はがされた虚飾

「なぜ、こんなことを……貴女は議長直属の――――」
「フェイス、ですよ。ですが、私をフェイスに任命したのはパトリック・ザラ元最高評議会議長――――現最高評議会議長ではありませんよ、ラクス・クライン議長」
「それでも……それでも貴女が議長直属であることには変わりはありません! なのに何故っ……」
「――――勘違いなさっているようですが、私は私の“信念”を持つからこそフェイスとしてザフトに存在しています。フェイスであると言うことは、そういうことです。私は私の信念を貫くために、そしてパトリック・ザラ元議長はその信念を認め、そのために力を行使することを許したからこそ、若輩者の私がフェイスとなれたのです」
 淡々と響く声。
 それにラクス・クラインも、ザフトの司令官の白い制服を着ていながらその直属の部下のキラ・ヤマトも――――――ラクス・クラインよりの人間は皆、ただ聞いているしかない。言葉を封じられている。そんな声だった。
「フェイスは確かに議長直属です。しかし、議長の繰り人形ではありません。フェイスというのはただ、通常の命令系統には属さない、その一個人がザフトのために――――プラント市民のために一番だと思うことを誰にも強制されずに行うことが出来る――――もちろん議長の命があればそれを優先することもあります。ですが」
 
 貴女がそれを私に強いたことはありますか?
 
「何より、軍法に記されていますよ? ――――“フェイスは任命せし議長の意を持ってその力を発揮する。議長交代の後もそれが変わることはない”。つまり、自身の意をフェイスに反映したければ、新しいフェイスを任命しなければならないと言うことです」
 
 それまでのフェイスが普段、新議長の意を汲んで行動することはないと言うことです。
 
 こんな大事なことを知らなかったのか、と言っていた。
 ザフトに対し、議長が全ての権限を持っているわけではない。しかし、フェイスは議長直属の軍人として存在する。ならば、知っていなければならないだろう。それが議長であることの義務だと、ラクス・クライン議長の前でフェイスは言う。
 
「前議長の任命したフェイスとは言え、議長直属には変わりません。その人事も、議長の思いのまま――――そして、それにフェイスは異を唱えることは出来ません。そう……フェイスを任命するも、罷免するも議長の意思ひとつと言うことです。そして先の大戦以降、どの最高評議会議長も私を罷免しませんでした。あなたもそうです、ラクス・クライン議長。
 あなたは私を罷免しなかった。私の力をあなたの意を汲むフェイスとして使いたければ、一度罷免し、その後改めてフェイスに任命しなければならなかった。けれどそれをあなたはしませんでした。――――つまりあなたは私の“信念”を認めたことになる。それまで私が行っていたことを認め、今後も続けることを願ったことになる」
「そんな! だからと言って!!」
 叫ぶ議長に対し、フェイスのチャスカ・ザラは淡々と事実を並べる。
 その姿――翠の瞳に何の躊躇いも浮かんではいない。
「私の行動に、相手が議長であると言うことは何の障害にもなりません。躊躇いにもなりません。なぜなら私はフェイスであることと同時に、ザフトの軍人であるから。ザフトの軍人はプラントのために、プラント市民のために存在し、その力を使うのです。それ以外に力を振るうことはありません。それが私たちザフトの意志であり、誇りなのです。
 ならば、プラント市民のためにならないことであれば私は議長であろうとも――――いいえ、プラントの代表である議長であるからこそ、その“信念”を貫いたのです」
「けど、どうして君はラクスばかりっ!!」
 そこまで言ったとき、議長の横から割り込んでくる声が上がる。――――白いザフトの司令官服を着たキラ・ヤマト。その瞳は揺れていた。“親友”にとても似たフェイスの、チャスカ・ザラの口からこぼれるラクス・クラインを断罪する言葉に恐怖を覚えながら。
 けれどそんなことでチャスカ・ザラの表情が変わることはない。――――いや、そのあまりにもはっきりしない言葉と、あまりにも感情的なその声に不快にはなったがそれを表に出さないだけだった。
「そうでしょうか? 先の大戦の折、パトリック・ザラ元最高評議会議長の行ってきたことの詳細が明らかになったのは何故だと思いますか? 今回の大戦の折も、ギルバート・デュランダル元最高評議会議長の行ってきたことが――秘され、破棄されていたものが出てきたのはなぜだとお思いですか? ――――――私は、何もしていなかったわけではありませんよ。表に出なくとも――――表に出ない物だからこそ、時間がかかるのです。ですが、間に合ったでしょう?」
 
 戦後の復興において、ギルバート・デュランダル元最高評議会議長を“悪”とするのに、間に合ったでしょう?
 
