それぞれの道

 戦後、様々な会議、裁判など戦後処理が終わるまでミネルバクルーには自宅待機が言い渡されていた。
 時々会議や裁判で証言が必要になる時以外の外出は許されなかった。
 大半のものがザフトの寮に部屋があったため、生活をするうえで問題がなかったことも、このような対処になった理由である。
 そして戦後処理がすべて終わり、新しい最高評議会をはじめとするプラント政治の新体制が動きだし、ザフト内の改編も終わった翌日、元ミネルバクルーは全員がアプリリウスのザフト軍港に停泊中のジュール隊の旗艦・ボルテールに集められた。
 
 全員がそろうのは本当に久しぶりで、むしろどうしてこれだけの期間がたってから集められたのか、と言う疑問がクルー全員が思っていたことだった。
 ただ、部屋の壁に沿うようにジュール隊隊員が並んで立っており、クルー同士で会話をするのもためらわれる雰囲気だった。
 と、そんな中扉が開き、白と黒の軍服を着た人物――――ジュール隊隊長イザーク・ジュールと副官ディアッカ・エルスマンが入ってきた。
 停戦後――――正確には救助後に収容されたナイチンゲールを降りた後、様々手を尽くしてくれた人物の内の二人が現れたことでクルーは背を伸ばして二人に向かう。
 
「全員そろっているな」
 
「はい!!」
 イザークの言葉に代表してアーサー・トラインが返事をすると、イザークは一つ頷いてからディアッカが持っていた書類を受け取る。
「これより元ミネルバクルーの人事を言い渡す。各々確認後、本日をもって各任務につけ」
「「「はっ!!!!」」」
 静かな声にクルーは敬礼で返す。――――ミネルバ隊は解散される。と言うのは、戦後処理を見ていれば自ずと理解できる。覚悟はしていたものの、一抹の寂しさを覚えるのは仕方ないだろう。わかっていたことでもあるし、イザークやディアッカがミネルバクルーのことを気にかけてくれていた――特にパイロットたち――ことを知っているので、彼らから伝えられるのであれば、それはしっかり受け止めようと思っていた――――そのための敬礼であり、返事でもあった。
 そんなクルーの様子を確認したイザークは一人一人の名を呼び、移動先を告げてから任命書を渡して行く。
 
 
 基本的に皆の移動先はバラバラだった。地球にあるザフト軍港、プラント内の軍港、宇宙域・地球にて任務を請け負っている隊と様々だ。稀に同じ隊への移動であっても必ず所属艦が異なり、職種が違っていたため交流自体生まれないようになっていた。しかしそれに対し疑問を浮かべるものはいなかった。
 

「次、レイ・ザ・バレル」
 
 
「はい」
「…………レイ・ザ・バレルはニコル・アマルフィが隊長を務めるアマルフィ隊MS パイロットに任命する」
「はっ!!」
 一瞬目を見開いたものの、レイはすぐに気を取り直して任命書を受け取った。それを見た元ミネルバクルーはほっとした表情を見せる。――――ニコル・アマルフィもまた、戦後ミネルバクルーを気にかけていた一人だ。
 
 
「次――ルナマリア・ホーク」
「はい!」
「ルナマリア・ホークはジュール隊MS パイロットとしてここ、ボルテール所属とする」
「…………は、はい!!」
 レイよりも長い時間目を見張っていたが、イザークににらまれてようやく返事をした。その表情を目の前で見ていたディアッカは笑いをかみ殺していたが、それに気付いたイザークはしかし無視して、今までのクルーとは異なる言葉をかけながら任命書を渡す。
「シホ」
「はい」
 呼ばれたのはイザークの信任厚いシホ・ハーネンフース。しかしイザークはシホに目を向けることなくルナマリアを見る。
「ルナマリア・ホークはシホ・ハーネンフースについてジュール隊の任務に当たれ。貴様の行動のすべての責任はシホ・ハーネンフースがとることになる。――――そのことを理解しておけ」
「は、はい!!」
 厳しい言葉に――今まで言われなかった言葉にルナマリアは表情を硬くして答えた。それに一つ頷いて、イザークはルナマリアを下がらせ、シンを呼んだ。
 
