Chapter 1-5
「先生、入部してくる子はいますか?」
「うーん、今のところ五人かな」
ま、昨日の今日だしね。
そう答えれば、えーっと言う表情を見せるのは女子テニス部の部長。
その隣にいるのは男子テニス部の部長。
二人とも私が担任をするクラスの生徒で、頼んでいたものを持ってきてくれていた。
「もう入部届けを持ってきた生徒がいるんですか?」
訪ねたのは高校生とは思えないほどの冷静さを持った生徒――――大和君。
まあ、女テニの部長である目の前に立つ三島さんも同じようなものだ。
よくもまあ同じクラスにそろったものだと思う。
「いいえ、ただ、一年の担任の先生からこういう子が入部届けの印をもらいに来たと聞いただけ」
基本的にどの部活に所属しようが、教師は許可を出す。
ただ、どういう子が部活に入るかはあらかじめその部の監督に伝えることはする。
私は特に何もしないけれど、入部希望を出す生徒によっては心構えを教師側はするようだ。
それがあるため、私も一年の担任をしたときには誰がどの部に入りたいかはその部の監督、もしくは顧問に伝えていた。
「誰が来るかは、あらかじめ分かっているんですね」
「そうね。大体は」
「大体?」
「伝え忘れがたまにあるからね」
一年の担任って、今の時期が一番忙しいでしょう?
「ああ、なるほど」
言えば納得したような声が漏れた。
そのまま大和君はくるりと向きを変えて、近くの席に座る男性教師に声をかける。
「瀬良先生。男テニの入部希望はどれくらい来ましたか?」
「あ? あーっと……去年の中等部男テニ部員マイナス1」
思い返しながらの言葉に、三島さんが首をかしげた。
「マイナス1って……?」
「中学でテニスやめて、家業を継ぐために修行するんだそうだ」
一体誰に聞いたのか……と思うけれど、よく考えれば情報提供者が近くにいたことを思い出した。
残念ながら、女テニの情報は知らないから私が聞いても無駄だし……。
「河村くんですか?」
「そうだ。……なんだ、大和は知ってたのか?」
「いいえ。家業を継ぐ、と言えるお家なのは河村くんのところだけなので」
「なるほど」
男性教師――瀬良先生――でも内心では呼び捨てで、恭司と呼んでいる――は感心したように呟くけれど、私も内心で驚いていた。
まさか後輩の家業まで知っているとは……周囲に目を配れる子だとは知っていたけれど、ここまでだとは思わなかった。
「河村くんって……あの力の強い子?」
他の子に比べてがっしりとした……?
記憶にあるのだろう、三島さんが問えば大和が「そうですよ」と頷く。
「そっか……やめちゃうのか」
残念そうに呟く三島さんに、私は首をかしげた。
そして聞けば、
「だって、レギュラーは無理だと思ってたのに、レギュラーになった子ですよ。合宿のときとか、強い子とやったら勉強になるじゃないですか」
「僕たち三年は、勉強するより教えるほうですよ」
苦笑しながら言う大和君に、「分かっているよ」と三島さんは言う。
「でも向こうは全国大会団体優勝。年下でも学べるところは多いと思うのよ」
「……まあ、確かにそうですね」
三島さんの言葉に笑みが浮かぶ。
これくらい素直な……なんでも学ぼうとする姿勢はいい。
こういう子が部長でよかったと思う。
それは男テニにもいえることだとは思うけれど、と恭司のほうを見れば、彼も同じような表情をしている。
考えていることは同じだ。
「それで、あの生徒はどこに入部届けを?」
三島さんたちが教室に戻ってから、私は恭司に尋ねる。
すると恭司は首をかしげて、
「そう言えばまだもらってないな」
どこに入るんだろうな。
「…………まあ、まだ入部届け提出期限じゃないけど……」
「そうそう。あんまりカリカリしないほうがいい」
どうせ帰宅部にはならないだろうし。
基本的に生徒はどこかの部に所属することになっている。
もちろん届けを出せば無所属――つまり帰宅部は認められている。そうでなければ恭司たちの言っていた河村君は修行が出来ない。
けれどあの子がそれを出したとは聞いていないし、届けは親の承諾が必要で、あの子の両親がそれを認めはしない気がする。
外部入学だから、少しでも早く友人を作って欲しいと思うだろうし。
「ま、そうだけどね。……女テニに入るみたいだったら教えて」
「ああ」
恭司がうなずいたのを確認して、私は仕事に戻った。
いくら昼休みでも、やらなければいけない仕事は山積みだし。
だから私は知らなかった。
恭司が何とも言えない表情を浮かべていたということを。
– CONTINUE –