Pride 11
無数の墓標が等間隔に並ぶそこに、気持ちのいい風が吹き抜けた。
それを肌で感じながら、私は腕に花束をいくつか抱えている。
ここは“血のバレンタイン”被害者の墓がある場所。
当然、それぞれの墓標の下に遺体も遺骨もない。ただ、空っぽの空間があるだけ。それでも私にとっては大切な場所だ。
あの時――――裁判所が私に下した判決は……十年の自宅軟禁。
とても軽い……パトリック・ザラの娘であり、ザフト軍人に対するものにしては軽いと思った。
けれど司法はそう判断してはいなくて、呆然としていた私に、裁判長は言った。
『パトリック・ザラの娘だからと言う理由で刑を下すわけにはいかない。確かに君はザフトの赤として戦場に立ち、連合兵士の命を奪ったが、それは君だけではない。そしてその逆もまた、前線に立っていた君なら知っているだろう。その点でわれわれが君だけを裁くことは出来ないことは明白だ。
今回のこの判決は、プラントの一般市民であるラクス・クラインの生命を守らなかったことによる。ザフトはプラントのために、プラント市民のために存在する。元議長の命令とは言え一度は一般市民を手にかけようとしたこと、また、一般市民を手にかけようとした者達から市民を守ろうとしなかった“ザフトの使命”の不履行により、三年。
さらに一回目の審議の折に、名を偽ったことによる偽証罪で七年。
合計十年の自宅軟禁が妥当であるとわれわれは判断した』
「甘いよね……」
「はあ?」
「何がだ」
右にイザーク、左にディアッカが私を挟むように歩いている。
私は十年の自宅軟禁の刑を受けたので、本当はすぐにでも戻らなければいけないんだけれど、当の自宅はない。
ディセンベルにあるザラ家本邸とアプリリウスにあるザラ家別邸は停戦後、クライン派によって重要と思われるものはすべて持ち去られ、内部は破壊しつくされたそうだ。
そして私が一人暮らしをしていたマンションの部屋も似たようなもので――――そもそも、単身を前提としたマンションだったから、警備などの諸々の問題で軟禁――幽閉(?)――場所としては却下なのだが。
それで、今はどこを“自宅”とするかで調整中なのだそうだ。決定するまでまた独房暮らしかと思ったのだけれど……イザークいわく、「そんなことが出来るか、馬鹿」だそうだ。
意味がわからない。
そんな私にディアッカが教えてくれたところによると、“戦犯”とされた元議員のうちの誰かの家はどうかと言う話が出ているらしい。彼らならば自宅敷地は広く、監視は問題ない。日常生活に必要なものも、一度に運べば二名分すむ……というより、使用人がいる場合がほとんどなので、その必要はない。
まあ、心配がないわけでもない。一番はやはり“ザラ派”を再び……と考えるのでは、と言うこと。けれど外との接触をなくせばいいとか、そもそも“私”にはそんな気は起きないだろうという誰かさんの長い主張があったとか。
そんなこんなで不安は“とりあえず”なくなったと言う。
そして。
未だ軟禁場所が決まらないからとりあえず十年外出できなくなる前に、好きなところに行って来ていいとの許可が下りてしまった。
もちろん監視付だけれど……一番近くにいるのがイザークとディアッカでは監視にならないのではないかと思う。
とりあえず、いいかと思って私があげたのは墓参り。
母、ニコルにラスティ、ミゲル……他、たくさんの仲間。
そして何より、アスラン。
未だ母と同じ墓標に名前を刻むだけだけれど……それでも、ようやく作ることの出来た墓。
“私”が死んだとなっているときは、私の墓はなかった。そもそも必要なかったし、作ってもそこに入れる骨はない。アスランは……気付いたクライン派に奪われるのではないかと危惧して入れられなかった。ひっそりと、隠しておくしかなかった。
けれどこれからはそう思う必要もなくなってくるだろう。
まだまだプラントは揺れていて、どうなるかはわからないけれど……それでもこれから徐々にマシになっていくはずだ。
それまでは、アスランの骨は私が持っていることになった。そしていつか落ち着いたときに、母との墓に入れることにした。その頃には父の名も……刻めればいいのだけれど、それはさらに時間がかかるだろうな。
それでも、いつか――――――
「ホント、甘いよ」
「だから何がだ」
イラついたようにイザークが言う。
評議会議員になったから、少しはマシになったと思ったけれど……ま、そんなにすぐには無理か。
「いや……十年の自宅軟禁の刑を出しておいてさ、その“自宅”が決まらないからとりあえず行きたいところに行って来いって……甘すぎるでしょう」
