たくさんの色

 メサイアが落ちて、停戦の光が上がり、そうしてたくさんのMSが救助を開始した時、ルナマリア・ホークとシン・アスカは未だ月の上に取り残されていた。
 もしかしたらこのままかもしれない。
 ルナマリアは思ったけれど、さすがにそれはないかとすぐに否定した。
 
 だってメイリンがいるし、ミネルバには仲間がいるし、そして何よりアスランがいる。
 
 きっと彼なら助けに来てくれる。
 そんな自信がルナマリアにはあった。
 理由を問われればすぐには答えられない自信。
 けれどきっとアスランなら、と言う信頼がある。
 あの人はたとえ敵対しても決して見捨てはしない。
 そんな信頼が。
 
「あれは……?」
「え?」
 シンの呟いた言葉に顔を上げると、こちらに向かってくるMS。
 けれどそれはあの赤い特徴的なアスランのMSではなかった。
(でも……どこかで見たことがある)
 どこか古い印象を持つそれ。けれどどこか記憶にあるその姿に首をかしげている間に、そのMSはルナマリアたちの前に降り立った。
 
『あなたたちがデスティニーのパイロットのシン・アスカと、インパルスのパイロットのルナマリア・ホーク?』
 
 コックピットのハッチを開いて顔を出した赤いパイロットスーツとヘルメット。その声はそう年の変わりそうもない少女で、けれど距離があって顔がわからない。
 ただ、どこかほっとする声音だった。
 
「はい」
「そうです」
 
 頷きながら返事をすれば「乗って。ミネルバに行くから」との声が聞こえてきて、目の前にMSの手が差し出される。
 それに戸惑いながら乗った二人は、ゆっくりとMSのコックピットに導かれた。
「え……」
「アス……ラン……?」
 そうしてようやく目にしたヘルメットの中の顔は、ルナマリアがきっと助けに来てくれると思っていたアスランにそっくりだった。ただ、少し幼いくらいで。
「私はアスラン・ザラの妹のチャスカ・ザラ」
 そう名乗った少女は、ルナマリアたちがコックピット内に入ると、ハッチを閉めて、飛び立った。
 とは言え、ミネルバも同じ月に不時着しているため、それほど時間をかけずに行くことが出来るだろう。
「本当は、兄が来るつもりだったみたいだけれど、手が離せないそうなので」
 だから私が来たと言うチャスカに、ルナマリアもシンも、内心でほっとする。忘れられていなかったことに。
 それからはお互い無言でいれば、予想通りすぐにミネルバの艦影が見えてくる。
「――――酷いね」
 その姿を目にしたチャスカがぽつりと呟く。ルナマリアたちは息をのんだ。最新鋭艦ミネルバはぼろぼろの姿で月に沈んでいた。
 そしてそばにはランチが一艘。沈んでしまったミネルバの乗務員が移動したのだろう。確かにあんなぼろぼろの戦闘艦に残っていても、何が起こるかわからない。対策は採っていても“絶対”はないのだ。
「こちら、特務隊フェイス、チャスカ・ザラ。応答願います」
 ルナマリアたちがショックを受けている間にも、チャスカは目の前のランチに向かって通信を開いていた。……一体どこでそのコードを知ったのか不思議に思うくらいスムーズに。
『はい、こちらミネルバ所属アーサー・トラインです』
「あ」
「副長」
『え!? シンにルナマリア!!??』
「…………」
副長!!
声、大きいです!!
『え、あ、うわあ!!』
「「………………」」
 通信機の向こうのやり取りに、ルナマリアとシンは互いの顔を見合わせた。あまりにも副長らしくて……と思いつつ、そんなことを知らないチャスカの様子を伺う。けれどそんなこと気にも留めない様子で、相手が落ち着いたことを確認してから再び口を開く。
「これからシン・アスカ、およびルナマリア・ホークをそちらのランチに移乗させます。その後――――」
『チャスカー聞こえるかー』
「…………ディアッカ」
 チャスカの声をさえぎる、のんびりとした声が飛び込んできた。チャスカの言葉から、それはジュール隊副長、ディアッカ・エルスマンであることがわかる。
「何?」
『イザークから連絡つーか、命令。『ディアッカがミネルバクルーをナイチンゲールに連れていくから、お前は他の救助に当たれ』ってさ』
「…………わかったわ」
 一つだけため息をついてから、改めてアーサーへと向けて言う。
「お聞きになりましたとおり、シン・アスカとルナマリア・ホークを移乗させた後、ディアッカ・エルスマンが特殊救護艦ナイチンゲールへと皆さんをお連れします。その後はナイチンゲールクルーの指示に従ってください」
『りょ、了解しました』
 口を挟むまもなく進められる。気付いたときにはルナマリアたちはランチへと移乗させられており、たくさん聞きたいことが生まれてきた時には既にチャスカの乗ったMSは見えなくなっていた。

