Vivere dignus es.
アスラン・ザラ改め、アジュール・ゼイレン裁判の結審から三年。
二十歳となるアジュール・ゼイレンは――――恩赦により、七年も早くに自宅軟禁を解かれた。
◇◆◇
それを聞いた最初の感想は「早すぎる」、だった。
早すぎるだろう、私への刑が三年で終わるなんて。
しかも恩赦――恩赦でなければありえないのだが――が出ること自体信じられない想いだった。
けれどわかることもある。
これは最高評議会議長の独断ではないということが――もしそんなことをすれば失脚することは目に見えている。最高評議会議員に諮ったはずだ。市民の意見も聞いただろう。
だからこその、恩赦なのだろう。
それでも……いや、だからこそわからないことがある。
「何故、市民は私を許したの? ――――ラクス・クラインを奪った私を許したの?」
一人口にした言葉は今回のことの最大の疑問だ。
私はアスランと違いプラントで育った。
月へ疎開することはなくゼイレン家の養女となり、寄宿学校へ入った。
そのためラクス・クラインの歌を、彼女がデビューしたころから知っている。私自身はそれほど彼女に興味はなかったけれど、クラスの同年代の少女たちは彼女のことを“歌姫”として慕っていた。ナチュラルとの関係が悪化していく最中、彼女の歌がプラント市民の癒しとなっているところを毎日のように目にしていた。
だからこそ、思うのだ。
別にクライン派でなくとも彼女を慕っているもの……もっと言えば崇拝しているものがプラントには大勢いることを知っている。
そんな彼女を奪った私。
そんな私に恩赦を与えることなど、誰が望むのだろう。
「それほど、難しい理由ではないわ」
「……ルイーズ様」
考え込む私に笑みを向けながらルイーズ・ライトナー様は言う。
「確かに、ラクス・クラインの声を聞けなくなったことは、市民には悲しいことでしょう。けれど、その“声”が、自分たちの望むことを口にしなかったこともまた、市民は知っているわ」
「望むこと――――」
「そう。貴女にならわかるでしょう? アジュール。彼女のどの言葉がそれに当てはまるのか。……それに貴女は知らないだろうけれど、貴女が拘束されている間に彼女が発したのはあの大戦を否定する言葉だけで、亡くなった兵士を悼む言葉はなかった――――」
「まさか」
さすがにそれはないだろう。そう思ったけれど、ルイーズ様はただ首を振るだけだった。
「それに――――アークエンジェル、ザフトで開発され奪われたフリーダムと共にあったことで、決定的になったわ。ラクス・クラインはプラントに銃を向けたのだ、ということが」
「――――――」
それは、クライン派によってもみ消されたと思っていたことだ。
彼らは消さなかったのだろうか?
いや、もしかしたら――――“消せなかった”?
「あれだけ堂々と、ザフトの軍港に入れば兵士へごまかすことも簡単ではないわ」
「けれど、やろうと思えば――――」
「その前に、アイリーンが動いたの」
「…………」
その名前を聞いたとき、ああ、やっぱりそうかと思った。
クライン派があのことを消せないところまですばやく動ける者は、あの当時クライン派だった、けれど私に協力してくれたカナーバ様しかいない。
「あのころ、さまざまな思惑が動いてラクス・クラインは裁判にかけられなかった。決定的な証拠は、さすがにアイリーンでも手にすることは出来なかったから。けれど、ラクス・クラインがアークエンジェル、そして奪われたフリーダムのパイロットと親しくしていることは隠せなかった」
「隠すつもりも、なかったでしょう。それにあんな終わり方をしたから、彼らも隠れるつもりはなかったでしょう。連合側ではない、ザフト側でもない“中立”に立ったと思っている彼らには」
隠れるべきだったのだ。戦後交渉のテーブルにつこうなどと考えるべきではなかったのだ。少なくとも、プラントに足を踏み入れるべきではなかった、ラクス・クラインと共になど。
ラクス・クラインもそうだ。彼らと共にあるべきではなかった。
――――――殺したはずのアスラン・ザラを名乗る私がいるプラントに、彼女を憎んでいる私のいるプラントになど……。
「ラクス・クラインは考えなかったのでしょうか」
「何を?」
「殺したはずのアスラン・ザラが生きているということは……暗殺が失敗したか、もしくは別の誰かが成りすましているということを」
「それはもちろん、考えたでしょうね」
「それならすぐに思いつくはずです、もし失敗していたのなら、暗殺するほどの“危険人物”が、彼らにどれほどの危機をもたらすのかを。もし別人が成りすましているのだとしても、アカデミーで歴代一位をとった私が、そう簡単にやり込められるわけもないということを――――」
それが、不思議だった。
アカデミー時代も、ザフトとして戦場にいた時も不思議に思っていたことだった。
“どうしてクライン派は私をほうっておくのだろう”
私の危険性を彼らは理解していないのだろうか、いや、そんな馬鹿な。
それが裁判までの私の本当の気持ちだった。
手を打っていなかったばかりに、私はこんなことが出来ているのに――――それが裁判中の偽らざる気持ちだった。
「失礼だけれど私の目から見て、アスランはそれほど運動が出来るとは思わなかったわ」
「え? 出来ますよ?」
私以上に動けますよ?
