守りたい道 2

「アスラン、どういうことだ」
 議長の前を辞したアスランが向かうのは、大体がイザークとディアッカのところだ。
 今日もそれは変わらない。
 ただそこに二人の少女が加わっただけで、基本的にアスランはパーティの席でおべっかを使う人間の傍に長くとどまる人間ではなかった。
 今日もそんな調子なので――しかもいつもは行く手を遮ってくる人間も今日はいないため――スムーズに彼らの元へたどり着く。
 そして、アスランに遠慮などすることのないイザークに、今日のこの“茶番”の理由を問われるのだった。
「茶番、かな?」
「茶番以外の何だというんだ。何故議長に話す必要がある。見世物になるだけだ」
 イザークの言葉にぎゅっとアスランの服を握る手を強めた少女たちだったが、“見世物になるだけ”という言葉に互いを見る。その表情は“びっくりしている”と評するしかないもので、それを目にしたディアッカは内心でほっとしていた。言葉の足りないイザークに少女たちが嫌な思いをしていたが、すぐにイザーク自身が無意識に口にした言葉で少女たちはイザークを嫌うことは回避できた。
 アスランとイザークの今後の付き合い上、そうなってしまっては何かと問題だろうと、少女たちの意志の強そうな瞳を見れば考えてしまう。
 そんなことをディアッカが考えていることなど気付きもしない二人は、ただ話を続ける。
 そして、その会話が聞こえているのはディアッカと、少女たちしかいない。
 それくらいの小さな声だった。
 
 
 
「何が目的だ」
「目的、ね。そうだな……ただ、この子達を俺の子とするのに必要だと思っただけだ」
「なに?」
「国防委員長の子供、と言うのは結構危険な立場だから」
「それならなおのこと、隠し通したほうが良いに決まっている」
「そうなんだけどね。残念ながら、そう簡単に話は済まないんだ」
「……どう言うことだ」
「問題なのは、この子達の“父親”」
「キサマさっきは知らないと――――」
「そんなわけはないだろう。婚姻統制が敷かれているのに、わからないわけがない。何より、あれだけ妨害があれば逆に調べやすい」
「“妨害”……」
「そう」
 一緒に話を聞いていたディアッカが、ポツリとつぶやいた言葉にアスランは肯定する。
「ここでは詳しくは話せないけど……まあ、色々とね。色々な場面で問題が起こって、姉が亡くなって、俺が引き取ることになったんだけど……何かとうるさくてね。表立っては何もしてこないから余計に。引き取って、俺の戸籍に入れれば安心と言うわけでもなくて、今後も問題を引き起こしてくれそうだった。だからその前に片付けてしまおうと考えたんだ」
「…………」
 ここでようやくイザークは少女たちに視線を移す。
 少女たちの実の父親のことをアスランが“悪く”言っても表情が変わることはない。彼女たちも理解しているのだろうとイザークは判断した。そうでなければ“優しい”アスランがまだ幼年学校に上がるかどうかの少女たちの前で、こんなことを口にするはずがない。
「それでこの公表劇か?」
「そう。こうすることでこの子達の本当の父親が誰かと探る人間が必ず出てくる。――――けれど、探し出されればあちらは困るんだ。まあ、調べれば姉が“子”だけを望んで、産むような人じゃないのはわかるしね」
 その言葉に、イザークとディアッカは過去にたまたま知ることとなった“アスランの姉”を思い出す。確かにそんなことが“出来る”人ではなかった。
「そうすれば、すぐにその問題も表面に出てくる。隠し通したい“問題”が――――」
 問題といえるものではないかもしれない。もっと批判を浴びるものだろうとイザークたちは理解した。そして、ラクス・クラインの反応から、彼女もこのことを知っている。それがどれだけまずいことなのかも。そうでなければあんな反応を見せはしない。
 そう考えたイザークとディアッカ。
 そんな二人は互いに目配せをした後、アスランに向かって口を開く。
「協力は、する」
「ま、使えるだけ使ってよ」
「…………」
 その言葉にアスランはもとより少女たちも目を丸くする。ああ、似てるなーとディアッカは思った。イザークは反応なし。
 そんな二人に対し、アスランはふっと笑みを浮かべたあとに言った。
 
