傷のない真実

 チャスカ・ザラの示した“真実”に、驚かないものはいなかった。
 
 
 それは一番の当事者であるアスラン・ザラにも言えることだ。
 チャスカの“もらった”データと、タッド・エルスマン医学博士、そしてギルバート・デュランダルに紹介してもらったDNA解析の権威マーク・スミスの解析結果が、エリザベス・ライトナーたちザフトの軍人で、今回動いた、議会にも太いパイプを持つ者たちと、その最高評議会議員たちの囲むデスクの上に並べられた。
 その全てに『アスラン・ザラとラクス・クラインの間に子供は生まれにくい』と書かれている。
 実際に解析したタッド自身未だ信じられないと言う表情をしているくらい、彼らにはショックなことだった。
 では、あの時出された結果は何だったのだろうか。
 解析結果をラクスとは違い“真実”であると判断した彼らは、すぐにそんな疑問を持つ。
 けれどそれに唯一答えられるチャスカは、黙ったまま……そして何故かエリザベスにチャスカの“もらった”データの下に隠れていた紙を引っ張り出し、差し出した。
 
 ――――――
 
「どう……言うこと……これって……っ」
 
 書類に目を通したエリザベスは絶句する。
 血の気の引いたその顔で。
 そんなエリザベスの様子に周囲は心配した表情を向けるが、決してエリザベスの持つ書類を覗き込もうとするものはいなかった。
 それはチャスカがエリザベスに渡したからだ。
 つまり、エリザベスが見るべきもの。
 ならばエリザベスの許可なく見てはいけないと、そう全員が判断したのだった。
「チャスカ……これは…………」
 
 本当のことなの?
 
「もちろん」
 はっきりと返された答えに、エリザベスはびくりと肩を震わせる。
「…………」
「黙っていてごめんなさい。これを最初に見たとき、何を意味するのか――――何故、彼女が、彼がこれを“私に”託したのか、理由がわからなかった。けれど、ラクス・クラインのデータも一緒にあったから、何か意味があるんだとは思ったの。けど、それだけだった。その意味がわからなかったから、様子を見るつもりでお父様たちにも黙ってて……そうしたら、メディアに“あんなこと”が流れてしまった」
 あんなこと、を憎々しげにチャスカは口にする。
 そんため、エリザベスにはそれが何を指すのかがわかった。
 “あれ”はエリザベスにとって、それまでで一番のショックだった。
 自分があの場所に立てるとは思っていなかったが、身近な、見知った人間が立つというのもまた、考えていなかった。
 それまでの自分の思考を恨んでしまうくらいには落ち込んだし、それによってチャスカまで悲しませてしまったことをエリザベスは今でも悔いている。
 けれど、今手にしているものはなんだろうと思う。
 いったいこれの示すことは何だとエリザベスは思った。
 そしてエリザベスの冷静な部分が、だからこそチャスカはあの時、あんな風であったのだと納得していた。
 納得した部分がエリザベスに顔を上げさせる。
 その先にはチャスカ。
 
「どうして、今なの……?」
 
 かすれた声は、それでも静まり返っていた室内には響く。
「お兄様と、ラクス・クラインのことが否定されると、次に来るのは『では、真実は何か』と言うこと。けれど……勝手に私が判断して言いことではないでしょう?」
 だからこそ、エリザベスに最初に渡したのだと言う。
 その言葉に、エリザベスはゆるゆると首を横に振る。
「それを言うなら、アスランに伝えなきゃ……」
「お兄様の気持ちは知っているもの」
「………………」
 がっくりと、エリザベスは膝から崩れ落ちた。
 その理由を、チャスカは推測するしかない。アスランの気持ちを知っていることか、それともエリザベスに全ての判断を委ねたことにか。
 けれど、エリザベス自身にはどうすることも出来ない。
 判断など出来るはずもない。
 これは個人の、個人的な理由による判断などしてはいけないことだ。
 だからこそエリザベスは、手にした書類を今度はデスクの一番上に置いた。
 この場にいる全員に、それが見えるように――――――
 
「なに……これ……」
 
 最初に声をあげたのはリラだった。
 この中でリラは、比較的エリザベスに近い位置にいる。
 母親の立場も、戦中に大切な人がMIAになったことも同じ。
 そして、戦艦では一番エリザベスに近い位置に座っている。
 だからこそエリザベスのことは幼馴染の中では本人も自覚がないままに一番知っていて、彼女のために比較的冷静になろうと努めている節もある。
 だからと言うわけではないかもしれない。
 けれど、まったく影響がないとは言えない。
 そんな判断をチャスカがする中、ばんとデスクに手を突いたリラは、きっとチャスカに視線を移し、叫んだ。
 
