悪魔の去ったあと

「酷い…………」
 ベルリンに降り立ったマリア・エルスマンの第一声はそれだった。
 
 
 ユーラシア、ベルリンで巨大MSが暴れ、多大な被害を出した。
 特殊救護艦ナイチンゲールは至急向かうようにとの命令に従い、それまでいた基地を飛び立ってから約半日。
 たどり着いた先は瓦礫と焼け焦げた死体の山だった。
 
 なぜこんなにもひどい状態なのかは戦闘の映像を事前に見せられていたからわかっている。わかってはいたが、実際に見るのとはやはり違う。映像がMSや戦艦から映したものであったからでもあるだろうが。
 
「事前の打ち合わせ通りに!!」
「「「はい!!!!」」」
 
 しかし、ただ茫然と見ているわけにもいかない。
 マリアたちがここへ来た目的を果たすためには今すぐに動きだすべきだと、マリアは待機していた医療班に指示を出し、負傷者の治療のために用意された場所へ急いだ。
「エリザベス!! 後はよろしくね!!」
「ええ、わかっているわ!!」
 現状最優先で必要なのは救助班と医療班だ。
 ナイチンゲールにはMSパイロットは護衛以外おらず、その護衛も兼任のため、別任務で現在ナイチンゲールにはいない。
 MSが必要な救助は今この場にいる他のザフトの部隊に任せ、ナイチンゲールは医療スタッフの提供を行うことになっている。残りの隊員は他の部隊との折衝と、救助がひと段落してからの生活再建支援のための準備を行うことになっている。
 そのためにマリアたち医療班が真っ先に動いたのだが、たどり着いた先は負傷者であふれかえっていた。
 
「ナイチンゲールの医療班です!!」
 
 マリアが声を張り上げると、他のザフトや救助隊、医師と思われる人物が振り返った。
「「「こちらへお願いします!!」」」
「「「了解!!」」」
 複数の声が上がり、それに応えるようにナイチンゲール医療班は数か所に分かれた。

◆◆◆

 それからどれだけの時間がたっただろうか。
 マリアたちは陽が昇る頃にベルリンへ着いた。
 それからずっと負傷者――ほぼ重傷、重体の市民を治療してまわった。
 医療テントは複数ヶ所に用意されていたものの、被害状況を見れば到底足りるものではない。
 それでも可能な限り治療し、時々ナチュラルの医師たちを休憩テントへ押し込み、マリアたちよりも前に救命活動に従事していたザフトの軍医、看護師も無理やり休ませ……それでもナイチンゲールの医療班は真夜中まで動いていた。
 直前まで補給のために隊員には休暇が与えられていたし、そういう時のナイチンゲール医療班は基本休息を選択する。ナイチンゲールは特殊救護艦――艦の主戦力は医療班だからだ。そして何より長時間医療行為に従事できるように訓練もしていた。
 それでも休息は必要になってくる。救命のために体力の消耗は激しいとされるからなおさら長時間の活動は、訓練をしていても難しい。
 だから――――
 
「マリア、休め」
 
「…………アスラン!?」
 
 ほぼすべての隊員に休憩を指示してひとり残って急変に備えて見回りをしていたマリアの背後から名前を呼ばれても、すぐには反応できなかった。
 ようやく振り向いたそこには数年ぶりに会う幼馴染の顔。
「何してるの!?」
「――――そっくりそのまま返すよ」
 マリアの反応にため息をつきながら、アスランは答える。
「私は見回り」
「休憩を取らずに?」
「だってほかのみんなは休憩中だもの。でも、容体の急変があったら困るし」
 ここ、ナースコールないし。
 そんなことを言うマリアに、アスランは心配した通りだとため息をつく。
「それより、アスランはどうしてここへ?」
 アスランがザフトへ復帰したことは聞いている。新造艦に赤服のパイロットとして配属されたこともマリアは兄に聞いていた。
「この戦闘にミネルバがかかわったからな」
 
 ――――――
 
「そうだったね」
 そう言えば、と、ベルリンに向かう途中の報告でミネルバの名前を確認したことを思い出したマリアに、アスランはため息しか出てこない。
「ここは俺が見ているから、マリアは休め」
「え、無理。みんな休憩中だもの」
「だからと言って、頭の回っていないマリアがいても反応が遅れるだけだ。負傷者の容態変化なら俺もわかる。その時は起こすから休め」
「…………」
「エリザベスの――――隊長命令だそうだ」
「会ったの?」
 アスランの口からエリザベスの名前が出てくると、何とも言えない気持ちになったマリア。
「会ったが……?」
 それがどうかしたかと首をかしげる。
「や、何もなかったならそれはそれでいい……」
 よくよく考えればこの二人は始終こんな風だった、と今更ながらに思い出したマリア。私が望んだ風には絶対にならないな、と思ってふうと息を吐いた。
「じゃあ、ちょっと休んでくる」
 ふっと気を抜くとふらついたのをようやく自覚したマリアは、アスランに休憩所の位置を教えるとそちらへ向かって歩き出した。

◆◆◆

 マリアが目を覚ましたのは陽も高くなってからだった。
 
「アスラン!!!! 起こしてって言ったじゃない!!!!!!」
 
 寝過ごした! と血の気のひいた顔で飛び起き、休憩所を飛び出せばたまたまエリザベスと一緒にタブレットを覗いているアスランに出会った。
 そして反射的に叫んだのだが、当のアスランも、その真横にいたエリザベスも表情を変えることはなかった。
「明け方に容態の変化があった負傷者は出たが、起きて来たベルリンの民間人医師とナイチンゲールの看護師に知らせたぞ」
「私に知らせるって――――」
「ちょうどその二人に任せる方が早かったんだから、いいだろう?」
「…………」
「マリアは、いい加減他人に任せることもしないと」
 医療班の体調を心配してるのはわかるけれどね。
「自分の管理がおろそかになってはいけないわ」
 普段からマリアの行動をよく見ている――ナイチンゲールクルーを管理する立場のエリザベスはここぞとばかりに注意する。
「ちゃんと休めたか?」
「…………もうこれ以上眠れないくらいには」
「ならいい」
「よくないよー」
 そう言いながら多少乱れている服と髪を整えると、マリアは視線を多数の負傷者がいる方へと向ける。
 
「状況は?」
 
 完全に軍医モードになったマリアに、アスランとエリザベスは顔を見合わせると頷き合う。
「今はまだ落ち着いているわ。――ただ、救助活動は続いているから、また負傷者は増えるだろうと言うのが大方の予想よ」
「あと一日――――それまでに出来るだけ多く救助しようと動いている。ミネルバも人員を出したから、運ばれてくる人は増えるだろう」
「了解!」
 そこまで聞くとマリアは駆け出した。

– END –

アスランの言った『あと一日』って言うのは、災害時の72時間以内の救助とそれ以降を比べると救命率が下がるって言うあれです。

2018年12月21日

Posted by 五嶋藤子