Still 4

 全員が自分たちに割り当てられた部屋へ荷物を置き、食堂で昼食をとって練習の準備が終わり、コートに集まっても今回呼ばれたOB・OGは姿を見せなかった。
 
「「「すみません……」」」
 
 部員全員が見守る中、顧問二人に頭を下げたのは連絡役の由里絵と舞子、そして何故か由里菜もいた。
 その三人を眺め、笑いながら竜崎は「いいよ」と言う。
「向こうも忙しいだろうしね。あっちは電車かい?」
「そのはずです」
 そんなことを言っていた気がします。
 そう答えた舞子に、竜崎はなら仕方ないねと言う。
「電車が遅れることも考えられるし、もっとある可能性としては――誰かが寝坊でもしたんだろう」
 どういうことだ? と首を傾げる三人に、竜崎はさらりと言う。呼ばれるOB・OGの中によく寝坊するメンバーがいて、それを覚えていたかのような言い方だった。
「…………ありえるかもしれませんね」
 そう言いながら舞子はもとより由里絵と由里菜の二人も肩を落とす。
 この三人も、寝坊する可能性のある人物をすぐに思い出したようだ。
 それほど寝坊する人物が呼ばれると言うことは、よほど強いのだろう。
 頻繁な寝坊による遅刻でも呼ばれるほどの実力者――つまり元レギュラー――と言うことは、実力は相当なものだと考えられる。
 遅刻者をずっとレギュラーにおいておくほど竜崎も佐々木も甘くはない。
 不公平との声が上がるかもしれないが、同じレベルの一般部員がいるのなら、その生徒と代えるくらいはする。――まあ、今の中等部両テニス部は部長が遅刻には厳しいので……みな必死に朝早くても出てくるのだが。
 そんなことを思いつつ、ノートにメモを取っていた乾。「それじゃあ、先に始めておこうかね」と言った竜崎の言葉に再び頭を下げた由里菜がやってくる。
「何を書いているの?」
 疑問符を浮かべてはいるが、顔にはあきれた表情を浮かべている。何を書いているのか分かっているのだ。
 さすが二年間もクラスメイトだっただけのことはある。同じテニス部員だからと、何かにつけて担任から用事を頼まれていたからだろう。
 そう思っていた乾はノートをパタンと閉じて由里菜を見下ろす。
 由里絵自身それほど身長は低いわけではないが、乾が大きすぎるためにこのような形になる。
「いいや、別に」
「…………そんなことをメモしても、役に立たないと思うけど」
 小さくため息をついて前を向く由里菜に倣い、乾もこれから話そうとしている手塚に目を向ける。
 今日のまとめ役は手塚のようだ。
 毎年合同合宿では両テニス部の部長、副部長が交代で指示をする。今は手塚なので、この後大石、由里絵、舞子と回すのだろう。
 ふむ、と内心で思った乾はノートを隅に置きに行った。
「それではまず準備運動だ」
 それを視界に入れつつ、手塚が言った。
 
 
 
「もう始まってるの!?」
 開始してしばらくした頃、宿舎からコートに続く道のあるほうから声が上がった。
 ちょうど二人一組で柔軟体操をしていたときで、乾はその場の流れで由里菜の背中を押していた。
 そんな状態でも顔を上げれば、そこには高等部女テニレギュラーのユニフォームを着た人物が立っていて、その後ろにいる同じく男テニレギュラージャージを着た人物を振り返っている。
「急いでよ!」
「……んなに言わなくても分かってたことだろうが。これだけ遅刻してんだから」
「誰のせいよ!!」
「俺だけじゃないだろうが……向こうにも言え、向こうにも」
 どうやら竜崎先生の言っていた人物は、そこにいる男子生徒のようだ。少なくとも一人は。
 そんなことを思っていた乾は、すぐ側でため息がつかれたのに気づく。
「辰巳?」
「……何でもない」
 そんな雰囲気ではなかったが、今それを言うときでもないか、と納得した乾は、そう言えば似ているなと思う。
 誰がと言えば自分と組んでいる由里菜、それから何故か手塚と組んでいる由里絵と、騒ぎつつも竜崎たちに挨拶を忘れずにやってくる女生徒。
「遅かったね」
「……昌一と千尋が寝坊したんです」
「お前も似たようなもんだったろうが」
 後ろから突込みが入るが、女生徒はぶすっとしながらも言い返す。
「昌一ほどじゃないでしょう」
「――――――どっちもどっちだと思うけど」
「「…………」」
 二人のやり取りに口を挟んだのは側に移動していた由里絵だった。
 連絡係の責任感と言うよりは、もっと別の理由から言っている雰囲気に、周りはただ見守るだけだ。
「私、言ったよね。絶対に寝坊しないでって」
「……そんなこと言ったって」
「なあ?」
 寝坊したものは仕方がないじゃないかと言う二人の表情はひどく似ていた。
 それに気づいた乾は、由里絵と同じ顔の由里菜に聞いた。
「もしかして……兄妹?」
「……よく分かったね」
「似てるからね」
「ああ…………なるほど」
 確かに似てる。
 そう言いながら立ち上がった由里菜は、ため息をつきながら言い合いを続ける三人のところへと行った。
「由里絵……そういうことは後にしたほうがいいんじゃない?」
 あんまり兄妹の醜態さらさないで。
「…………」
 あんまりな言い方だったが、それでも由里絵は納得したのだろう。特に反論することなくため息をつくだけで終わった。
 けれどそんな四人の様子を伺っていた周りは、由里菜の言葉に目を丸くした。顧問二人と手塚、舞子……それから先に聞いていた乾以外。
 けれど言われてみれば似ていると納得したのか、やり取りが終わり、その後ほかに呼ばれていたOB・OGが来るとみな緊張した表情を浮かべていた。

– CONTINUE –

2018年12月14日

Posted by 五嶋藤子