◇◆◇

『ザフト認識番号を確認、乗員はしばらくお待ちください』
 ディアッカの乗ったMSの手からランチがナイチンゲールの格納庫に置かれると、すぐに周囲があわただしくなる気配がする。そして聞こえてきた女性の声にほっとしながら待つこと……数秒。
 ランチの扉を開けたのは、ルナマリアたちと年齢の変わらない少女。
 けれど後ろにいる整備班への指示する言葉遣いから、かなり立場が上であることがわかった。
「ミネルバクルー、全員いますね?」
「あ、いや……艦長とパイロットが一人……」
「――――タリア・グラディス艦長と、レイ・ザ・バレル?」
「はい」
「それなら大丈夫です。今、救護室にいますから」
「え????」
「それじゃあ、降りてください。怪我をしている人は救護室へ連れて行ってもらいますので申告してください。あ、それからパイロットは検査のために救護室へ行ってもらいます」
「え!?」
「大丈夫です!! 怪我なんてしてないし!!」
「地面にMSごと叩きつけられた人間の大丈夫なんて信用できません。そもそも、あの“アスラン”相手に無事だった人間を前にしたら、最初に怪我の心配をするのが当然です」
 と、彼女が知っているとは思えないことを口にする。
「な、何で……」
「相手がアスランって……」
「本人が言ってたもの」
 きっぱりはっきり。
 まさにそう言う表現がふさわしい声音でルナマリアたちの言葉は却下された。それ以上の反論を許さないようにランチから離れていった少女は、ルナマリアたちを連れてきたディアッカのMSのそばに駆け寄り……
 
「ディアッカ!! まだ行っちゃだめ!!」
 
 大声で叫んだ。
「ええー、いいじゃんか、まだまだやることがあるんだよ」
 コックピットから顔を覗かせたディアッカに対し、少女は首を横に振る。
「だめよ!! この状態で出すのは許可できないわ!」
「ほんのちょっとの傷じゃねえか」
「そのちょっとが危険なの! いいからさっさと降りてくる!!」
「……へいへい」
 二人が並べばディアッカのほうが年上であることがルナマリアにはわかった。そもそもディアッカは元赤服だ。それに少女は整備班のメンバー……明らかにその立場が違っている。ディアッカに噛み付くなど考えられない。
「お前ちょっと神経質だぞ」
「兄さまとディアッカが気にしなさすぎなのよ!!」
 そう言ってから周囲で様子を伺っていた整備班員に指示し、ディアッカの言った“ほんのちょっとの傷”を修理し始める。
「…………」
 やり取りに気をとられ、呆然としていたルナマリアたち。そんなミネルバクルー――主にルナマリアとシン――に視線を移したディアッカは肩をすくめる。
 そしてすぐに視線をずらして――――
 
「趣味悪いな――――艦長」
 
「ごめんなさい。でも、仕方がないじゃない? セレーナがあの状態の時に話を中断させると、後々面倒なことになるもの」
 くすくすと笑いながらそこに立っていたのは白い軍服を着た……これまた年齢のそう違いそうにない人。
「そりゃそうだがな……あ、こいつはナイチンゲールの艦長な」
 肯定しつつ、最後は近づいていったルナマリアたちに紹介する。
「特殊救護艦ナイチンゲールの艦長、エリザベス・ライトナーです」
 