「どうしてこんな大事なことを黙っていたの!?」
 
 そこでようやく、他の者たちもはっとしてチャスカを見る。
「さっきも言ったとおり、判断できなかったから。あの時の私では、ああすることしか出来なかった」
「だからって――――」
 
 アスランの対の相手が、エリザベスだなんて――――
 
「黙ってて良いことじゃない!! どれだけ悲しんだか、知らないわけではないでしょう!?」
 掴み掛からんばかりにチャスカに言い寄るリラ。今までになかったことに周囲は驚きつつも、数人で止めに入った。
「り、リラ!!」
「ちょっと落ち着いて!!」
 暴れだしたら手のつけようがないこの幼馴染の集団。リラも例外ではなく、マリアとセレーナは声をかけるが引き離すのはディアッカと決まっている。
 今回もそんな光景が見られた後、なおも睨みつけるリラ。
 そんな中、声をかけたのはリラの母であるアイリーン・カナーバだった。
 
「それで、これをどうしようと言うのだ?」
 
 そう言われて、子供たちは口をつぐみ、顔を見合わせる。
 確かにどうするのだろう。
 先ほど『では、真実は何か』とチャスカは言ったが、そうすぐには出てこないだろう。何より『アスランとラクスの間に対の遺伝子は存在しなかった』と言う事実に対する反応が出て、真実どころではないだろう。
 それに、そんなことを発表するよう指示した人物に対して批判があがるのが当然で、そうした理由を知れば他の人間との相性なんて調べていないと判断されても不思議ではない。
 むしろその線がベストなんじゃないかと思ってしまう。
 もしくは改めて解析のしなおしをしているとか、アスランの相手だと知った女性が、“ザラ”の子息が相手と言うのを拒否したとか。
 考えれば考えるだけ、アスランとエリザベスのことを言う必要性を感じない。
 そもそも、エリザベスはラクスほど知名度を持ってはいない。
 プロパガンダにするメリットはあまりなかった。
 しかも、アスランは最高評議会議員子息ではないのだから。
 けれど、チャスカの答えは単純明快だった。
 
「別に、どうしようとも思っていません」
 
「…………」
「ただ、私だけが知っているべきものではないと思っただけです。このことはデュランダル氏もご存じないそうです。この結果を出した研究者や、シーゲル・クラインも知っていたでしょうが、どちらも亡くなっている。私の両親も、ライトナー様もご存じない。知っているのは私しかいないのです。関係のない私だけが知っている、この状況はどう考えてもおかしいでしょう。
 それならば、知らせるべきだと思ったんです。少なくとも、本人には。――――ただ、機会が見つけられなくて、今になってしまいましたが」
 ですが、だからと言って今更無理やり婚約をさせる理由はないでしょう?
「メリットは、そうない。何より、本人たちの意思に任せるでしょう?」
「確かに、な」
「ですから、ここで話したんです。それにこの事実を話したからと言って、お互いを意識することはありえない」
 はっきりと言い切ったチャスカに、周囲は苦笑するしかない。
 確かにチャスカの言うとおり、アスランもエリザベスもそういうことには流されやすい性格はしていない。
 
「…………チャスカ」
 
「うん?」
「これは、真実?」
 ようやく立ち上がったエリザベスは、自身がデスクの上に乗せた書類を指差しながら尋ねた。
「そうだよ。名前は伏せて、デュランダル氏に確認も取ったから」
「そう…………」
 その言葉を聴いてうつむいたエリザベス。そんな彼女を心配そうに見る中に、当然アスランも含まれている。――――気遣うその視線に気付いているはずだ。けれどエリザベスは顔を上げることが出来ない。そもそも、この部屋に入ってきて、アスランとラクスが“対の遺伝子”を持つ者同士ではないと知らされてからずっとエリザベスはアスランを見ることが出来ないでいる。
 そのことに当然みな気付いている。
 気付いていて何も言わなかった。
 二人のことは二人で解決すべき。
 それがエリザベスにとって一番なのかは判断できないまま、そうするしかなかった。かける言葉が見つからなかったから。

– END –

2020年10月27日

Posted by 五嶋藤子