そんな疑問を浮かべた私に、苦笑しながらルイーズ様は続ける。
「ええ、でもそれはアジュールがアスランを知っているからでしょう? けれど私は、レノアから貴女のことはまったく聞いていなかったけれど、アスランのこともそれほど聞いていなかったのよ。いつも電子工作ばかりしているとだけ聞いていたから――――インドアな子、というイメージが付いていたのよ」
レノアとパトリックの子だから、そんなはずもないのにね。
ルイーズ様の言葉にああ、と思った。
「つまり、彼らが恐れていたのはアスランの“頭脳”だったということですね。そして、アスラン殺害の実行犯の一人だったマーチン・ダコスタが何の咎めも受けていないことから、今いるアスラン・ザラが“成りすまし”によるものだと判断した。そして、アカデミー歴代一位をとったことから、運動だけは出来ると判断した」
「そういうことじゃないかしら」
「――――一応、アカデミーでは戦略や情報処理なんかも授業に組み込まれているのですけどね」
まあ、マーチン・ダコスタを見ただけでは、運動だけだと思っても仕方がないのかもしれないし、私自身そう思う。何せアスランの死体を見たのだ、しかも頭部のみの。その後に“アスラン・ザラ”が姿を現したときに何かあると報告したはずだ。
けれどしていないようなあの時の様子を見ると――――自然、その思考能力が判断できるというものだ。
「そういうことでしょうね」
私の意見にルイーズ様は肩をすくめながら同意した。
◇◆◇
話を戻すけれど、そうルイーズ様は言う。
「彼女は、完全にプラント側の人間でないことが市民に知られた。それはもちろん貴女が原因なのだけれど、だからと言って貴女が市民にそれほど憎まれなかったのは、原因がラクス・クラインだからよ」
「え?」
首を傾げた私に、ルイーズ様はふっと息を吐く。
「――――“平和の歌姫ラクス・クライン”は、全てにおいて綺麗でなければいけなかったのよ」
「はあ……」
「アジュールは考えたこともないでしょうけれど、市民はラクス・クラインに身も、心も綺麗なプラントの歌姫を求めた」
「ありえない」
「それは貴女が彼女に対して興味を持っていなくて、その後にアスランのことであの子の本性を知ったからよ。あの子に癒された市民はそうはいかないわ。彼女には“そういうもの”を求めたの」
「…………そんな人間、いるはずが――――」
ない、とまでは言わなかった。だって人間だ。私たちは人間だ。――――汚いものを一つも持たないなんて、人間にはありえないではないか。
「皆が、貴女のような考えではないということよ。特に、最高評議会議長の愛娘で、メディアでしか見たことのない人物になら……私生活を目にしたことがないのなら、そう考えてしまっても仕方がないと私は思うわ。そういう“演出”でもあったし」
「…………」
「だから、貴女のことを憎んでいる市民はそう多くない。知らなければ良かったと考えた市民が多くなかったからだということもあるけれど――――何より、貴女は最後までラクス・クラインの言葉にも揺るがずにプラントを守った“英雄”だから」
憮然とした表情でいる私に、そんな言葉でルイーズ様は理由を説明した。
◇◆◇
はじめから、許すも許さないもなかったのよ。
そう言ったルイーズ様は困ったような、娘を見るような目で私と向かい合った。
ラクス・クラインや、シーゲル・クラインを今も盲目的に信じる市民にはそうではないでしょうけれど、多くの市民がそうであるわけはないわ。
だからこそ、シーゲルのしたことに怒りを覚えるし、ラクスのあの行動をプラントへの裏切りだと思った。
そこにアジュール、貴女の行動は関係ない。
貴女の事に関して言えば、自分たちはだまされていたけれど、貴女は決してだまされずに自分たち市民を守り、何より全てを明らかにしてくれた。そしてその“市民”の中に、裏切ったクライン親子はいない。そういう風に思う市民がほとんどよ。
「だから、この恩赦を疑問に思うことはないの。――――色々問題は出てくるだろうけれど、それでも貴女への恩赦を市民は認めたの。何よりも自分たちの考えで――――」
– END –
タイトル訳:あなたは生きるにふさわしい
お題配布元:戯曲