Redite ad fontes.
「なあ、何でスケートリンク(ここ)だったんだ?」
私たちがだいぶ落ち着いた後、聞いてきたのはディアッカだった。
その質問に私たち五人はお互いの顔を見合わせ――首をかしげた。
「ディアッカの妹がスケートをするのは聞いていて知っていた。が、アス……アジュールに会うのにここでなければいけない理由ではないだろう?」
イザークの言葉にさらに首をかしげる四人。
――――途中、名前を間違えそうになったのが聞こえたけれど、言い直したからいいとしよう。
そんなことを考えていた私をよそに、マリアがけげんな表情をしながら言った。
「まさか……知らなかったの?」
「何を(だ)?」
イザークとディアッカが同時に尋ねる。
その表情を見たマリアは、彼女が聞いたことの答えがそれだと判断し、ため息を一つ。
兄さんって、人の話を聞いているようで聞いてないよね、との、私が考えたこともなかった言葉を言いながら――――むしろその評価はイザークのほうが当てはまる気がするのだけど……。
「アズがこの中で一番フィギュアスケートはうまいのよ」
マリアの言葉のあとに、イザークとディアッカは大声を上げて……耳が痛くなった。
◇◇◇
前に話したんだけど。
そう断ってから話し出そうとしたマリアをエリザベスが遮った。
「どんな説明をしたの?」
「え? 同級生にスケートの上手な、藍色の髪と翠の目のアズっていう美少女がいる、って」
「それ、貴女のお兄さまがおぼえていると思う?」
「え、それくらい覚えてられるでしょう? 元ザフトレッドだよ?」
「…………悪ぃな、覚えてねえよ」
「覚えてないんじゃなくて、聞いてなかったんじゃないの?」
「…………」
マリアとディアッカ、二人が会話をしているところを見るのは初めてだけれど、これだけで二人の関係が何となく見えた気がした。
マリアがディアッカにしたという私の説明はスルーすることにした。美少女って何!? とは言わないでおこう。
そもそも、“アズ”と言う愛称が、“アジュール”につながるかどうかは怪しい。
同じことを思ったのか、忘れただけだといいつつディアッカはその点を反論してくる。
が、
「藍色の髪と翠の目って、聞いてすぐ思い浮かべる人いるでしょう?」
少なくともスケートリンクに連れてきてと言った時点で思い出せ、と。
マリアの言葉に言い返せず、ディアッカはマリアの話を聞いていなかった、で決着した。
「アズはね、フィギュアスケート上手なの。私たちの中ではダントツに――――私たちの中だけじゃない、この学校が創立してから考えても……一番だと思う」
「それは言いすぎじゃない?」
「そんなことない(わ)」
私の苦笑に、四人は異口同音に反応した。
「アズって相変わらず自分の能力を下に見すぎよね」
「アスランはもっとすごいって言われても、私たちはそうは思わない」
「努力も能力の一つよ。才能があったらここまでしなくてもできるって言うけど、才能だけで努力をしなければ、それなりのところまでしかできないわ」
「――アズのレベルは、才能だけでは届かない位置よ」
「よく知ってるじゃないか」
四人の言葉に感心したようにイザークが言い、ディアッカは何度もうなづいている。
当の私は憮然とした表情で聞いているしかない。――――本当に、そんなことないのに。
「それで、ここだった理由は単に、ここで会いたかったの。ここが一番私たちが一緒に過ごした場所だから」
「そうだったっけ?」
疑問に思ったけれど、四人はそんな私に驚いている。
非難轟々、とまでは行かなかったけれど……文句はそれなりに。
そんなことを言ったものだから、マリアたちに滑ってほしいと言われても断れなかった。
「もう何年も滑ってないのに……」
「でも、基本的な練習はしてたんでしょう? ライトナー様の別邸には、ちゃんと練習スタジオあるの聞いているんだから」
「エリザベス!!」
「本当のことでしょう? 練習は毎日欠かさなかったって聞いているわ」
「…………」
◇◇◇
マリアとセレーナに引きずられていくアズを眺めながら、久しぶりの光景に笑みが漏れる。そのあとについていったリラの表情も嬉しそうだ。
そんな四人を見送ったまま、その場を離れない私を疑問に思ったのかイザーク様が声をかけてきた。
「行かなくていいのか?」
「私は、彼女たちと比べるとそこまで得意ではありませんから」
だからと言って一緒に滑りたくないわけではない。スケートが好きなことには変わりないし、アズとは“あの日”以来初めて会ったのだから。
――――いくら私がルイーズ・ライトナーの娘だからと言って、刑を受けているアズのいる別邸に行くことはできなかった。
自然、母と会う機会も減ったわけだけど……それでも母はユニウスの本邸に帰ってくる。その時にアズの様子は聞けたから、マリアたちに比べればまだマシなのだろう。
「しかし……」
「それに、マリアが言わなかったことを言っておくべきかと思ったので」
「言わなかったこと?」
首をかしげたディアッカ様の表情は、マリアととてもよく似ていて笑みを誘う。
「ええ、アズ……アジュール・ゼイレンはフィギュアスケートが非常に得意ではありますが、それだけではありません、と言うことを――――」
そう、それだけではない。
