Still 3

「ほら、みんな起きて! 着いたよ!!」
 
 バスが止まり、目的地に着いても大石と由里菜以外はみな眠ったままだった。
 仕方なく起こさなければ……と思ったとき、大石と同じように立ち上がり、後ろを振り返っていた由里菜が声を上げた。
 普段の様子から由里菜が大声を上げるとは思わず驚いたが、女テニの部長である由里絵と一卵性双生児であることを考えれば、自身の由里菜に対して持っていたイメージが間違っていたのかもしれないと大石は気付いた。
 由里絵はどちらかと言えば面倒見がいい……長女タイプだと思う。――実際に長女かどうかは別にして。
 それなら由里菜もそうであってもおかしくないと納得し、大石は近くの席に座っていた部員を起こしにかかる。
 そうしてようやく全員が起き、最後にバスを大石と由里菜が降りた時には既に他のバスに乗っていた部員は集合していた。
「……最後か」
「仕方ないわよ。他のバスに乗っているのはみんなが怖い部長副部長なんだから」
 肩を落とす大石に、くすくすと笑いながら由里菜が言う。
「俺も副部長だよ……」
「でも、怖くはないでしょう? それに女テニの副部長が苦手な子は当の舞子と同じバスになったし――――菊丸君を含めて」
「…………」
 由里菜の言うことがあまりにも的を得ていて何も言い返せない大石だった。
 そのまま黙って手塚、由里絵、舞子の側に行く。由里菜は他の部員のところへ。
「全員そろっているな」
「ああ」
 尋ねてきた手塚に大石自身が最後に降りてきたことを伝えると、それを横で聞いていた由里絵が前にいる部員に向かって口を開く。
 
「それじゃあ、これからの予定と注意事項を説明します」
 
 
 
 由里絵の説明のあと顧問二人は特に何も言うことがないとのことで、全員が一旦合宿所のそれぞれに当てられた部屋へ荷物を置きに行くことになった。
 部屋は基本的に四人部屋だ。
 部屋割りはレギュラーがまず一緒になり、残りは学年別となる。
 これは男子女子ともに違いはなく、部員数が奇数であればその分割り当てられる人数に変化が出る。
 そして合宿所は二階建てで、一階に女テニ、二階に男テニとなる。
「毎年思うんだけどさ、普通女子が二階じゃないの?」
 最後まで残っていた菊丸が、首をかしげながら大石を見る。
 けれど聞かれた大石も知らないようで、「さあ……」と言うのみ。
「単純よ。二階は暑いからね」
「は?」
 横から口を挟んだ舞子に、振り返りながらすっとんきょんな声を菊丸が出す。
「一般家庭のように住みやすさは考えられてないでしょう? 合宿所なんて。だから二階は屋根から太陽の熱が直接来るの」
「……それで、二階は一階より暑くなる、と」
「そう言うこと」
「げー」
 納得した様子の大石と、うんざりとした表情を浮かべる。
 それに笑みを浮かべつつ、まだバスの荷物置きの中に残っていたものを出していた竜崎と佐々木のほうを見て尋ねる。ちなみに既に舞子や大石、菊丸の手にも今回の合宿で使う荷物が抱えられている。
「先生。一階が女子で二階が男子って、合宿が始まった頃から決まってたんですか?」
「うん?」
「――――いいえ。十年ちょっと前は反対だったわよ」
 急に訪ねられ、竜崎は顔を上げるだけだったが、佐々木は出された荷物の確認をしていて、ちょうど舞子たちの側にいたためすぐに答えを返してきた。
「……どうしてそうなったんですか?」
 急に変わるのは無理なんじゃないですか?
 男テニと女テニの関係を考えて、それは無理じゃないかと舞子は言う。
(今の部長同士だったら分からないけど……)
 交渉すれば大丈夫かもしれない。
 けれど他の年代で大丈夫だったとは思わない舞子だった。
 そう思って尋ねたのだが、答える佐々木は肩をすくめる。
「あの頃は女テニのほうが強かったしね」
「ああ……そのことかい」
 佐々木の言葉に思い出したように竜崎も言う。
「その頃の男テニの部長が気を使って女テニを一階にしたんだよ」
 
 ひとりだけ一階にするわけにもいかないだろう。
 
「男子のいる同じ階にひとり下ろすわけにもいかないからね」
「…………たった一人に気を使ってそこまでしたんですか?」
 それはどうなんでしょう、と竜崎の側で荷物を降ろすのを手伝っていた由里絵が言う。
 私たちにとってはありがたいですけど……と続けた由里絵に周囲も頷く。
 女子はよかったけどという表情で、男子はうんざりとした表情で。
 それを見た竜崎と佐々木は苦笑していた。確かにそうかもしれないと。けれど、当時を思い返した二人は仕方がないだろうと口にする。
 それが不思議でならなかった由里絵たちは首を傾げる。
「十数年前だよ。正確には……十一年前か。その頃の女テニレギュラーを思い浮かべればいい」
「十一年前なんて分かるわけ……」
「「「――あ」」」
 分かるわけない、と代表して言おうとした菊丸の言葉を遮るように三人の声が上がった。
 菊丸と同じ思いのメンバーがそのほうへと視線を向ける。
 そこにいるのは由里絵と由里菜。そして舞子。
 その三人を見ていたメンバーは知らなかったが、顧問二人は手塚も表情を一瞬変えたことに気づいていた。
 それでもそのうち分かるだろうと放っておく。
「知っているのかい?」
 聞いたのは乾だった。
「知っている……一応」
「おいおい。一応って言うのはなんだい」
 あきれた声の竜崎に、答えた由里絵は複雑な表情をしている。
「一応どころの関係じゃないだろう」
「……そうなんですけど」
「まさかそんなことが理由とは思っていなかったので……」
 由里絵に続いたのは由里菜だ。
 当時の男テニ部長に気を使わせた女テニ部員と由里絵が一応と言えない関係なら、由里菜も同じはずだ。
 納得しつつ聞いていたほかのメンバーは、その後に続くだろう話を待つ。
「十年前といった時点で気づくと思ったけどね」
「……あの頃はすごかったですからね」
 肩をすくめる竜崎と、それに苦笑しつつ答える佐々木。
 二人にそこまで言わせる女生徒(当時)とはどんな人物なのだろうと思ったが、誰か知っている由里絵と由里菜、それから舞子はそれ以上口を開かなかった。
「早くしないと遅れますよ」
 と、由里菜が言ったために、それを逃げだと思ったが、実際その通りに時間が迫っていただったので誰も反論できずにその場で追求はされなかった。

– CONTINUE –

2018年12月14日

Posted by 五嶋藤子