 …………
 
「は、い……?」
「ら、ライトナーって――――――」
「あら、知ってるのね」
「知らないほうがおかしいです!!」
「そう?」
 首をかしげるエリザベスに、ルナマリアはしっかりと頷く。さすがに現最高評議会議員の名前は知っている。十二人しかいないのだから。そして、エリザベスはその最高評議会議員と同じ苗字――年齢と外見で判断すれば親子。
 それにショックを受けているミネルバクルーに対し、心配そうな表情を向けて尋ねる。
「そんなことより、クルーの中で怪我をされている方は? もしくは戦闘中にどこかをぶつけたとか、そういう方はいますか?」
 先ほど整備班の少女に言われたことを、改めて聞いてくるエリザベスに、ルナマリアとシンはもとより、アーサーたちも首を横に振る。
 それに対し、全員を見渡したエリザベスは小さく頷いて付いてくるようにいる。
「では、これから食堂に向かいますのでそこで待機していてください。パイロットの二人は私についてきてください。検査を受けてもらいますので」
「だ、大丈夫です!! 怪我はしていません!!」
「だめよ」
 再びばっさりと切り捨てられ、ルナマリアたちは立ち止まってしまった。それにエリザベスも立ち止まり、降り返る。その目は真剣だった。けれど、“大丈夫”なのに手を煩わせるわけにはいかないのだ。
「大丈夫です。そ、それに私たちも救助に行かなきゃ……他にもまだ――――」
「残念だけど、ナイチンゲールにMSのストックはないわ。それに、何より“彼”に沈められたのなら検査をしなければいけないの」
 
 彼は生命を奪うような攻撃はしなかったでしょうけど。
 
「使ったMSの力が大きすぎるのよ」
「「っ…………」」
 ルナマリアにもシンにもわかっていた。アスランの乗っていたあれ――ジャスティスの強大さを。
 言われなくとも直に攻撃を受けたのだから知っている。
 でも、それでも自分はたいした怪我を受けたとは感じていないし、何より救助を必要としている人間がたくさんいることを知っている。
 だからこそ自分たちをここへ送り届けたディアッカが、すぐにまた出て行こうとしたのだ。
 しかし、この艦にMSがないと言うのは痛い。実際のところはどうかわからないが、少なくとも先ほどまでいた格納庫に、ディアッカの乗ってきたMS以外のMSを見ることは出来なかった。
 それにこの艦は戦闘艦ではない――――なくても不思議ではなかった。
「……あなたたちが出来ることをしようと思っていることは、いいことよ。けれど、MSを落とされたパイロットを、何の手当ても検査も受けさせずに再び出すことは出来ないの。――――無駄に死なせるわけにはいかないの」
「「…………」」
 言われたことは正論だった。感じていないだけで、ダメージがないとはルナマリアたちには言い切れない。
「行きましょう」
 そう言われ、黙って後を付いて行くしかなかった。

◇◆◇

「「レイ!!」」
「か、艦長~」
 連れて行かれた先、赤くランプのともされた扉の前に艦長とレイの姿を見つけて、ルナマリアとシン、二人のお目付け役としてアーサー、そしてミネルバの救護班の人間が駆け寄った。
 救護員たちは先ほどエリザベスの言った「出来ることをしようと思っていることは、いいこと」と言う言葉に、手はないよりもあったほうがいいだろうと判断して付いてきたのだった。その他に整備班のメンバーが、食堂へ向かう途中で回れ右をして格納庫へと手伝いに向かっていた。残ったメンバーは、食堂で待機している。今はまだ、人員は間に合っているからとエリザベスに休憩をしているように言われていた。
「レイ、怪我したの!? 大丈夫なの!?」
 駆け寄ってからレイが頭に包帯を巻いていることに気付いて、ルナマリアはぞっとした感覚を味わいながら尋ねた。
 シンも同じようにレイの顔を覗き込む。
「ああ……手当てはしてもらったし、検査では大丈夫だと……」
 ぼんやりとした、普段のレイからは想像の付かないほど弱々しい声ながら、それでも言われた内容にルナマリアたちはほっとする。
 そんな彼らをタリアやエリザベスが優しい瞳で見ていることには気付かないまま、ルナマリアとシンはレイを抱きしめた。そして「良かった」との言葉に、レイはぽつりと「すまなかった」と、そう言って涙を流したのだった。
 