もちろんアカデミーで同期だったお二人もそんなことは理解しているだろう。とはいえ、“それ”はお二人にとってはMS戦であったりナイフ戦、爆発物処理などになるのだろうけど。
今もまだ、アスランのふりをするためにした努力、アスランであれば当然と言うアズだけれど、当然周囲はそう思っていない。
アズがなぜそこまでこだわるかは私たちにはわからないけれど、アスランとしてアズに出会ったお二人には、アズであった時のことを知ってほしかった。
必要は……あまりないかもしれないけれど。
「マリアが言わなかった理由は、アズを取られたくないといういわゆる独占欲です。マリアは、他にもいるであろう私たちのような人たちにアズを合わせることで、アズと会える時間、アズと一緒にスケートができる時間が減ることを嫌がったのです」
「は?」
唐突なそれが理解できなかったのか、それとも理解したうえでマリアの思考に呆れたのかはわからない。今何を考えているのかわからないお二人、私は続ける。
「アズはアズである時から、努力を惜しまない子でした。そして頼まれれば嫌とは言えなかった……この学校の中ではたいてい部活動で人手が足りないから、と言う理由ばかりでしたけど」
運動ができるのはコーディネーターでは当然。けれど一般のコーディネーターの上をアズは行っていたから、運動系の部活動に手伝いに行っていた。
それよりも――――
「いつだったかは覚えていませんが、記憶力も飛びぬけていたアズに演劇部が目を付けました。ちょうど、重要な役の子がけがをして舞台に立てなくなった時です」
本番まで時間がなく、しかも重要な役と言うことで台詞も多かった。しかも演目が古い時代を舞台としていたため役になりきるのが大変だと聞いた。
結局、最後の項目は考えないようにして、一番動けるだろうアズに助っ人要請が来た。当然アズは断らなかった。同じクラスの子がメンバーにいたこともあるだろう。
「そして本番は荒れました」
「失敗でもしたか?」
「わ、想像しやすい……」
お二人の想像には苦笑せざるを得ない。
「いいえ、その反対です。――――演技力がありすぎて、主役を食う勢いだったのです」
幸いだったのが、主役ではなかったがそれに次ぐくらいに重要な役だったことだ。
早々に気付いた顧問の教師があわててアズに注意して、アズは修正した。
「スケートでもアズの演技力、表現力は目を見張るものがありましたから、そうなることは考えられたのですが、演劇とスケートはまた別物と考えていましたから、口を開いても同じだとは考えもしなかった。――――当時、アズがあのパトリック・ザラ様の娘であることは知りませんでしたから」
知っていれば、周囲を引き付ける存在感を隠していたとしても見逃したりはしなかっただろう。
“そうなること”を、考えただろう。
けれど当時の私たちにそれはできなかった。
「それから、アズは演劇部にも引っ張りだこになりました。その最初の演目で少し歌を歌う場面があったのですが、それを聞いた合唱部からも。――――教養で楽器を演奏してからは」
「音楽部?」
「ええ……あちこちで、アズは重宝がられました」
「だがあいつは音痴じゃなかったのか?」
イザーク様の疑問に、私は昔を思い出して笑った。
「それは……アスランが、音痴だったので」
「は?」
「“何でもできる”アスランの唯一と言っていい苦手なものです。アスランは音痴だったんです――――アズと本当に兄妹なのかと疑うくらいに」
「…………」
「だからこそ、音痴のふりをしていたんじゃないでしょうか? 誰の目があるかわからない……もしかしたら本当のアスランを知っている人に見られるかもしれない場所で、アスランのふりをしていたアズはそうするしかなかったのではないかと思います」
「そんなに音痴だったの?」
「はい」
きっぱり言い切った私に、お二人は呆れた表情をしている。
それは音痴のふりをしていたアズにか、それとも私にそれだけ言わせるほど音痴だったアスランにか。
◇◇◇
「エリザベス! 滑らないの?」
滑らない私を不思議に思ったのか、リラが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「行くわ」
そう答えた後、もう一度イザーク様とディアッカ様のほうを向く。
「もし、私たち以外にもアズに会いたいと言い出す子たちが出てくれば、アズは私たちほどの拒否は示さないでしょう」
「何故それを俺たちに言う?」
わかっているくせに、そんな風にイザーク様はとぼけた。
「アズがどれだけ重要な位置にいるかは、私たちも最高評議会議員を務めた親を持っているので知っています」
忘れているわけではないだろうけれど。
「そうなると、護衛が必要になる。――――アズを護衛できるのはあなた方くらいではありませんか?」
それ以外ではきっと、アズが身を守ろうとする際の足手まといになる。
それを知らないほど、私たちはアズのことを知らないわけではない。情報源もある。
「だから、お願いしようと思ったんです。――――アズを、守ってください」
そう言って頭を下げると、私はお二人の反応を見ないまま、リンクへと向かった。
– END –
練習スタジオとはバレエのバーレッスンができるところ、とお考えください(汗)。
タイトル訳:源泉に帰れ
お題配布元:戯曲