Still 1

「江夏さん」
「……あ、大石君」
 廊下で立ち話をしているところへ、江夏舞子と同じクラスの大石秀一郎が声をかけてきた。
「ちょっといいかな。辰巳さんも」
「私も?」
「うん。今度の連休中の合宿についてだから」
「ああ……あれね。いいよ」
 舞子と同じく女子テニス部部員で部長を務める辰巳由里絵は納得したように答えた。
 五月の大型連休で行われる男テニ、女テニの合同合宿はここ数年恒例となっている。もちろんメインはレギュラーなのだが、希望すれば他の部員も参加出来るので結構な大所帯だ。
 それもこれも、この合宿にはテニス部のOB・OG数名が参加するからにほかならない。
 レギュラー重視の合宿のため、一般部員はあまり練習が出来ない。けれどOB・OGがたまに相手をしてくれる。
 めったにない経験が出来るためにこの合宿は毎年好評だった。
「今年のOB・OGへの連絡は江夏さんと辰巳さんに任せるって竜崎先生が言ってたんだ」
「……そうなの?」
 丁度その話し合いが行われていたとき、女テニ部長の由里絵、同じく副部長の舞子、そしてここにいない男テニ部長の手塚は委員会などの用事のためにおらず、大石だけが参加していた。とは言っても、すでに男テニ顧問の竜崎と女テニ顧問の佐々木が全て決めてしまっていて、大石はただ他の三人への伝達を任されただけだった。
 その内容でさえ、簡単なものだったが。
「ああ。『辰巳と江夏が頼みやすい強い奴らを呼んでくれればいい』ってことなんだけど……」
 分かる?
 一字一句同じ言葉で伝えるが、内容がアバウトすぎて自分には分からない、と言う大石に、舞子と由里絵は顔を見合わせた。
 二人には竜崎の言いたいことはよく分かっていたし、OB・OGへの連絡係を任せたいと聴いた瞬間に思い浮かべたOB・OGがいなかったわけではない。
 それでも戸惑うのは確か。
 何せそのOB・OGは現高等部女テニ・男テニのレギュラー。
 全国区である高校テニス部も、当然連休中に練習はあるわけで。
「大丈夫なのかな、練習あるでしょう?」
「そうだよね。――――――でも、竜崎先生はそのこと知ってるはずでしょ? 私達が呼べる人たちも分かっているだろうし……大丈夫だとは思うけど」
「そうだよね」
 そんな風に大石にはさっぱり分からない会話をして納得した後、
「分かったって竜崎先生に伝えておいて。佐々木先生には言っておくから」
 由里絵が言う。
 けれどあまりにも分かりにくかったし、由里絵たちにだけ任せていいものかと――何せテニス部OB・OGに連絡を入れるという重大案件がある――悩んだ大石は、おずおずと提案する。
「何か手伝えることがあれば手伝うけど」
 けれどそれには二人ともすぐに首を振った。
「大丈夫よ、そんなに大変なことじゃないし。大石君は部活のほうが大変なんだから、気を使わなくていいよ」
「忙しいのは辰巳さんたちも一緒だろ?」
「それはそうだけど、私達がよく知ってるOB・OGなら連絡なんて簡単につくし」
「それ以外に今のところ仕事がないのなら、こんな簡単なことはないから大丈夫」
 由里絵、舞子の順に言った言葉だけでは大石は納得できなかった。
 けれど二人がそう言うなら少なくとも二人にとってはそうなのだろうし、無理に手伝って足手まといになってもいけない。
 何せ大石は二人の言った通り部活でかなり忙しい。――――全国区の二人にもそれは言えるだろうけれど。
「それじゃあ、よろしく頼むよ。何か手伝えることがあったら遠慮なく言って」
「ええ」
「分かった。……多分そんなことにはならないと思うけどね」
 首をすくめた由里絵に舞子は苦笑する。
 
 
 丁度なったチャイムを合図に大石と舞子は二組へ、由里絵はタイミングよく教室へ戻ってきた手塚の不思議そうな目に笑いながら一組の教室に入って行った。

– CONTINUE –

2018年12月14日

Posted by 五嶋藤子