Chapter 1-3

 入学式が終わり、教室へ戻った。
 隣のクラスからは声が聞こえるが、このクラスではそれほど騒々しくはない。
 それはどうしてだろうか、と考えるが答えは出ない。
 クラスわけに生徒の成績を基準にするところもあると聞くが、青学ではそれほど当てはまらない。
 実際に中学で成績がトップクラスだった者は各クラスに分けられていた。
 ただし、それは内部進学をした場合だ。
 外部入学組――――俺の後ろに座っている新入生代表の挨拶をした女生徒には当てはまらない。
 
 遠山香奈子
 
 頭がいいことは知っていたが、新入生代表を務めるまでとは知らなかった。
 もちろん新入生の代表なのだから、筆記試験の結果だけで選ばれたわけではないだろうが……それでも一番の判断材料としてはそれがあげられるだろう。
 ――――そのせいなのかは知らないが、クラスメイトたちは彼女を遠巻きに見ているように感じる。
 このことが原因で、彼女に……香奈子に友人ができないと言うことにならないで欲しいが。
 けれどそれは俺が関わることではない。
 いくら幼馴染とはいえ……外部入学の香奈子と俺が関わりがあると知っている者はほとんどいない。
 それに、俺も自分が周囲にどういう影響を及ぼすか、知らないわけじゃない。
 それを考えればあまり関わるものでもないだろう。
 けれど――――
 そこまで考えたとき、教室の前の方の扉が開いて担任教師が入ってくる。
 
「席に着けー」
 
 現れた男性教師は若い。
 たしか、今年28になると記憶している。
 俺と香奈子が幼馴染だと知る数少ない青学所属の人だ。
 以前からこの男性教師と俺たちが知り合いだと言うことをクラス担任を決めた人たちは知らないようだ。
 もちろん知っていて俺たちの担任としたのかもしれないが――――けれど、それはあまり考えられない。
 気にすることでもないかもしれない。
 少なくとも俺や香奈子にとってはありがたいことだからだ。
 
「じゃあ、入学式でも紹介されたし、配布プリントにも書いてあることだけど、一応自己紹介しておく」
 
 名前は瀬良恭司。
 担当教科は国語――特に現国。
 監督をしている部活は男子テニス部。
 
 ずいぶんあっさりとしたそれに、少ない、と不満を抱く者もいるようだ。
 けれど、面倒くさがりのこの教師にはこれでも言ったほうだ。
 内心でため息をつきながら話し終わるのを待つ。
 その面倒くさがりの性格は、長々と話しはしないだろうと予想が出来る。
 案の定、短い時間で話は終わった。
 
 実力試験と部活に入部に関すること。
 
 話は主にそれで終わりだ。
 他に何かあればまた明日から連絡があるだろう。
 それに、他に大切なことは配られたプリントに書いてある。
 それは全て省くと公言した教壇に立つ教師の言葉に、何人かがあわててプリントを出しているのが見えた。
 そんな生徒の視線は前を見ていないので、教師があきれた表情をしたのには気付かなかったようだが……。
「じゃ、今日は終わり」
 明日から遅刻するなよ。
「ああ、それから……男テニに入るやつは入部届けは俺に出したらそのまま入部確定だから」
 部活へ入る際に必要となる入部届けには、まず担任の印が必要になる。
 その後、部活に行って監督に入部届けを提出。そのときに監督印が押される。
 一年一組の生徒にとって、担任と男テニ監督が同一人物になるので同じ印が押されることになる。
 一度受け取ったものを印を押して返し、また部活で受け取るなどと言う面倒は嫌うだろうな。
 そんなことを考えつつ、挨拶を終えてみな帰り支度をして早々に教室を出て行った。
「まだ他のクラスは終わってないみたいだから騒ぐなよ」
 釘を刺した担任もさっさと教室を出る。
 俺は帰りの支度をまだしている。
 決して荷物が多いわけではないし、準備に手間取るたちでもない。
 ただ、後ろの席に香奈子がまだいるからだ。
 そうして俺と香奈子以外の生徒が全員教室を出て行ったのを確認してから、後ろを振り返る。
「小母さんたちが待っているんじゃないのか?」
「……同じこと聞いてもいい?」
「母さんは先に帰った。友人と帰るだろうからと」
「…………これから用事があるみたいだったから、気にせずに帰っていいって言った」
 どこか暗い表情をしながら香奈子は言う。
 幼馴染とはいえ、同じ学校へ通うのはこれが初めてだ。
 幼稚園でさえ違っていた。
 そのために香奈子が学校でどういう表情をするかは知らない。
 けれど、この表情の暗さはどういうことだろう。
 少なくとも俺の知る香奈子はもっと明るい表情をしている。
「それじゃあ、一緒に帰るか?」
「友達と一緒じゃなくていいの?」
「約束していないからな」
「……それでも待ってるかもしれないじゃない」
「まだ他のクラスは終わってないだろう? それに、方向が違う」
 まったくではないけどな。
 そう言えば、香奈子はあからさまに大きなため息をつく。
 それでも拒否はしない。
 そもそも帰りはまったく同じ道だ。
 家は向かい合っているのだから。
「それなら早く帰ろう。間違った認識を持たれたくはないから」
「……よく知ってるな」
 香奈子の言葉の意味することを悟って言えば、香奈子は肩をすくめながら鞄を手に取る。
 
「…………恭司兄さんに聞いた」

– CONTINUE –

2020年10月25日

Posted by 五嶋藤子