Chapter 1-6
新入生が入学して大分落ち着いた頃。
それでも入部してきたのはまだ中等部にテニス部に所属していた後輩たちが大半で、目新しさはさほどない。
外部入学は少ないから、これ以上入部者は期待できないかもしれない。
これが中等部であればまた別だろうなと考えつつ、全国優勝にもかかわらず高等部では球拾いから始まった後輩たちを見る。
実力のある後輩たち。対して自分たち先輩は去年も優勝とは程遠かった。
それを考えれば、なぜ球拾いからさせるのかとも思うが、長年続けられてきたそれを止めれば二、三年の反発があるだろう。
――――実力主義をうたいながらの現状には疑問しかないが、自分でそれを打破できるだけのものがあるかと言えば首を傾げざるを得ない。
(去年、手塚君は一年生一人をはじめからランキング戦に参加させましたけど……僕は出来ませんでしたしね)
自分は二、三年を納得させられるだけのものを彼らに見せることが出来なかった。
後輩は出来た。
その差に自分は未熟だと、知ったときは思ったものだ。
何とかしなければと、実際――――――
「すみません」
「……はい?」
すぐ側で声をかけられ、考え事をしていたために間が空いたけれど、自分にたいしてのものだと気付いて慌てて振り返る。
するとそこには一人の女生徒が立っていた。
「何でしょう?」
尋ねながら、彼女は誰だろうと考える。
けれど記憶にない。
制服の真新しさから一年生だろうけれど、そもそも今の一年はつい先日入学したばかり。
中等部からの入学であっても、たった一年、しかも二年前のことなので正直どんな子がいたのか覚えてはいない。まあ、はじめから委員会か、部活関係で顔を見たことがある子しか女の子の場合は分からないのだけれど。それも二年間で忘れてしまった。
だから、中等部時代に目の前に立っている子に会っていたとしても、分からないのだけれど。
「瀬良先生を呼んでいただけますか?」
丁寧な、しかも使い慣れていることが分かる言葉に内心で驚くと同時に感心する。
「ちょっと待っててください」
けれど、彼女の目的が監督にあるのならすぐに呼ぶに限る。
今監督は二、三年に指導をしていてこちらに気付いていない。
「瀬良先生!!」
「なんだ?」
呼べば、監督は僕と金網越しの女生徒を見る。
「どうしたんだ、遠山?」
言いながら駆け寄ってくる監督。その言葉に、その場を離れようとした僕の足は止まってしまった。
監督の様子から、この子は一年一組の生徒のようだ。
そして……『遠山』と言った。
新入生代表も一組の遠山と言う姓の女生徒ではなかっただろうか。
「何だ?」
遠山さんに差し出された一枚の紙を受け取ろうとするけれど、間に金網があって受け取ることは出来ない。
仕方なく監督はコートを出た。
その間も遠山さんはその場から動かず、結果動かなかった僕は金網の向こうの二人の会話が聞こえた。
「…………判子をいただけますか?」
「え、そりゃあいいけど……」
いいのか? と問いかける監督に、遠山さんは「はい」ときっぱり伝えた。
「こっちとしてはありがたいけどな。けど、ホントにいいのか? 他にやりたいこととか……」
「今一番の希望はそれです」
「…………それならいいけど」
変えたくなったら遠慮なく言ってくれ。
そうはっきり言った監督に対し、遠山さんは「はい。でもそういうことはないと思います」と監督の気遣いもむなしいことを言っている。
「それじゃ、まあ、入部と言うことで」
そう言いながら監督は、その入部届けに印鑑を“二回”押した。
そして僕を振り返る。
「大和」
「はい」
「もう一人入部な。女子マネージャー」
「…………は?」
監督の言葉がすんなり入ってこなくて、そんな声を上げてしまう。
けれど監督の表情は至極まじめで、ふざけたところはどこにもない。
視線を移してみた遠山さんも同じで、しかも「よろしくお願いします」と頭まで下げてきた。
そこでようやく本気だと分かった。
けれど、ここで問題が生じる。
「ですが、マネージャー希望が他に来たらどうするんですか?」
ありえないわけじゃない。
男子テニス部は青学の中でも人気の部活だ。
入部希望が多いからではない。
いわゆる女子の中での人気が高いのだ。
そのためにマネージャー志望も多いらしい。
“らしい”と言うのは実際マネージャーになりたいと来た女子がいなかったから。
公然と募集をしていないから、入れないとあきらめていたのだろう。
中等部ではさらに断ることも出来た。
しかし高等部ではそうはいかない。
希望があれば入れるしかないのだ。
それでも一人もマネージャーがいなければ募集はしていないと言うこともできた。この時点で断っていることになるが。
けれど一人でも入ってしまえば……その後のことを予想するのは簡単で、それは非常に重大な問題になる。それは監督も分かっているはずで、今までマネージャーを入れようとは言わなかった。
だからこそ心配しているのだけれど、監督にはそんなものなかったようだ。
「大丈夫だ。入部届け提出期限はもう過ぎてる」
「それなら、彼女の受け入れも出来ないのでは?」
頓珍漢なことを言う監督に言い返す。
けれど監督はよく見ろと、時計を指した。
時計が示していたのは四時一分。
「期限は今日の四時。その前に俺は判子を押したから、男テニ入部はこの入部届けを持ってきた遠山でおしまい」
「…………そうですか」
なんとなく分かっていたことだが、監督のこういうところは細かいと思う。
きっちりと提出期限を守ることを要求するくせに、本当にぎりぎりでももっと早く提出しろとは言わない。
それを楽しんでいるふしも見受けられる。
そんな監督だからこその言葉に、頷く以外にない。
基本的に、監督がいいといえば受け入れられるのだ。
– CONTINUE –