隠され続けたもの
『出生率の上昇が見られない現在、“対の遺伝子”の二人を引き離すことは正しいのか!?』
今更何を馬鹿な、と言う記事を出してきたのはクライン派が台頭する中で甘い汁を吸ってきた新聞社だった。
クライン派、ラクス・クラインが拘束されたのちに出たその記事は、ラクス・クラインの罪は罪として裁くべきだが、幽閉でもしてその監視役としてアスラン・ザラを置けばいいのではないか、などと一般市民から見てもそれはどうかと言うことを書き並べてきた。
当然そんなことが認められるはずもない。
しかしそれを平然と“書いてきた”と言うことは、それなりの用意があるのだろう。
まあ、それはそれとして。
そんなことになるはずもないが、それでもこんな記事が出れば怒りに駆られる人間も存在するわけで。
曲がったことが大嫌いなイザーク・ジュールや、名指しされた、しかし何を今更と思うだろうアスラン・ザラ――――――ではなく、
「馬鹿らしい」
意外にもチャスカ・ザラだったりする。
◇◆◇
ザフト本部。
特務隊フェイス、チャスカ・ザラに与えられた執務室は、ブリザードが吹き荒れていた。
ありえない記事が出されてすぐ、クライン派を捕らえたことによって増えた雑務を黙々とこなしていたイザーク、エリザベス・ライトナー、アスラン、ディアッカ・エルスマン……他、司令官クラスとその補佐たちは急遽チャスカの執務室に集まっていた。
本来なら「何を寝ぼけたことを」で済ませてしまうメンバーだが、現在は臨時にチャスカの元で補佐をしているメイリン・ホークのSOSに、チャスカの幼馴染+αが駆けつけたのだった。
そして見たのは吹き荒れるブリザード。
のちに「あんなチャスカはメイリンはもとより私でも無理」と言ったのはチャスカと同い年のリラ・カナーバだったとか。
涙目のメイリンをルナマリア・ホークとシホ・ハーネンフースに預け、むすっとしたままのチャスカに声をかけたのは実兄であるアスラン。
「チャスカ、何をそんなに怒っているんだ」
「…………」
普段と変わらないアスランの声に拍手喝采を内心で上げていた周囲に対し、チャスカは無言で睨んでいたモニターを指す。
「…………これが?」
理由はわかっているのだ。ただどこがチャスカの沸点を越えさせたのかがわからないだけで。
「今更――――」
「うん?」
「今更、何を馬鹿なことを――――」
「それはまあ、そうだけど。……それだけか?」
「…………」
尋ねたアスランにこくりと頷き、チャスカはキィと音を立てて椅子を移動させる。
そうやって周りにも見やすくしたモニター上に映し出された記事。
『アスラン・ザラは大戦当時の最高評議会議長であり父であるパトリック・ザラに反逆してまでラクス・クラインについた。その後も一時ザフトに戻るも最終的には元最高評議会議長ギルバート・デュランダルに反してラクス・クラインの騎士となった。ラクス・クラインの罪に気付いていなかったことは彼の罪であり、アスラン・ザラもその罪を償うべきである』
――――それには“対の遺伝子”としてプラントの政策に従い、共にあるべきではないのか。
とある。
「…………」
沈黙が部屋の中を支配する。
こんな記事を読めばここにいる人間は誰もが怒りに駆られ――――シン・アスカなどは真っ先に切れそうなのだが、チャスカの雰囲気におびえているだけだった。
「まあ、指摘されないとは思っていなかったけど……」
「お兄様に責任を擦り付けているだけ」
静かに、しかし低く指摘するチャスカ。すでにわかっていたことだが怒りがでかい。
「罪を犯したのはあっちよ。お兄様は関係ない。罰が与えられるのは罪を犯したものにだけ」
気付かなかったことが罪って、それならあなたたちはどうなのよ。
「「“あなたたち”?」」
首をかしげたのはシンとルナマリアだ。この二人は一般家庭育ちで、今回のクライン派の罪を暴くときにはメディア関連の調査にはかかわっていない。
「この記事を書いた新聞社は、クライン派と裏でつながっているんだ。……まあ、クライン派にかーなり便宜を図ってもらっていたからな。どこからその資金が自分たちの懐に入ってきたのか、考えないほうがおかしいだろ」
ディアッカの説明になんとなくわかったような表情をして頷く二人。