「シン・アスカ」
 
「はい」
 
 現在ザフトで最も立場が微妙なMS パイロットと言えばシンだ。そんなシンがどこへ配属になるのか――――全員が息をのんでイザークの言葉を待った。
「シン・アスカをエリザベス・ライトナーが隊長を務めるライトナー隊。そのライトナー隊が任務につく特殊救護艦ナイチンゲールへ配属する」
「……………………」
「シン・アスカ、返事は?」
「あ、はい!!」
 MS パイロットの中で唯一の戦艦以外への配属――――非戦闘員を見ても医療系隊員以外で唯一戦場へ出ない場所への移動に理解が追い付かなかったのか、シンは返事が遅れた。ただ、他のクルーもその内容に驚いた表情を浮かべている。
 シンに命令書を渡したイザークはそのままシンを下がらせる――――が、その途中で静かに、だがはっきりと言った。
 
「現在までナイチンゲールの護衛として配属されていたMS パイロットはシン・アスカがその任に着いた時点で任務終了とし、ナイチンゲールを降りて別の任務につく。――――つまり、ナイチンゲールにいるMS パイロットはシン・アスカ、貴様だけになる。――――そのことと、自分の立場をよく理解したうえで任務につけ」
 
「――――っ、はい!!」
 軍人なので白兵戦はできる。しかしMS に乗って戦うことはできない。そんなクルーの中で唯一MS に乗り、戦えるシン。戦争は終わった。しかしだからと言って平和になったか、と言われれば否、と答えるしかない現状、それがどう言う意味を持つのか、シンにわからないはずがなかった。――――シン自身がどんな立場にいるのか、戦後処理が行われている中で幾度も証言を求められた場で、嫌と言うほど思い知っていた。
 
「――――最後に、メイリン・ホーク」
「はい」
 
 大戦中、アスランと共に脱走兵となってしまったメイリン。しかしアスランの証言と、彼の幼馴染たちの尽力によってザフト脱走の罪は“なかった”とされた。そこに至るまでメイリンにも様々な場で証言を求められたが、“なんとか”罪はない、と言うところまで行ったと、自宅待機中のクルーには知らされていた。
 ただしその立場の難しさはシンと同じかそれ以上だろうと誰もが認識していた。そんなメイリンが最後に呼ばれたのもまた、当然だったのだろう。
 
「メイリン・ホークは特務隊FAITH チャスカ・ザラの下につくことを命じる」
 
 …………
 
「は、はい!!」
 
 イザークの言葉に静かになった室内。元ミネルバクルーはもとより、壁に沿って建つジュール隊隊員ですら目を見張った。
 それだけの言葉だったのだが、あまりにも長時間固まってしまったメイリンにイザークがひとにらみすると、すぐに返事が返ってきた。
「特務隊への異動ではなく、チャスカ・ザラの指示下に入ると言うことだ。メイリン・ホーク、今後チャスカ・ザラがお前をどう扱おうと、止められるものはいないと思え。この度チャスカ・ザラは特務隊で最古参となった。――――特務隊は全員横並びだと言うのは現場では幻想だ。――――そして白服と特務隊、たとえ特務隊が赤服だとしても、現場では特務隊が上だ」
 ――現場の、現在のザフトの実質トップの力を持つのはチャスカ・ザラだと言うことだ。最高評議会議長や国防委員長であれば止められるが、イザークは“現場では”と言った。普段任務につく中で関わる“軍人”の中でチャスカ・ザラより上の人間はいない――――そう白服のイザークは言ったのだった。たとえイザークが対外的にザフトの実力者だと思われていようと、ザフトの現実はこうだ、と言ったも同然だ。その言葉を理解したとき、元ミネルバクルーは全員顔から血の気が引いた。
 
 チャスカ・ザラはアスランに近い人間の中でミネルバクルーとの接触が唯一なかった、と言っても良い人物だ。会話をした、と言うのが戦闘終了後、救助された時であるし、それもすぐにディアッカと交代していた。シンとルナマリアは直接会話をしたものの、事務的に近いものであった。メイリンに至っては直接会ったことがない。
 戦後処理の最中も、ミネルバクルーを気にかけていた人間から名前が上がることはなかったし、本人からの接触もなかった。
 しかしそれは仕方がないことなのかもしれない。
 チャスカ・ザラはアスラン・ザラの妹だ。兄妹仲は良いと聴くから、大戦中のアスランの状況を考えると、ミネルバクルーに良い感情を持っているかと聞かれれば、持っていないはずだ、と誰もが思っていた。
 そんな所へ、メイリンの配属は不安しかない。
 彼らはチャスカの性格を知らないし、イザークたちの誰も教えなかった。
 任命書を受け取ったメイリンの顔色が白くなっていたことに気付いたが、イザークもディアッカも何も言わずに送りだしたのだった。

2020年10月27日

Posted by 五嶋藤子