間もいたようで、あせった声もたびたび入ってきた。

 MSと戦艦での戦闘は終わったが、ナイチンゲールは別の意味で戦場になっていった。

◆◇◆

『こちらオーブ軍所属“ジャスティス”』
 ナイチンゲール全体が忙しく動いているときに、一本の入電があった。
「は、はい。こちらナイチンゲール!」
 ただ、聞こえてきた名前――一部では声――に艦橋は一瞬時が止まったような空気になった。
 しかしすぐにCIC席から声が上がる。
 それはいくらか上ずっていたが、リラと親しい者にしか分からない程度ではあった。
 ――――――ただし、ジャスティスのパイロットには分かったようで、回線の向こう――画面に映った映像では微かに肩が震えている。
 けれどそれにリラが文句で返す前に止み、硬い声が発せられる。
『現在こちらで重傷人等三名を保護しています。ナイチンゲールにおいての治療、保護を求めます』
 言った表情ははっきりとは見えない。
 しかし微かに判別できるそれは、“厳しい”と判断して差し支えないものだった。
「艦長!」
 どうしますか、と振り返ったリラに、艦橋にいた他のスタッフは目を見張る。
 今まで艦長の判断など仰いでいなかったのだから。しかし“ジャスティス”と言えば先の大戦時、Nジャマーキャンセラーを搭載した機体の名前で、ジェネシスを破壊するために一緒に自爆した機体。――今はないはずの機体の名前だ。けれどそれと同じであるならば、この“ジャスティス”は核搭載機……。
 そこまで考えて、艦橋にいるメンバーはぞっとした。
 確かに核を利用した兵器はこの大戦でも使われているが、先の大戦までも思い起こされる機体があると言うのは……と、皆が思っていた。先の大戦時にも同じ様に救助活動に従事した経験のあるものが多いナイチンゲール。だからこその感情に、リラも自分だけで判断できなかったのだろう。――――たとえ艦長が事前に全ての受け入れを許可していたとしても。
 だからこその問いに、エリザベスは一瞬考える。
 “ジャスティス”は先の大戦のある時期からの記憶を呼び起こさせる。
 
 苦しい――――苦い、辛い記憶。
 
 あれのせいで、苦しんだ人間がどれだけいるのか。幼い頃から仲の良かった者たちの中だけでも相当数いることを知っている。もちろんエリザベスもその一人だ。
 きっと、パイロットが違えば個人的な感情で着艦許可など出さなかっただろうと思うくらいには。
 けれど苦しい思いをしたのはそのパイロットの存在もあったからだ。
 だからこそ――――と、エリザベスは“ジャスティス”との通信回線に割り込むように入った。
 
「――――許可します。CICの誘導に従ってください」
 
『了解』
 本来なら艦長であることを名乗らなければいけなかっただろうが、エリザベスは無視した。
 どうせ“ジャスティスのパイロット”もこちらを知っているのだからわざわざ名乗る必要も感じない。
 そうして許可を得たジャスティスは、吸い込まれるようにナイチンゲールの中へ入ってきた。
「艦長……」
「はい?」
 声をかけてきたのは不安な表情を浮かべた副官だったが、艦橋にいるほかのメンバーも似たような表情をしている。
「大丈夫なんでしょうか……」
 核を搭載している機体がナイチンゲールに入ることに関してか、“ジャスティス”を受け入れること自体にか。
「――――大丈夫よ」
 ジャスティスのパイロットを知らない者には不安があって当然だ。
 けれどエリザベスはよく知っている。――――CIC担当のリラも。
 ついでに、今ジャスティスを受け入れ作業をしているセレーナ・マクスウェルや、重傷者の救護に当たるだろうマリア・エルスマンも。
「ですが……」
「不安なのは分かるけれど、戦闘停止になっているわ。もちろんどれだけで安心できるものではないことは理解しているわ。けれど――――ジャスティスのパイロットなら大丈夫よ」
「その根拠は?」
「そうね――――――」
 詳しく知りたい。
 そうでないと納得が出来ないとの声に、エリザベスは考えてしまう。
 パイロットの名前を口にするのは簡単だ。
 けれど……その名前は今口にすることは出来ない。
 本人が“オーブ軍所属”と言ってしまっているから。
 そう思ってCIC席のほうへ視線を移すと、リラも困ったような表情をしている。
 艦長の視線がリラに移ったのを見て、他のメンバーもCICへと視線を移す。
 皆に見られているリラは、困ったように……それでもしっかりと答えた。

「もし降りてきたらきっとヘルメットはずすと思うんで、整備班に誰に似ていたかを聞いてみればいいんじゃないですか?」
 
「そうね……それしかないかしら」
「あ、あと。分かってもその人の名前を口にしないようにしてもらわなきゃいけませんけど」
 ま、降りてきたらですよ。降りてこなかったら確認のしようがありません。
 一応のリラの断りに、エリザベスもそうするしかないかと納得する。
「…………そう言うことよ」
「は……あ……」
 けれど他は納得できるものでもなく。
 後に本当に降りてきて、ポットから重傷者を降ろす手伝いをした際にヘルメットをはずした姿を見た整備班の人間に教えてもらうまで、艦橋の人間は不安を抱えて過ごすことになった。

– END –

2023年11月11日

Posted by 五嶋藤子