守りたい道 1
最年少で国防委員長に就任したアスラン・ザラ。
未婚の彼にその手の話を持ってくるものは多い。たとえパトリック・ザラの息子であろうと、最高評議会議長ラクス・クラインの元婚約者であろうと――――現在ザフトの隊長たちの中で最も実力があり、最も委員長の信頼を得ているイザーク・ジュールとともに、わが娘を嫁にと考えるものたちが大勢いる。
だからこそ、本日議長主催で行われるパーティには、プラント社交界に暮らす年頃の娘を持つ親たちがこぞって出席したのだった。
「あーあ、相変わらずだねえ……」
不機嫌そうな表情を浮かべる上官の横で、ディアッカは苦笑しつつ肩をすくめた。
「うるさい」
「別にお前のこと言ってるんじゃないんだけど……」
「ふん」
この場で不機嫌な表情と言うのは後々厄介な事態になりかねないので、上官――イザーク――のその表情に気付いているのはディアッカだけだろう。
(いやまあ……エザリア様は気付いてるよな、やっぱ)
それからあいつとあいつと……そんなことを内心で考えているディアッカの視界の隅に、紫の軍服が入ってきた。
クライン派と中立派が評議会の議席すべてを埋める現在、紫の軍服を着ることのできる人間はたった一人しかいない。
国防委員長アスラン・ザラ。
現在社交界で噂の的となっている二人の片割れである同期の男を見つけ、これで少しはイザークの機嫌はマシになるかなと――言い寄る人間が半分に減るため――思ったディアッカだった。
実際に、この後イザークがたくさんの令嬢たちに煩わされることはなかった。
しかし――半分を受け持つはずのアスランが大きな爆弾を落としたために、そのアスランですら周囲の思惑に煩わされることはなかったが。
◇◇◇
アスランが会場入りすると、周囲はいっせいに視線をアスランへと移す。
これはすでに何度となくあったことだ。
特にパーティではよくあること。
気付いたものたちから口をつぐみ、主催者に挨拶をするのを待って真っ先に声をかけようとする人間たちが、息をつめてタイミングをつかもうと躍起になっている結果だった。
けれど、今日は違った。
視線を移し、口をつぐんだところまでは同じだった。
しかしすぐにその光景を見て息を飲む。
視線はアスランをわずかにずれて、その腰あたりに――――
「あ、アス――――」
「ご招待いただきありがとうございます、クライン議長」
にっこりと、有無を言わさぬ迫力でアスランはラクス・クラインに挨拶をする。
それはアスランとラクスが婚約していた頃とは明らかに違っていた。
あの頃ははにかみながら、困ったように……それでもとても紳士的で優しかったアスラン。
けれど今目の前に立つアスラン・ザラはどうだろう。
少なくともラクスにとっては優しいアスランではなかった。
それは婚約破棄が発表され、そしてアスランが国防委員長に就任したからではない。
その頃はまだ、厳しかったが以前のアスランとの違いを見つけることはなかった。
違いをはっきりと見つけたのはそう、今だ。
「今日はこの子達を連れて来てしまいました」
そう言いながらアスランは自身の斜め後ろに立つ二人の“子供”を示す。
「議長に自己紹介をしなさい」
そう促されてアスランの影からラクスにはっきりと見える位置に移動してきたその子供たち。
一人はアスランと同じ髪と瞳の色の少女。
もう一人は――――アスランの父、パトリック・ザラと同じ色を持った少女。
顔は似ていない。どちらもアスランにそっくりだ。けれどその色をラクスは忘れたわけではなかった。この会場にいる全ての人間が、忘れられるわけのない色だった。
ショックにより声すら出せず、ただ少女たちを見つめることしか出来ないラクス。そしてその後ろに控える“護衛”になっていない“護衛”の白服。そのことにアスランは内心でため息をつく。
何年たっても変わらない。何事も甘く見ている彼らには、もうそれしか反応が出来なくなっている。
けれど、そんなアスランに気付きもしないラクスたちは、視線の先の子供たちが名乗るのをただ突っ立ったまま聞いていた。
「わたくしはパトリシア・ザラともうします」
「わたくしはレティシア・ザラともうします」
「…………え?」
ひゅうと息を呑んだラクスたち。最初に耳に入ってきた名前――“パトリシア”は“パトリック”の女性形だ。それが示すことに一瞬恐怖を覚える。けれど、その名を口にしたのはラクスの予想したほうとは違う子供。