プラントの外に出たいって言ったらどうするつもりだったのよ。
「お前に限って言えば、それはない」
「――――確かにあんまり考えなかったけど、思い浮かんだ場所がないわけではないし、そんなのわからないじゃない」
「ない。お前はプラント以外で暮らしたことはないし、行ったことのあるオーブもお前はいい印象を持っていないだろう? 希望を出すとしたらニコルの死んだあの場所だが、ニコルの墓がプラントにあるのだから、周りを煩わせないためにそちらにするだろう」
「そう……だけど……」
「何より十年だ。十年間、一歩も外には出ることは出来ない。恩赦があれば短くはなるだろうが、ない可能性だって十分にある。そんな時お前ならすぐに墓参りを希望するだろうと、俺が言った」
「それに俺も同じ意見だって伝えた」
「そしてお前は俺たちの予想通りの答えを言った」
「……なんか、単純って言われてるようで悔しいんですけど」
「心配するな。俺たちがお前の立場だったら同じことを言うと思っただけだ」
「そうそう」
「む…………」
まあ、確かに。
私もイザークたちと同じ立場だったら、そう予想するだろう。
それを伝えればイザークもディアッカも「当然だ」とでも言うような表情を浮かべた。
(…………当然、か)
確かにそうだ。
私たちは戦場でたくさんのものを失った。
戦場でない場所でも失って、もう失いたくないと何度も思った。
それでも失って…………そのことを忘れないと思った。
大切な仲間を、守りたかった人を。
けれど、十年間外には出られなくなると決まれば、真っ先に行きたいと考える場所はここしかない。
この場に遺体も遺骨も埋まってはいない。
それでも大切な人が生きていたと……その日まで、確かに生きていたと言う証がある。
そんな場所は、私たちにとって大切な場所。
可能な限り来たい場所。
そう思うのは、私だけではない――――――
「同じ、か……」
「ああ」
「同じだよ、俺たちの思いは」
「そっか……」
失ってばかりだと思ってた。
母、父、ニコルにラスティ、ミゲル…………たくさんの仲間。何よりアスラン。
失って、怒りを覚え、憎しみを持って……得たものなんて、それだけだと思っていた。
けれど……それだけではなかったのかもしれない。
アカデミーで出会って、軍に入っても……あれだけいがみ合っていた二人と、同じ思いを持って、こんな時を過ごすことになるなんて考えたこともなかった。
それを二人に伝えたら、どんな反応をするだろう。
それが……うれしいと言ったら、どんな言葉を返してくれるだろう。
同意してくれるだろうか。それとも否定するだろうか。
出来れば、受け入れてほしいなと思いながら、まだ口にする勇気のない私はたどり着いた母の墓標――アスランの名前も記されている――の前に持っていたいくつかの花束の中から二束、置いた。
母とアスランへ。
手を合わせて、何を伝えようか迷って……そしてようやくひとつだけ。
父さまとは会えましたか?
「さて、次に行こうか」
「もういいのか?」
「まだ時間はあるぜ?」
「いいよ。また十年後に来れるから」
「そうか…………」
「それじゃあ行きますかね、次に」
「次は……ニコルかな? それともラスティ? ……って、先輩を先にしろーって、ミゲルが言いそう」
「あー……言いそうだな」
「確実に言うだろう」
「でも俺、ニコルを先にしたほうがいい気がする……」
「どうして?」
「や……なんか、怖い」
「は?」
「――――――ニコルにするぞ」
「へ? イザークまで……なんで?」
「何ででもだ」
「? ……まあ、いいけど」
そんな風に会話をしながら、私たちは殉職した兵士の墓標が並ぶ区画へと向かった。
その間を風が通り抜けて……私たちの声をどこかに運んで行った。
この後世界がどうなるかはわからない。
どんな風に変化をするのか、誰にもわからない。
それに私は少なくともプラントを混乱に落としいれてしまった。
憎しみも未だ昇華し切れていない。
自分の望むままに行った行為を後悔してはいないけれど、どこかで罰を受けるかもしれないと感じている自分もいる。
たとえ相手がアスラン殺害にかかわっていたとしても……プラントの復興をスムーズに行うためには必要な人間だったのかもしれない。
もしそうだとしたら、私の行為は何かの罰を持って償わなければならないだろう。
それがどんなものになるのか……それはわからない。
わからないけれど、その覚悟は既に出来ている。
その思いに、嘘偽りはない。
けれど十年後再びここへ来れれば、と、そう思っている自分も確かに存在していた。
– END –