「助かるよ」
 
 それが更なる茶番の始まり。

◇◇◇

 さて、動こうかとアスランたちが思い、行動を開始する前にアスランが姉の娘たちを養女にしたことをメディアが報道し、プラントはおろか世界中に広まった。
 その反応はアスランが予想していなかったもので……首を傾げてしまった。しかしそれを彼の“娘たち”は呆れたように見上げてきた。
 曰く、「おとうさまはじぶんのことにむとんちゃくすぎます」だ。
 それを口にしたのはイザークとディアッカも一緒にいたときだったから、イザークは同意し、ディアッカは少女たちの頭をなでて「よく知ってるなー」と感心していた。
「何でここまで反応するんだ?」
 朝からアスランが養女を得た、しかも実の姉の子という報道は、一気に全世界を駆け回った。
 イザークたちからしてみれば、プラントの国防を担うトップの人間、しかもあのパトリック・ザラの子であるアスランに子供はおろか結婚、それ以前の婚約発表ですら重大なことであると騒がれるのは目に見えている。ナチュラルが騒ぐのも当然だ。アスランはプラントの国防委員長。世界の平和を維持するには彼の動きに地球の各国は敏感に反応してしまう。たとえそれがプライベートなものだとしても。…いや、婚約や結婚であれば“プライベート”では片付けられないことはアスランにもわかっている。もしそれが、どこかの有力者の娘との結婚であれば、プラントに影響を与える。そしてそれは最高評議会議長にも……そこに繋がるオーブ。そしてオーブの動きに目を光らせる他国にも。
 けれど娘は違うんじゃないかというのがアスランの考えだ。政略結婚、なんて言葉も浮かんだが、どれだけ先だと思って却下。
 そうするとここまで騒がれる理由はないじゃないかという考えにいたる。
 アスランの頭には自身の容姿や実力がもたらす諸々は入っていない。
 それをイザークやディアッカはおろか娘たちも指摘したのだが、それでも理解するにはいたらなかった。
 
 
 