 静かな、けれど冷たい声だった。
 それに周りのものは背中に冷たい汗をかきながら、ただ聞いているしかない。
 それ以外に、何も出来なかった。
 それは彼女の視線か、それとも言葉か。
 どちらにしても全ての話が終わるまで聞かなければいけないと、無意識に思わざるをえないものを感じていた。
 
「ですから、私は今回も最高評議会議長(あなた)の事を調べたのです。あなたの周囲を。あなた方が行ってきたことを――――――そして、証拠が全てそろったこともありますが、もうあなた方の行っていることを見過ごせる状態ではなくなった。プラント市民のために存在するザフトの人間として、見ない振りをするにはあなた方の行いはあまりにも大きすぎた。そのために、私は今回の行動に移ったのです」
「っ…………」
 チャスカ・ザラと似た環境で――それ以上に恵まれた環境で育ったラクス・クライン。この中では唯一、チャスカ・ザラに反論の声を上げることの出来た人間であったのに、そんな彼女も元婚約者と同じ翠の瞳に見つめられて、言葉が出てこなかった。
「あなた方のためにこれ以上、ザフトがプラント市民を裏切り続けるわけにはいかないのです」
 
 守らなければいけない市民を守れないザフトなど、ザフトではないのです。
 
「違います! わたくしたちは、プラントに住む皆さんのために――――」
「だから、市民から頂いた税を横領したと言うのですか?」
「横領などしていません!」
「横領でしょう。私の提出した書類は読んでいただけましたか? ザフトが使わせていただく税金で購入した部品、ザフトの者の給料に使わせていただくはずだった税金そのものが、ザフトに残っていないのです。その行く先はラクス・クライン現議長が纏め上げた、ザフトとは一切関係のない“ファクトリー”……そこで造られたものは一切ザフトの力となっていない。これを横領と言わずに何と言うのですか?」
「それは平和のために……!!」
「“平和のため”なら市民を欺き、ザフトに――――プラントを守るザフトにその力を向けて良いと言われるのですか? その税金は、市民が市民自身を守るために使ってくれと納めてくださったものなのに。何故、“平和のため”なら市民の命の危険にさらすことも良いと言われるのです?」
 激高もしない、静かな声だった。
 自身の行ってきたこと、自身の纏め上げたものが行ってきたことを肯定できる者たちの言葉に、それを認められなければ感情をあらわにしてもおかしくない状況で、それでもチャスカ・ザラは冷静だった。その内で、どんなに嵐が吹き荒れていようともそれを一切表に出さないその姿。チャスカ・ザラの後ろで、チャスカ・ザラの行おうとしていることに同意し、協力しようと待っている者たちはその姿に恐ろしいものを見るような……それでいて揺るがないその姿に自分たちの行いが正しいのだと――――プラントに住む市民のためなのだと言う思いを強くする。
 どんなに“英雄”である“平和の歌姫”であろうとも、許されないことなのだ、と。
 許されてはいけないものなのだ、と。
 けれど
 
「わたくしは、プラント市民の皆様が投票して選ばれた最高評議会議長ですわ。プラント市民が、認めたのですよ?」
 
 その言葉に動揺した。
 そしてラクス・クライン側の人間は歓喜した。
 ――――それはとても短い時間だったけれど。
 
「そうですね。それは認めます。けれど、それはあなた方の行ってきたことが知られていないない状況でのことです」
 
「!!!」
 チャスカ・ザラの言葉に、場の雰囲気は一変した。
 誰もがそれを知っていたはずなのに、あまりにも“ラクス・クライン”=“平和の歌姫”という図式が刷り込まれていたため……誰一人として“その状態での市民の選択”を考えてはいなかった。どんなときでもラクス・クラインは支持される――――と、たった一度の市民の選択で考えていたのだ。
「けれどそれは、施政者としてあまりにも市民に対して失礼ではありませんか? 私も政治家の娘として育ちましたから、政治家が身奇麗だとは言いません。ですがそれでも限度と言うものがあるでしょう。何より、先の大戦で“戦犯”とされた私の父パトリック・ザラですら、あなた方のようなことはしていませんでした。ええ、あなた方のように横領して造ったものでプラントに力を向けたりはしていなかったのです」
「…………っ」
「これ以上の反論は、取調べにおいてお話ください」
 その言葉に、待っていましたとばかりにその後ろに待機していた者たちが動き出す。
 チャスカ・ザラの言葉に何も言えないラクス・クラインとキラ・ヤマト。そしてラクス・クライン側につき、力の保有に協力した者たちは全てその場で捉えられた。
 抵抗するものは数人がかりで。
 そのために多くの者たちがこの場にかり出されていた。
 この場にいないクライン派を捕らえるために、別行動を取っている部隊も存在する。
 その指揮は各隊長が執っているが、全体をまとめているのはこの計画の立案者であるチャスカ・ザラ。
 一見して実年齢の分かりにくい――――とても若く、幼く見える少女。
 
 実際は、今年で十九になる。
 
 現最高評議会議長であるラクス・クラインが議長に選出された年と同じだった。
 その少女の計画によって、命令によってラクス・クラインはその願いを同じくし、協力した者たちとともに断罪される場に連れて行かれた。
 既にこの場に、プラント市民の支持をラクス・クラインは得られる、と考える者はいなかった。
 それは今、チャスカ・ザラがこの場に来るほんの少し前に、信頼するものに依頼したこと――プラント全域に、ほんの少しラクス・クラインとクライン派の行ってきた事実を流す――が実行され、市民が真実を知るために評議会ビルはもとよりザフト本部、支部、そしてクライン邸におしかけているとのニュースが入ったからだった。
 設置されていた画面に映る市民の表情を見て、自分たちのやっていたことは正しかったと、言える者はいなくなっていた。
 市民は誰も、現議長を支持しない。
 その行動を、“平和のため”等と言って容認しない。
 そんなことは明らかだった。
 
 
 そう――――少女の“願い”が、少女の“信念”によって知らず知らずのうちに纏っていた虚飾をはがされた瞬間だった。

– END –

2020年10月27日

Posted by 五嶋藤子