ただ、そこは解決したのだが、解決しないのはチャスカの機嫌。
「あっちも必死なんでしょうね。金のなる木だったクライン派が一掃されて、他の政治家たちが自分たちに便宜を図るとは思えない。――――ここはアスランにすがるしかないんでしょ」
「ラクスから捨てたくせにね」
「でもまだ婚約解消はしてないからなあ……」
エリザベス、セレーナ・マクスウェル、マリア・エルスマンの順に口にする言葉に、チャスカはぶすっとした表情のまま、
「それなら、二度とこんなことをしないように地獄に叩き落すわ」
「…………どうやって?」
「手はあるよ」
「そりゃあないと無理でしょう。だから、その手は何って聞いてるの」
リラの質問にチャスカはにっこりと笑うだけで答えない。
その表情から、その場にいた全員がチャスカは何か自分たちの知らない、しかも扱いづらいメディアを黙らせる事実をつかんでいると言うことがわかった。
この中では最年少のチャスカ。
けれど彼女が一番情報を扱うのに長けていることもまた知っている。“黒”を“白”とする力があることも……しかし、チャスカの口調からその情報は“黒”ではないのだろうと予測することが可能だ。
しかし、チャスカが得意なのは情報“操作”であって、情報“収集”ではない。
この場で“収集”が得意なのはラスティ・マッケンジー、リラ、メイリンであり、それを判断するのはイザークにアスラン、エリザベス。使うのはチャスカ、ニコル・アマルフィ。いくら突出しているとはいってもあくまで“使うこと”にであって、“集めること”にはまだ上がいる。
だが、それぞれに、それぞれが知らない情報源があることもまた事実で、そこからもたらされたものならば、自分たちが知らなくても当然か、と思う。
しかし、次にチャスカの口から飛び出した名前にはみなが目を見張ったが。
「メイリン、ギルバート・デュランダル氏につないでもらえる?」
「へ? あ、はい!!」
久しぶりに耳にした名前。それを口にしたのがチャスカであることに驚いたが、それでも自身に与えられた“仕事”にメイリンはあわてて通信機に手を伸ばす。
「盗聴されないようにしてね」
「はい」
さらりと難しいことを言ってのけるチャスカに、以前のメイリンならあわてたかもしれない。けれど昨年からのラクス・クラインおよびクライン派の一掃のための情報収集をチャスカの元で行ったことで、相当鍛えられたようだ。普段はアスランの元で働く彼女にアスランがたまに難しいかと思われることを頼んでも、難なくこなすようになったと気付いたのはここ最近のことだ。
「…………鍛えられてますね」
ぼそりとニコルが口にした言葉は集中しているメイリンには聞こえなかったようだ。その代わりチャスカがニコルに顔を向け、にっこりと笑みを浮かべたところから彼女はわかっているのだ。
三年前まではまだまだ“新人”であったメイリン、ルナマリア、シン、そしてレイ・ザ・バレル。けれど三年の間に成長していることは良くわかる。それは時代の流れに置いて行かれないようにしたためか、単に周囲の上司や先輩同僚に鍛えられただけか。とにもかくにも十分に“戦力”になるその姿は、イザークやアスラン、エリザベスたちを満足させるものだ。
「つながりました」
「ありがとう。代わって」
「はい」
通信機のモニターの前をチャスカに譲ったメイリンは、白服のイザーク、エリザベスやフェイスのアスランがその後ろに立てるように場所を移動する。そうしてアスランたちがモニターを覗くと、そこには元最高評議会議長――現在はプラントの某市にて軟禁中のギルバート・デュランダルその人が映っていた。
『久しぶりに見る顔だね』
「お久しぶりです。そちらはいかがですか?」
『おかげさまで、快適に過ごさせてもらっているよ。戦犯への刑にしては甘すぎるほどに、ね』
「いずれ表に戻っていただきますから、前払いの報酬です」
『戦犯の元最高評議会議長を使うのかね。君も図太くなったものだ』
「そういうお約束だったでしょう? 罪をなくす、ね」
『いいのかね、そんなことを口にして。――――そこにいるんだろう?』
「ええ、いますね。でももういいんですよ、ばれても」
大丈夫なほどの時間は過ぎました。