「まあ、でもこれで動かずに済んだからいいんじゃねーの?」
「それはそうだが……」
 ディアッカの言葉に頷くものの、どこか納得できない様子のアスラン。
 だが、今までどんなに視線を向けられようと気付かなかったアスランが、こんなことで気付くはずもないと理解しているイザークが口を開く。
「それよりも、こいつらの身を守ることを第一に考えるべきだ」
 今のままではやつらの策にはまるぞ。
「わかっている。――――既に、対策はとっているよ」
「その対策が“コレ”か」
 コレ、と言ってイザークが指し示した先には……シン・アスカ、ルナマリア・ホーク、そしてメイリン・ホーク。
 モノのような言われようにシンはむっとした表情を見せたが、さすがに以前のようにすぐに激高することはなくなった。何より傍にはアスランの“娘”がいるのだ。怯えられでもしたらたまらない。
「そう、シンたちなら大丈夫だ」
「――――俺たちにまったく力は及ばない」
 だから俺の隊を使えと言っているんだ。そうすれば自分とディアッカがいる。
 その言葉にはさすがにルナマリアとメイリンもむっとする。しかしそれは当然の反応だったので黙ったままだ。ジュール隊と比べると、確かに自分たちには力が足りない。
 けれどアスランは首を横に振る。
「イザークには別のことで協力してもらうよ。……ちょっと個人的なことになるけれど」
「今更だ。こいつらを使うことも個人的なことのくくりに入る」
 しかし、そんなことでも非難はしない。イザーク自身必要だと思うからだ。
「まあね。……ああ、イザークの心配なら必要ないよ。あちら側の戦力と比べれば、シンたちは十分勝っているから」
 何故自分たちが国防委員長令嬢の護衛なのかと首をかしげていたシンたちは、そんなアスランの言葉に驚く。けれど否定すると思っていたイザークやディアッカも頷くのをみて戸惑うばかりだ。
 そんな三人にアスランは笑みを浮かべた。
「シンたちは自分を弱いと思いすぎだ。確かに俺たちには敵わないかもしれないけれど。シン、ルナマリアは赤服であることを忘れてはいないか? それだけの訓練を受けてきているんだ。――――ほとんどが緑のあちらにそう簡単に負けるわけはないだろう?」
「けど!」
「何より今回のことでそう多くは動かせない。動かせばすぐにばれることは、わかっているはずだ」
 彼らの相手はアカデミー歴代トップとそれに続く軍人。
「そしてザフトはこいつが掌握している」
 未だクライン派で軍人をしているものもいる。しかしそれはごく少数の、さして重要な地位についている者ではない。アスランが国防委員長になってから、辞めたのもが多いからだ。“ザラ”が上に立つところで働きたくないと言う理由で。残った者は、ザフト以外に行くあてがない人間、行く気にならなかった人間。それもたいした力がない者たちばかりなことにアスランたちは気付いている。
 そんな人間に、シンたちが負けるわけがなかった。
「けど、もしザフトを辞めた人たちが来たら……」
 自分たちの力を認めてくれるのはうれしい(多少馬鹿にされているとも思えなくもないが)、けれど、弱いばかりの人間だけがあちらの力ではない。辞めたものの力など、シンたちは知らない。
 だからこその不安なのだが、アスランたちはあっさりとしたものだ。
「心配は要らない。たとえあちらの、白兵戦が得意な人間でもシンたちは負けないよ」
「そんなのわかるわけ……」
「お前たち、どれだけ自分たちが力をつけたかわかっていないのか?」
「「「え?」」」
 イザークの先ほどの言葉からは違和感のある言葉に三人はハテナマークを飛ばした。
「ま、俺らを相手にしてたからわかんねーかもしれないけどさ。あんまり自分たちを弱いと思わなくても良いぜ。ちゃんと力をつけてんだから」
 ディアッカの言葉はシン、ルナマリアはもとよりメイリンにも向けられていた。
「シンもルナマリアも、そしてメイリンも強くなったぜ。そりゃあ、俺らには敵わないけどさ。けど、その辺のザフト兵はもちろん、ラクス・クラインのシンパの中でも力のある人間よりも強くなってる」
「でも、わたしは……」
 シンたちはそうであっても自分は違う。
 そう口にしようとしたメイリンだったが、それをアスランに止められる。
「メイリン……君も大戦の後、訓練を受けただろう?」
「……はい」
 最初はシホ・ハーネンフースに。その後はシンたちと同様にアスラン、イザーク、ディアッカに。
 そのことを口にすればアスランは頷く。
「あれはね、シホが忙しくなったと言うこともあるが、シホからメイリンに今以上を望むのならシホが指導しているままではだめだと、そう言われたからだよ」
「え……?」
 戸惑った表情をするメイリンに、アスランは静かに話す。
「メイリンに限らず、シンも、ルナマリアも自分を弱いと思い込みすぎだ。そりゃあ、シンたちはMSの操縦技術の心配はしていないだろうけれど、白兵戦はだめだと思っていないか? 実際に、そんな場面になっていないし、俺を相手にしていたからだとは思うけれど……けれど、大戦後の訓練で、三人が三人とも飛躍的に強くなっている。メイリンほどの実力を持った管制官はいないし、シンやルナマリアにしてもそうだ」
「け、ど……」
「あー、まあ、そう思っちゃうのも仕方がないけどさ。まったく追いつかせないアスランたちが特別なだけで、そんなのと相手をしているお前たちが決して伸びないわけないだろう?」
 何より、すぐに負けるとは言ってもそれはアスランたちがだんだん出す力を強めているだけの話。
 そして知らず知らずのうちに三人は力をつけた。イザークたちが驚くほどに、アスランが彼らに娘の護衛を命じるほどに。
 そこにパイロットであることも、管制官であることも関係なかった。
 ただ、自分たちを裏切らない人間で、くだらない茶番に巻き込まれる少女二人を守れる力を身につけた人間だった。
 だからこそ今ここにいる三人に、アスランは娘を守るように言い、イザークたちはそれを認め、そして――――
 
「「よろしくおねがいします」」
 
 少女たちはぺこりと頭を下げたのだった。

– CONTINUE –

Posted by 五嶋藤子