パトリシア・ザラはアスランと同じ色を持つほうだった。
そしてレティシア・ザラと名乗ったのはパトリック・ザラと同じ色を持つ少女。
ラクスが最初恐怖を覚えた少女はレティシアと名乗り、その瞳は揺れていた。そう、以前のアスランと同じように――――悩み、苦しみ、そして何より自信のなさそうなその反応。
一方、アスランと同じ色を持つ、パトリシアと名乗った少女はその瞳に強い色を浮かべていた。そう、今のアスランのように。何より、以前目にしていたパトリック・ザラと同じように――――。
そのことに気付いたラクスはあわててアスランに視線を移すが、そこには先ほどと変わらない笑みを浮かべたアスラン。
何故かそれに不安を抱きながら、ラクスはただアスランに尋ねるしか出来なかった。
「アスラン……この子供は……」
自身の今の立場を忘れたように――以前からだったが――議長であるラクスが国防委員長の名を呼ぶ。それに内心で本日二度目のため息をつくが、誰にも気付かれていないことを理解しているアスラン。にこやかに――なんでもないことのように少女たちの身分を明かす。
「この子達は私の娘ですよ」
「え……」
アスランの言葉にラクスは目を見張る。――ラクスだけではない。その護衛も、聞き耳を立てていたパーティの出席者たちも同様。そんな彼らの頭の中ではきっと少女たちとアスランの年齢差の計算が行われているのだろうとアスランは予想した。
アスランは現在22歳。そして少女たちは6、7歳前後――――幼年学校に入学するくらいの年齢だ。
逆算すれば前々回の大戦前後に生まれたことになる。
アスランがまだラクスと婚約をしていた頃だ。
その事実に愕然となるラクスに対し、「ですが」と続けるアスラン。
「もちろん、養女ですけど」
「よう……じょ…」
「はい」
アスランの肯定に、あからさまにほっとした様子のラクス。
それを目にしながら内心で、何故そこでほっとするのか理解できなかったアスランだった。養女である、つまりアスランの実の娘ではないことに安心するということは、つまりあの頃アスランには子供を生ませる相手がいなかったことに安心したのということだ。
自身はあの頃後ろに控える護衛――キラ・ヤマト、アスランの幼馴染と通じていたくせに。
自分のことを棚にあげて、とアスランは思うが表情には決して出さない。そんな雰囲気など一切表に出さずに、ラクスが尋ねてきたことに答え、更にラクスを混乱に突き落とすことで溜飲をさげた。
「では、この子達は――――」
続く言葉は両親のことだ。
アスランの実の娘ではないといっても、ここまで似ていれば血が繋がっていることなど明らか。
けれど兄妹ではない。それではアスランの母レノア・ザラの死亡年と少女たちの年齢があわない。
それならば、と考えるだろう。
アスランと似た、アスランと、パトリック・ザラと同じ色を持つ少女たちの親に。
だからその答えが、ラクスが先ほど以上に混乱する事実であるとわかってはいたが、アスランは答えた。
それが、これから自分が進もうとする方向への第一歩になるから。何より少女たちに力を与えるから。
「この子達の母親は――私の姉です」
「――――――――――――」
今度は声すらも出なかった。
ただ目を見開くのみ。
そしてラクス、そしてこの子供たちが生まれた頃に最高評議会議員をやっていた急進派議員とイザーク、ディアッカ以外は、「アスランの姉」に首をかしげる。
「父親は、知りません。姉は一言も言うことなく亡くなってしまいましたから」
そうして少女たちを引き寄せるアスランはどう見ても少女たちの“親”だった。
けれどラクスを見る目は――――とても冷たい。
それに気付いたのはラクスだけだった、何故か。
けれどそのことがわからないラクスはただ恐怖を覚えるのみ。混乱のさなかに更に恐怖まで与えられて、それでも何とか議長の威厳を保とうとしていた。
そうして視線を少女たちに下げたとき、もう、ラクスは威厳や何やらを取り繕うことは出来なかった。
アスランに引き寄せられた少女たちはアスランの軍服の上着の裾を握り締め、すがるような体勢でいた。
けれどその瞳は――――どちらもアスランと同じように冷たかった。
– CONTINUE –