 
 
「――――――まだ、終わらないようですね」
「ええ……あの人の傷を見たときに、時間がかかるかもしれないとは言われていたから」
 エリザベスとタリアの会話に、ようやく顔を上げた三人は、それぞれに異なる表情を浮かべる。
「あの、一体……」
「ああ、あなたたちは知らないのね」
 そう言えば、と口にしたのはタリアだった。それにエリザベスが続ける。
「ここで治療を受けているのは議長よ」
「「へ?」」
「ええええええ!!!???」
「アーサー!! 声が大きいわよ!」
「す、すみません!」
「……………………ふ」
 タリアとアーサーのやり取りを見ていたエリザベスの口から漏れたものに、ぱっとその場にいた全員が視線を彼女に移す。
 そこには手を口に当て、笑いをこらえているエリザベスの姿。
「…………あの、」
「あ、ああ、ごめんなさい。なんだか面白くて――――」
 謝っているものの、笑いを収めることはしないエリザベスに、まあ、仕方がないよねとルナマリアは思う。
(だって艦長と副長の会話って、大体が漫才みたいだし)
 決して口にしてはいけないことだとわかっているから、今まで一度ももらしたことはないが。

「面白いのはいいけどー、こっちにまで聞こえてるよー?」

 本日何度目かの突然の登場。
 今回は目の前の扉――赤いランプはいつの間にか消えていた――から、金髪に褐色の肌の――――
「マリア、終わったの?」
「終わったよ。あとは本人次第。ま、男性であれだけの体格なんだから体力は十分にあるだろうし、心配はないよ」
「そう、それじゃあちゃんと見張ってて」
「了解~」
 そう言いながらも肩をまわすその姿は、どう見てもルナマリアたちと同年代……しかし、その格好は“軍医”のもの。
「ギル……は?」
 ルナマリアが内心で驚いている横で、レイが小さな声をあげた。
 その瞳は心配の色を浮かべていて――――
「大丈夫だって言ったよ? ま、すぐに意識が戻るとか、まして起き上がれるってことはないけど、生命は助かった、といっていいでしょ」
「そう……ですか……」
 良かった、と呟く。
 そこでようやくと言っていいほどに、レイの議長に対する想いをルナマリアは実感した。それは親愛? それとも別のもの? その答えは出なかったが、今までの発言よりもよりしっかりと実感できたのは事実だ。それでも何故か、そのことに安堵している自分がいることに、ルナマリアは気付いた。今まではただ“議長の命令”をただ聞いているだけのように感じていたのも事実。ザフトの軍人として、当然だと言う刷り込みのような、そんなものを感じていた。けれど今、レイは心の底から議長を心配している。そして今までに見せなかった表情。それらがルナマリアのレイへの認識を変えていた。
 それにうれしさがこみ上げてくる。
 よかった、と思っていたルナマリアに――正確にはルナマリアとシンに“マリア”と呼ばれた軍医の少女が向き直る。
 
「さて、じゃあ次はあなたたちの番」
 
「「え?」」
「検査だよ。さっさと済ませるからね!」
 こっちは忙しいんだから、と右手にシン、左手でルナマリアの腕をつかむとずるずると引きずって隣の部屋へと向かった。
「え、ええ!!??」
「ちょ、ちょっと、まって!!」
「待たない待たない」
 そんなやり取りをしつつ……二人はしっかりと、体の隅々まで検査をさせられた。
 これは、一見して外傷のない人間に対する検査ではないのでは? と思うほど、隅々まで。
 
 
 
 
 
 その後、“マリア”がナイチンゲールの軍医の中では一番立場が上で、何より自分たちをここまで連れてきたジュール隊副長ディアッカ・エルスマンの妹であるマリア・エルスマンだと聞かされたルナマリアたちの叫びが艦内響き――――たまたまナイチンゲールに寄ったアスランと戻ってきたチャスカが駆け込んできて、更なる騒ぎになったのは別の話。

– END –

2020年10月27日

Posted by 五嶋藤子