「そうかい。――――それで、私が表に出るにはまだ早すぎると思うんだけどね」
そう言いながらくすくすと笑っているギルバート。それを平気な顔で見ているチャスカ。
そんな二人のやり取り――というよりその話題についていけない周囲は、それでも口を挟むことは出来なかった。今はこの会話を中断させてはいけないと、そんなことを考えていた。
「ええ、当然まだ早いですよ。――――ただ、ちょっとお願いがありまして」
『お願い、ねえ……』
君のそれはとてつもなく厄介そうだ。
「そうでもありませんよ。ただ、遺伝子関連――特にDNA解析に関して名のある、あなた以外の、ザラ派にもクライン派にも属さなかった研究者を一人、紹介していただきたくて」
「おや……」
チャスカの言葉に何か心当たりがあるのか、微かに目を見張ったギルバート。そんな彼にチャスカは
「“あれ”を表に出そうと思いまして」
そう言って、にやりと――――嗤った。
◇◆◇
『それはかまわないが、一人だけでいいのかね』
苦笑、と言っていい表情で尋ねてきたギルバートに、チャスカは笑みを浮かべたまま肯く。
「一人だけ紹介いただければ結構です。もう一人はこちらで頼みます。そうですね――――タッド・エルスマン医学博士であれば、市民も納得するでしょう」
「「へっ?」」
急に父の名を出されたディアッカとマリアは声を上げたが二人はそれを無視して続ける。
『確かにこれほど信頼できる人物はいないが……だが彼は元ザラ派だよ』
「最終的には穏健派ですよ。現在は“クライン派”、ではありませんが、思想的には変わっていらっしゃいません」
『それはザラ派も同じだろう? 以前とは思想がずいぶんと変わった。変わらないのは“クライン派”くらいなものだ』
「急進派だろうとそうでなかろうと、ザラ派なんてもうありませんよ。残った最高評議会議員の方々の思想が戦時中と変わっていて当然でしょう?」
『そうかね? ――――残った最高評議会議員を動かせる人間は、君くらいなものだが……』
「別に私だけの力ではありません。隊長たちの力を借り、誠意を尽くして話したらわかってもらえただけです」
『誠意、ね……』
チャスカがどんな動きを見せたのか、その予測が付いているのかギルバートは苦笑するのみ。チャスカの周りもあのときのことを思い出し……なんともいえない気持ちになる。別に、犯罪になるようなことはしていないのだが。
『では、連絡は君のところに取ってもらえばいいのかね? それとも君自身が連絡を取るかね?』
「私からお願いに行きます。ただ、話を通していただければかまいません」
『わかった。出来るだけ早く連絡を取って、すぐに時間をとってもらえるように話しておこう』
「はい、お願いします」
それから二言三言、挨拶をしてから通信は切れた。
その瞬間――――
「痛い……」
ぱこん、と音を立ててイザークがチャスカの頭をそばにあった本でたたいた。
「嘘をつけ。この程度でお前の頭が痛覚を感じるものか」
「……どうにかなることはないけど、一応それなりに痛いんだけど」
「気のせいだ」
「…………」
「それで、どういうことか話してもらおうか」
その言葉に呼応するかのように「話せー」「しゃべれー」「口を割れー」と小さな声があがる。アスランとメイリン、ルナマリア、シン、レイ、シホ以外から。ただし何も言わないメンバーからも、問う視線は向けられていたが。
「む……」
周囲を見渡したチャスカは、表情を改めて……話すのが面倒くさいと言うような表情をして、それでも一応口は開いた。
「単純に、黙らせるための最強兵器があるから、それを表に出すには遺伝子に精通した人の証明が必要だと言うだけ」
はい、おしまい。と言わんばかりの説明にもならない説明に、周囲が納得するわけもなく。
「知りたいのはその最強兵器が何かと言うことだ」
との指摘が出るのも当然のことだ。
「…………わからない?」
「――――予想が付くからこそ、だ。記事とあの会話で、遺伝子に関することが――――ラクス・クラインとアスランの遺伝子に関することに対する“何か”をお前が握っていることはわかる。わかるが、何故それをお前が握っている? お前の専門は遺伝子とはまったく関係ないだろう。しかも、個人情報、特にトップシークレットにかかわることだぞ」
それを手にしていると言うことは、危ない橋を渡ったことを意味する。
「別に、私が危ない橋を渡ったんじゃないけれど……」
「なに?」
「私が自分の意思でこの情報をつかんだのではなくて、人づてに預かったの。まあ、使おうとしているから“もらった”んだけど」
「…………」
「その情報をくれた人は――――消されてしまったけど、仲介者は生きてる」
「それが、デュランダル元議長」
「そう。で、彼はDNA解析の第一人者だから、そこから知り合いを紹介してもらおうかと……」
「通信は監視されているんだぞ。そんなことをしてもどこかで邪魔が入るだけだ」
「別に“そこ”の通信機から連絡とってもらうわけじゃないし――――」
「はあ?」
「今日監視しているのはね、以前一緒に仕事をした赤服なのね――――優秀な」
そう言いながら通信機を操作し、どこかへとつないでしまった。そして――――
「お久しぶりです。ちょっとお願いがあって、外に連絡を取ってもらえるようにしたいんですけど――――ええ、それでお願いします」
音声のみの通信、ついでに主語のないそれは、どこでどういう力が働いたのか(シン談)、すぐに終わってしまった。そして、
「あとは連絡待ち」
と言うチャスカの言葉で強制終了。
「わかんないっすよ!!」
当然シンの叫び声が上がったが……。
◇◆◇
「一ついいですか?」
「うん」
これ以上話す気のないことがわかり、無理強いをしてもチャスカは絶対に口にしないこともわかっているイザークたちは、すぐに知ることになるとあきらめ顔だ。
そんな中でずっと黙っていたレイがチャスカに近づく。
「先ほどギルに言っていた『罪をなくす』と言うのは――――私のことですか」
「そうだよ」
「っ…………」
あっさりと口にするチャスカに対し、レイはショックを受けた表情をする。
「“罪”と言っても、レイは“最高評議会議長の命令の通り”に行動していただけだから、“罪”と言えるかどうかは微妙なところだけど――――それでも、彼の目標が何か知っていたし、それを現実のものとするためにやっていたことは、裁判を受けなければいけなかったとは思うよ。百歩譲っても、証言はしなければいけなかっただろうね」
「なら、何故……」
長いとはいえない付き合いだが、チャスカは罪は罪として償うことを当然と思っているとレイは理解していた。だからこそ自身の罪を償うどころか未だ罪を重ねているラクス・クラインとクライン派が許せなかったのだ、と。
しかし、それなら自分はと、レイは思う。
しかもチャスカの兄・アスランを撃墜した――正確にはシンだが、かかわってはいた――と言うのに。
けれどその理由は以外にもあっさりしたもので。
「元議長に頼まれたから」
「え?」
「デュランダル元議長が、死刑でもなんでも受け入れるからレイは助けてくれって。……仲間と共にいさせてあげてくれって」
「…………」
「まあ、自分で選んでいたとはいえその出生が大きな影響を与えていたのは事実で、お兄様を撃墜したことに関しては当のお兄様が問題視していなかったから……」
「だから、罪を握りつぶしたと?」
「うん」
「どうして……あなたは――――」
呆然と問うレイに、チャスカは首をかしげて、
「別に私は罪はちゃんと償わなければいけないと考えているわけじゃないよ。まあ、この中では厳しいほうだとは思うけど……でも、身内贔屓なところは自覚しているから――――」
「なんだ、わかっていたのか」
「そりゃあ、わかりますよ」
微かに笑みを浮かべながらのアスランの言葉に、チャスカは肩をすくめながらこたえる。
「だからこそ、先の大戦でも父たちザラ派の人たち、それからお兄様が死刑にならないように手を回した。――――今回もね、あなたを助けたらいつでも協力を惜しまないって約束したから、そうしただけ」
「しかし――――」
「何より、あなたがしたことよりも、クライン派のしたことのほうが許されることではないから」
「…………」
だからこそ、ギルバート・デュランダルとの“取引”に応じたのだと悪びれることなく言い切ったチャスカに、レイ、シン、ルナマリア、メイリン、シホは目を見張っている。
その他はまあ――――チャスカ“らしい”と笑っているだけだった。
– END –